「あ。おかえりなさーい」
「……帰ってたのか」
「うん」
いつもの日曜とは違い、18時手前というところで里逸が帰ってきた。
ちなみに、私が家に着いたのは今から30分ほど前。
お陰で、こうして肉じゃがを作りながら、大根のサラダも下ごしらえが終わった。
「っ……え」
珍しく寝室へ行く前に鞄を置いたなーなんて思った瞬間、ふいに抱きすくめられて思わず足元がふらつく。
耳元すぐに吐息がかかり、情けなくもどきりとして。
……っていうか、声出そうになったじゃない。
いきなりのことすぎて、鼓動がばくばくとやたらうるさいままだ。
「……なに? どうしたの?」
「…………」
「里逸……?」
何も言わず、ただただ抱きしめる腕に力がこもる。
……やだ。
なんか嬉しいじゃない。
ついついにやけてしまうものの、ようやく力が緩んだところで身体ごと彼へ向き直ると、なぜか少しだけ不機嫌そうな顔をしていた。
「どこへ行っていたんだ」
「え……有里さんのとこだけど?」
「………………」
「………………」
「……有里って……あの有里か?」
「ほかに、どの有里がいるの?」
相変わらずおもしろいことを言うなぁとか思うけど、彼女の名前を出すと、里逸はさらに訝しげな顔をした。
でも、嘘なんて言ってないし。
なんなら、本人に電話してもいい。
――……あ、今はダメだけどね?
もし、大人のデート中だとしたら、これからがいいところなんだから。
「……どうして、そうやってひとりで行くんだ」
「だって、里逸仕事だったじゃん」
「そうじゃなくて。そもそも、昨日行ったばかりだろう?」
「だけど、もうちょっと話たかったんだもん」
「なら、電話すればいいじゃないか」
「それとはまた違うの! それに、本当は悠衣さんに会おうと思ってたんだから」
「……悠衣に?」
「うん。昨日会えなかったでしょ?」
腕を組んで私を見下ろす姿は、まるで“教師”そのもので。
……あー、きっともうクセなんだろうな。
険しい表情をしてるからつい眉間をぐりぐり人さし指で撫でてやると、嫌そうに顔を離してからため息をついた。
「それなら俺に言えばいいだろう? いくらでも連れて行ってやる」
「ホント? じゃあ、来週行こう」
「…………何?」
「連れてってくれるんでしょ?」
「それは構わないが……来週か?」
「うん」
言いだしっぺは里逸だからね?
そんな意味を込めてにっこり笑って首をかしげ、『ね』と付け足すと、少しだけ間を開けてからまたため息をついた。
「……どうしてそこまでして会いに行きたいのかわからないが、まぁ……どうしてもと言うなら、行ってもいい」
「ホント? じゃ、有里さんにも連絡しとくね」
「…………どうしてそこで有里が出てくるんだ」
「だって、人数多いほうが楽しいじゃん」
本当は、里逸と一緒に行きたいに決まってるし、そうできたほうがベストだっていうのもわかってる。
だけどやっぱり彼は忙しいし、何よりも……あんまり楽しくなさそうなんだよね。
この間の席でも、里逸は有里さんとほとんど喋らなかった。
久しぶりに会ったはずのお父さまとももちろんそうだけど、おばあさまともひとことふたこと喋った程度。
自分の家族に違いないのに、とってもよそよそしくて。
気遣いとは違う妙な空気が漂っていたからこそ、なんだか強制的に参加させるのはどうなのかなって思いもしたんだよね。
わだかまりみたいなものが、大きくしこりで残ってるみたいな。
そんな感じが強かったのもあって、今日、彼には内緒で静岡へ行ってきた。
本当は、そのあたりも含めて有里さんに聞ければいいなと思ったんだけど、全然違う方向へ話しが進んじゃったんだもん、仕方がない。
……今ごろ、少しはかわいい一面を見せることできてるかな。
ついつい考えは有里さんへと向いてしまい、目の前に里逸がいるのに視線が外れ――……。
「……あ。もしかして、やきもち?」
「っ……」
「え。……うそ、ホントに? ホントに、里逸妬いてくれてるの?」
「違う!」
思わず頭に浮かんだ単語を口にした途端、里逸が目を見張った。
あからさまな態度すぎて、たちまちスイッチオン。
テンションが上がり、ねぇねぇと身体をくっつけたまま小さく跳ねると、『違う!』と言いながらも頬はばっちり赤く見えた。
「もー。そうならそうって言ってくれればいいのに。……そっかそっか。有里さんとばっかり仲良くしてるから、寂しくなっちゃった?」
「っ……別に、そういうわけじゃない」
「じゃあ、どういうわけ?」
「……だから……っ!」
どうして彼はこんなにかわいい人なんだろう。
普段どころか、そばにいられるようになるまではまったくわからなかったことだけど、だからこそ今が毎日貴重でとっても楽しくてたまらない。
だって、すごく嬉しくなるんだもん。
里逸のこの顔、見るのすごく好き。
私だけを見て、私でいっぱいになってるように思えるから、何よりもたまらない感じだ。
「もー、ほんと正直だよね。里逸って」
「そうじゃないと言っているだろう! だから……っ」
くすくす笑いながら改めて両腕を回し、抱きついたまま見上げると、小さく咳払いしながらも私を見下ろした。
表情は、かなり緩んでいる。
……よかった。
ちょっとは安心してくれたみたいで、なんだか胸の奥がむずむずする。
「私は、里逸だからがんばってるんだよ?」
「……何?」
「里逸の家族だから、がんばれるの。認めてもらいたいから、一生懸命なの」
「っ……」
「もしも逆だったら、里逸だってがんばってくれるでしょ? もしも――……ママが里逸とのこと反対してたら、説得するように動いてくれない?」
「それは……」
「ね。そゆこと」
誰よりも大切な人の、家族。
身内の存在は、決して無視できない。
幼いころは当然だけど、大人になってたとえ自立したとしても、身内はなかなか切るに切れない存在だ。
……ましてや、両親なんかは特にね。
お父さまには何も言われなかったけれど、今回お母さまは佐々原さんまで召喚していた。
だからこそ、やっぱり悔しさもあって。
みんなに認めてもらいたいのは、『私を』じゃない。
私を選んでくれた『里逸を』みんなに認めてもらいたいから、がんばれる。
努力する。
そばにいることを、許してほしいから。
……だって、好きなんだもん。
この源って、何よりも大きな力になるよね。
「っ……」
「……大好きなひとのためなら、なんでもできるよ」
ちゅ、と口づけてからすぐに囁き、再度キスをねだる。
すると、ほどなくしてから『……そういえば、うがいがまだだったな』なんて事実ながらもヤボなことが聞こえて、『えーーー』と大きな声が出た。
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