「………………」
 すぅ、と瞳が開くと同時に、ついいつものクセで枕元に手を伸ばす。
 枕とシーツの間にある、スマフォ。
 冷たく無機質なそれを開くと、6時少し前だった。
 だが――……。
「ん……」
 すぐ隣を見ると、俺へ擦り寄るようにして眠っている穂澄がいて。
 ……珍しいな。
 いつもは、俺より先に起きてキッチンに立っていることが多いのに。
 それはそれは気持ちよさそうに眠る横顔を見ていると、なんともいえない満たされた気分からか、頬が緩む。
 昨夜のことは、当然よく覚えている。
 ……いや、それどころかむしろ何ひとつ抜け落ちてなどいない。
 酒で気が大きくなったなどとも思っていないし、ただ――……いつもとは違い、どうしても試してみたかった、という気持ちが大きかったのは確か。
 ……すべては、ソウのせいだな。
 とは思うものの、今はヤツに責任転嫁する気はさらさらない。
 どちらかというと、まぁ……口にこそ出さないが、感謝してさえいる。
 穂澄の、いつもとはまったく違う反応、声、姿を実感できたからこそ、ソウが俺に吹き込む情報も、たまにはいいものなのかもしれないとさえ思えた。
 ……いや。
 すべてはやはり、“彼女”という存在ができたおかげ、か。
 これまでは、それこそもてあますような情報でしかなかったにもかかわらず、穂澄がそばにいるようになってからは、すべてが役に立つようにさえ思えるのだから不思議だ。
 ……まぁ、どちらかというと不謹慎な気がしないでもないが。
 それでも、穂澄が俺によって普段とはまったく違う表情を、声を聞かせてくれるのは、どうにもならないほど“欲”が刺激される。
 俺も男だった、というだけだな。
 たったひとことで表してしまうと、なんと味気ないものか。
 まぁ、仕方ない。
 結局は、すでに溺れかけているのだから。
「ん……」
 眠っている穂澄の髪を撫でていたら、つい引き寄せられるように口づけていた。
 昨夜と何も変わらない感触。
 それでも、昨夜よりかは少しだけ乾いていて、それが惜しく思えたのか、舐めるように舌を這わせる。
「………………」
「………………」
「……もぉ……」
「おはよう」
「おはよ……じゃなくてぇ……」
 いつまでもこうしてじゃれているのも悪くないが、今日も平日。
 定刻には家を出ねばならないからこそ……と思って唇を離すと、眠たそうな穂澄が薄く目を開いてから小さく笑った。
「……ん……んっ……?」
「っ……よせ」
「何? え、ちょっ……なんで? もぉ……里逸ってば元気すぎ」
「仕方ないだろう! これは……なんだ。生理現象とでもいうか……」
「えっち」
「っ……だから、違うと……」
 ぎゅう、と抱きついた穂澄が足を絡めてきたせいで、気づかれなくてもいいことに気づかれた。
 かえってぴったりと身体を密着され、慌ててベッドから出ようと試みるものの、ぎゅうと掴まれたせいで易々とはいかず。
 いたずらっぽい眼差しのまま顔を近づけられ、比例するように自分とて眉が寄った。
「……時間ないから、またあとでね」
「っ……穂澄。だから……」
「んー……でも、今度は私の番?」
「だからっ……!」
 よしよし、とまるで子どもにするかのように頭を撫でたあと、穂澄が頬へ口づけた。
 朝にはそぐさない濡れた音で自身が反応しそうになり、慌てて寝返りを打つ。
 だが、先にベッドを抜けた穂澄は、すぐ目の前で伸びをひとつすると、はだけた胸元を見てくすくす笑いながら、楽しげに俺を振り返った。
「……えっちだなぁ、もぉ」
「っ……その言い方はよせ」
「えー? だって、ホントのことじゃん」
「仕方ないだろう。…………好きな相手なんだ」
 いたずらっぽい顔を見ていられず、眼鏡をしてから視線を逸らして口元に手を当てる。
 ――……と、まばたきをした穂澄が、それはそれは意外そうに目を丸くしてから、くす、と笑みを浮かべた。
「大好き」
「っ……」
「今度は、里逸のこと……もっと気持ちよくしてあげるね?」
「だ……から、そういう顔をするんじゃない」
「えー? だって、したいんだもん」
 それはそれはかわいらしく微笑んだかと思いきや、次の瞬間にはいたずらっぽく男を誘うような顔をされ、改めて眉が寄った。
 だが、まったく気にもとめずに改めて近づき、頬へ手のひらを這わせる。
「……里逸」
「っ……なんだ」
「ねぇ……里逸?」
「……ッ……だから……」
 首に腕を絡め、身体をぴたりと摺り寄せる。
 動作がいつもより艶やかで、色気があって、だからこそ身体が落ち着かない。
 耳元で囁かれる名前は、自分だけの特別。
 だが、穂澄がそうして呼んでくれるから、“特別”なんだと実感する。
「……今日もする?」
「っ……」
 ちゅ、と唇を合わせた彼女が、吐息混じりに囁いた。
 相変わらず、ひと回り以上年下のはずなのに、この色香はなんだ。
 ……恐ろしい子だな、本当に。
 どっぷりと魅力にハマり、虜にされた今、抜け出そうとも思わないが生涯きっと彼女の色は褪せないだろう。
「……まぁ……穂澄がしたいなら、考えてもいい」
 こほん、と小さな咳払いが半ば無意識に出た途端、一瞬目を丸くした穂澄がくすくすと笑った。
 その顔は、これまでの“女”とはまるで違って。
 普段、学校でもよく目にするいたずらっぽい笑顔で、つられるように頬が緩む。
「里逸って、正直だよね」
「人はそうであるべきだろう?」
「そのセリフ、すっごい里逸っぽい」
 くすくす笑いながらうなずき、両手のひらで頬を包む。
 ちゅ、と聞こえる濡れた口づけの音は、朝には決してふさわしくないかもしれない。
 それでも、これが俺と穂澄の朝の“当たり前”のせいか、ついつい気づくと彼女を引き寄せるように背中へ両手が回ってもいた。


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