「……ふ……」
明かりのない寝室は、初めて見るような気持ちになる。
ああでも、こんなことって、あるんだなぁ。
いつもは全然そんなことないのに、綜はまるで大切なものにでも触るかのように、柔らかくあちこちを触れてくれている。
それこそーーそう、あの大切なヴァイオリンと同じように。
「んっ……」
綜の唇が、やけにくすぐったくて甘い。
急にこんなに幸せになっていいんだろうか。
そう思えるくらい、温かくて……欲しくてたまらなくなる。
「っ……ふぁ」
唇と違う感触に、どうしたって声が漏れた。
綜が触れてるって感じただけでもドキドキするのに、今鎖骨のラインを辿っているのは――舌。
濡れた音と温かさが身体に伝わって、どうしていいのかわからなくなる。
「んんっ……そ……ぅ」
男の人って、本当に器用だなぁって思う。
片手で簡単に服を脱がせられるだけじゃなくて、下着まで外せるなんて。
綜とするまでキスだって未経験だったんだから、こんなふうにされるのだって初めて。
……ど……どうしよう。
だって、ずっとドキドキしっぱなしで、私、何もしてないんだもん。
「ひぁ……!」
身体が冷えているせいもあって、綜の手がやけに熱く感じる。
そんな手が胸に触れ、ヘンな声が漏れた。
「……お前な」
「え?」
「雰囲気ってモンを知らないのか?」
「だ……だって、っ……ふぁ」
一瞬だけ目を合わせて言われ、情けなくも眉が下がる。
呆れてるのはわかるけど、どうしたらいいかわかんないんだもん。
しょうがないじゃないっ。
ハジメテなんだから!
「……ぁ、んっ……」
手の動きが変わって、しっとりと肌に吸い付くような感じが広がる。
自分がこんな声出すなんて思いもしなかった。
でも、ちょっと納得。
……だって……恥ずかしいけど、すごい……不思議な感じだから。
「っ……ん! っく……ぅ」
首筋を軽くついばむようにしていた唇がいつの間にか移動して、胸の先を含まれた。
熱くて、とけてしまいそう。
身体に快感が広がって、どきどきがやまない。
「んっ……! ん、ぁ……」
濡れた音が響いて、余計にどきどきする。
綜の舌が微妙なラインを辿り、弄ぶように身体に触れる。
空いた手が身体のあちこちを柔らかく撫でてくれて、それすらもぞくぞくとした何かに変わっていく。
大好きな人に触れられるのが、こんなにも照れくさくて、恥ずかしくて、気持ちいいなんて知らなかった。
止めようとしても止まらない声が、何よりの証拠。
友人らの『初えっち』の話は聞いていたけれど、こんな……だったなんて。
「っ……! ちょ、まっ……て!」
スカートの中に入り込んだ手に、身体が大きく揺れた。
「や、ちょっ……! 綜ってばっ……!」
「なんだ」
「待って……! な……何っ!?」
「……何って、なんだ」
……う。
だから、そんな顔しないでよ。
だって、だって!
こ、こんなトコに……手があるなんて、あの、だからっ――。
「んっ!」
「大人しくしてろ」
「や、ぅあ……だからっ……! そ……ぉってば……ぁ」
抵抗しようとばたばたもがくものの、見た目以上にしっかりしている綜の身体はびくともしない。
……くぅ。
これが、男と女の違いってヤツなのかしら。
なんて、改めて綜が男の人なんだっていう実感が湧く。
「んっく……ぅ!」
組み敷かれたままで、ありえない場所にありえあいものを感じた。
し、しかもしかもっ。
「だかっ……ら! そ……こっ……やだぁ!」
「少し黙れ」
「だ、だって! まだ、お風呂入ってなくって――ッ!」
ショーツを半分下ろされて首を必死に振って抵抗すると、手の動きを止めた綜に顎を掴まれた。
「キスしたら少しは静かになるか?」
「な……っ……んん!?」
瞳を細めた怖い顔で見られたかと思いきや、宣言通りに口づけられて、文句がすべて消える。
「ん、んっ……んぅ!! っは、あ、あぁっ……!」
秘所へ指を感じ、今までと全然違う感じにたまらず声が漏れる。
と同時に、びっくりするくらい濡れた音がして、さらに声が上がった。
「んあぁっ……!」
くちゅくちゅという、妙にいやらしい響き。
……これはやっぱり、私……の音……ですか?
ばくばくと高鳴る鼓動が綜にも聞こえてるんじゃないかと思えるほどで、思わず両手で口元を覆ってしまった。
「身体は正直だな」
「なっ……! っく……ぅ」
ほくそ笑むような綜の言葉で、より一層身体が熱くなる。
だけど、抵抗しようにも力がうまく入らない。
だって……だってぇ。
「ん……ぁ、あ……」
ゆっくりと弄ぶように上下を伝い、ひだを開くように指が動く。
そのたびに淫逸な音が耳に届いて、背中が粟立つ。
これまでの愛撫と、まったく違うそれ。
妙にリアリティがあって、今、綜に触れられているというのがダイレクトに伝わってくる。
「っやあっ……! んんっ……く……ふ」
いきなり感じた、強い刺激。
ぎゅうっと綜の腕を掴むも、彼は動きを止めてくれそうにない。
「や、っ……ま、って……ぇ! んぅ、そ……っ……!」
「ここがイイんじゃないのか?」
「ばっ……! んんっ……ね、ちょっ……ホント……ん、は……待って……ぇ」
耳元でそんな言葉を言われ、身体がより一層熱くなってしまう。
だけど、やっぱり恥ずかしい。
でも、自分がおかしくなりそうで、手に力がこもった。
呼吸が荒くなる。
身体がどんどんおかしくなる。
ぞくぞくと身体の奥から何かが湧き溢れてくるようで、自然に喘ぎが漏れた。
「や……ぁ、ダメっ……綜……ん、も……ぉっ!」
こちらの今の状況が分かっているみたいに、綜が動きを速める。
一点だけを集中的に撫でられ、強い快感で身体が自由にならない。
「ん、っくぅ……!! はぁっ、あ、もっ……んん!」
ひときわ強く手に力がこもった。
と同時に、頭の中がひどくスパークしたような気がした。
「あぁあっ……!」
びくびくと身体が震え、背が反る。
口からは絶えずやらしい声と荒い呼吸が漏れて、淫らに秘所が痙攣した。
「っ……は……ぁ」
大きくゆっくりと息をつくと、閉じていた瞳がじんわりと潤んでいる。
……うぅ。
これが『イク』ってヤツ?
自分の身体なのに、やけにだるくて自由が利かない。
荒く上下する肩をそのままに綜を見ると、目が合った途端に意地の悪い顔を見せた。
「やらしいな」
「っ! 馬鹿っ!」
かぁっと熱くなった顔のまま肩を押すと、おかしそうに笑われた。
……くぅっ。
何もこんなときに素直な綜を見せてくれなくていいのよっ!
妙に恥ずかしくて、やたらと悔しい。
「ん……っ!?」
綜が身体を移動させたかと思ったら、身体の中に何かを感じた。
押し広げるように入って来たのは――指だ。
「……なっ……ん……!」
ゆるゆると何度も確かめるように同じ道を辿り、彼の長い指がゆっくりと入って来る。
「や……っ……」
痛いような気もする。
だけど、それ以上に妙な感じで、無意識のうちに締め付ける自身が淫らだとも思う。
「んっく……ぅ」
「力を抜け」
「だ、だって……」
「入れねぇだろ」
「え……なにが?」
はっ。
思わずそんな言葉を返した途端、綜の動きが止まった。
や、ヤバい。
いや、あの、別にそういう意味じゃなくって!
私だってこれまで21年間生きてるんだから、いろいろとそういう知識だってそれなりにあるわよ!?
「ち、ちがっ……! だから、そうじゃなくて――」
「ほぅ。じゃあ、どういうことだ?」
「っ……! だ……だから……」
慌てて首を振った私を一瞥した綜が、ため息をついてから再び指で弄る。
「んっ……」
ゆるゆるとした動きなのに、なんだか煽られている気がする。
事実、やっぱり身体がまだ昂ぶりを求めるかのように、やめてほしくなかった。
「は、ぁ……」
ナカに感じる、彼の長い指。
いつもヴァイオリンを持っているのに、って考えるとやっぱり……えっちな感じ。
「っあ……」
指を増やしてゆっくりと慣らすように綜が続ける愛撫のたびに水音が響いて、どうしてもまだ鼓動が早いまま。
何かを確かめるようにあちこちを探り、そして指を増やしていく。
……もぉ……なんか、すごく……えっちぃよお。
ずっと自分が望んでいたのに、実際そうなってみるとすごく恥ずかしい。
だけどまぁ、やっぱりそれ以上に……嬉しいんだけど。
「力抜けよ?」
「え……? ……ッ!!」
ぼそっと綜が呟いた次の瞬間、秘所に硬い何かを感じた。
「あっ、あ……! っくぅ……」
と同時に、ゆっくりと入って来るそれ。
……いくら私だって、わかる。
綜、自身。
「ん、っ……ぅ……」
話には聞いていたけど、それなりに痛い――気もする。
でも、痛くないような気もする。
ゆるゆると押し進めるように綜が徐々に這入って来るのがわかって、恥ずかしいのもあるけど、それ以上に嬉しかった。
ひとつになること。
大好きな人とそうなるのを望んでいたのは、ほかでもない私だ。
「……っは……」
ぐっと肩に当てられた熱い手のひら。
それで彼を見ると、今まで見たこともなかったようなすごく艶っぽい表情をしていた。
「っ……だから、力抜けって」
「ん、入れてないっ……!」
「……は……」
綜の表情にどきりとした瞬間、肩にあった彼の手に力がこもった。
……うわぁ……ちょっと、どうなの? この顔。
ヤバい。惚れちゃうかも。
男の人の色っぽい顔って、やっぱり結構クル。
……綜ってこんな顔するんだ。
なんてことを考えていたら、ついつい頬に手が伸びていた。
「……なんだ?」
「なんか……綜、色っぽい……」
言った瞬間、綜はものすごく嫌そうな顔をした。
……え? なんで?
だって、褒め言葉なんじゃないの? これって。
「そういうのは男に遣うもんじゃないだろ」
「そうかなぁ。別に、ヘンじゃないと思うけど……」
「っく……随分と余裕あるな、お前」
「……私?」
余裕……ですか? 私が?
うーん。
そりゃまぁ、綜の顔をこうして観察してられるくらいの余裕はあるけど。
……そう言われてみると、確かに綜は切羽詰ってるっていうか……いつもの余裕がない。
どうして?
「っや……!?」
「……は……お前、締めすぎだ」
「そっ……ぅん! そんな……こと言われてもっ……知らない……!」
急に動き出した綜に、再び翻弄されてしまう。
キツいっていう感じが当てはまる、行為。
だけど、やっぱり悪くないかも。
――なんてことを考えていられたのは、本当に少しだったけど。
「っは……ぁん、やっ……! 綜っ……!」
「……っく……!」
彼の動きが変わると同時に、身体に再びあの快感がおとずれ始めた。
徐々にヤバい位感じる、悦。
身体の奥から欲求が湧いてきて、さらに求める。
「ん、んっ……! ま、たっ……また……ヘンになっちゃ……ぅ」
彼に揺られながら漏れる呟きに、綜が身体を折ってより深く角度を変えた。
「んぁっ!」
「……っ……先に……イケよ」
「だ……、あ、あっん!」
「っく……」
耳にかかる綜の吐息がやけにくすぐったくて、ぞくぞくする。
もちろん、それだけじゃない。
こんなふうに掠れた声で言われる言葉は、どれもがいやらしくて淫らだ。
だから、それが一層……快感を生むんだけど。
「あぁんっ……! そ……ぅっ……も、やぁ!」
「く……っ……もっと喜べ」
「だ、って……! っは、ぁ、……あ、あんっ……っくぅ」
徐々に早まる律動に、喘ぎの大きさも増していく。
ヤバい。また、来る。
さっき味わったばかりの、あの大きな波が。
ざわざわと音を立てるように近寄り、そのまま身体を飲み込もうとするアレが。
いつの間にか掴んでいた綜の肩に、力がこもった。
「っはぁ! も、もぅっ……んん! いやっ……イっちゃ……ぅんっ……!」
「……ッ……く」
「綜っ、そ……ッ……ぅあっ、ああっん!!」
ぎゅうっと力が入った途端、彼に揺られながら迎えた二度目の絶頂。
今度はまったく違う強さで、さっきよりもずっと激しく深い。
がくがくと揺れる足がすごく淫らで、無意識に彼を締め付ける自身も淫らだ。
「っはぁ……あ、んっ……ぅ、んんっ」
同時に中で感じた、熱い感触。
それとともに綜の動きが止み、代わりに口づけた。
呼吸が整わないうちのキスは、初めてしてくれたときと違って、それだけでヤバいくらい気持ちいい。
深く、深く舌が這い、求めるように撫でられる。
おずおずとしか応えられないキスだけど、やっぱりすごく嬉しかった。
「……はぁ……」
どちらともなく息を吐くと、自然と彼を抱きしめていた。
温かいんだけど、どくどくと大きく聞こえる綜の鼓動。
それが、やけにリアルに響く。
「…………」
ああ、嬉しいな。
綜にこうして抱いてもらえたことが。
今まで自分に見せてくれなかった――ううん。
普段、どんな人にも見せないような顔をたくさん見ることができて、ものすごく優越感。
へへ。
だって、あんな綜の顔なんて、私しか見れないんだよ?
綜自身だって、きっと知らないんだ。
なんて考えていると、綜と目が合った。
「なんだ」
「へへ。内緒」
くふふ、と含み笑いをすると、ものすごく不機嫌そうに顔をそらしてため息をついた。
「……ったく」
小さい呟きなんだけど、それがおかしかった。
……だって、綜ってばすごくかわいい顔してたんだもん。
きゃあ。
今さらになって、いろいろと恥ずかしいことが思い浮かびつつも、やっぱり幸せで顔が戻らない。
「えへへ」
けだるい身体を起こし、はだけた自分のシャツのボタンへ手をかける。
うん。
やっぱり、これを片手でやるのはなかなか大変だぞ。
綜ってば器用――。
ちゅ。
俯いてボタンを見ていたままの格好で、思わず固まった。
な……っ……!
「先に風呂入れ」
くしゃくしゃっと髪を撫でた綜が、立ち上がってからこちらに背を向けた。
……ちょ……ちょっと待って。
今の……って、なに。
「……えぇ……!?」
うそ。呆然と離れていく背中を眺めるしかできず、ばくばくとうるさい鼓動に振り回されそうになる。
……だ、だって今、今っ……!
「優菜?」
一度リビングへ消えた綜が、寝室へ顔をのぞかせた。
でも、さっきとまったく同じ格好のまま何も言えずにいたのが怪しかったのか、ベッドまで歩いてくると顔を覗き込む。
「っお前……なんでまた泣いてるんだよ」
「……綜ぉ……」
潤んだ目のせいで、前がよく見えない。
だけど、ぼやっとした人影に向かって顔を上げることができた。
「もぉ……何よぉ」
ふえーんと声が出なかったのはよかったけれど、ああもう何回泣けばいいんだろう私は。
ていうか、不意打ちはやめてほしいんだけど!
だって、だって、綜がちゅーしたー!
しかも、ほっぺたにーー!!
いつもの彼らしくなくて、温かくて、優しくて。
つい、涙腺が緩んだんだから、しょうがない。
「もー、なんなのよぉ」
綜はズルイ。
きっと、私があんなふうにされたらこうなるってことも、最初っから予想済みなんだ。
でも、いいとも思った。
それが、きっと私たちの形なんだって。
「……ったく。お前は泣きすぎだ」
「だってぇ」
ため息をついて隣へ腰掛けた綜へ両手を伸ばして抱きつくと、何も言わずに髪を撫でた。
優しいのが嬉しい。
っていうか、綜が……綜がそばにいてくれるのが本当に嬉しい。
……急に、こんな幸せになっちゃっていいのかな。
そんなことを思い浮かべながら、涙をそのままに彼に擦り寄るように身体を寄せる。
はー……いい匂いがする。
って言うと、なんか私が怪しい人みたいなんだけど。
でも、今この人に、この腕に抱かれたんだなぁ……って思うと、嬉しいし恥ずかしいけど、幸せな気分でいっぱい。
ずっと願ってたことが叶えられて、心底嬉しかった。
「……綜、大好き」
ぎゅうっとくっついたまま口にすると、自然に顔がほころんで、なんとも言えない幸せな気分でいっぱいになった。
綜には、聞こえるか聞こえないか程度の大きさ。
……っていうか、文句言わないのね。綜ってば。
こうしてぎゅうっと抱きついていたら、邪魔だとか鬱陶しいだとか言われるものだと思っていただけに、ちょっと面食らった。
でも、もちろんいい。
だって、文句言われずにくっついていられるときなんて、きっとそう多くないと思うから。
もうちょっとだけ、このままでいたい。
――下手したら、寝ちゃうかもしれないけど。
ぬくもりが手に届く距離にあることをしあわせだと感じ、漏れた笑みをそのままに目を閉じる。
もうしばらくだけ、こうさせてほしい。
……まぁ、ほどなくして、結局『いい加減風呂に入ってこい』ってまた言われたことで、残念ながら途切れたんだけどね。
たはは。
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