「……綜に聞きたいことあるんだけど」
「なんだ」
今思えば、あのときの綜の顔はかなり悪い人だったと思う。
あからさまに勝ち誇ったような顔だったし、杉浦君が何か言ってたけど無言で運転席乗ったし。
ってまぁ私も、杉浦君には悪いことしたなぁって思ってはいるけど……。
でも、そんな彼をりっちゃんが慰めていたから、きっと丸く収まっていると思いたい。
りっちゃん、帰り際も親指立ててたしね。
ああいうところ、昔からほんっと変わってないなぁ。
「ねえ、なんでほかの子には優しいの?」
「何?」
「だって! あんな笑顔もあんな高い声も、私、聞いたことない!」
車の中だけでなく、家に帰ってからもそう。
綜は、あの子へ向けたような笑顔も声も私に向けることはなく、いつもと同じフラットどころか0地点の眼差しと反応しかくれなかった。
リビングのソファの真ん中へどっかりと座り込み、両手を縁へ載せている様は、それこそ絶対君主そのもので。
でも、悔しいから無理矢理に身体を押して、その隣へ身体をねじ込ませる。
「あのときだって……ねえ、何? 私が謝ればよかったわけ?」
「そうだな」
「そうだなって……ちょっと! 私、馬鹿にされたんだよ!?」
「それでも、俺がお前を選んだことに変わりはないだろう?」
「っそ……それは……そおだけど……」
さらりと言い返され、正論すぎて何も言えなくなる。
う。でもだって、だって……。
「人前で謝罪をいくら口にしたところで、何が減るでもないだろうが」
「そ……えぇ? 綜もそんなふうに思えるの? 嘘でしょ?」
「失礼だぞお前。俺をなんだと思ってる」
「え、だって絶対人に謝らなさそうだし!」
「お前馬鹿だろ」
「ひど!」
目を見たまま『馬鹿』と言われるのは、これで何度目だろう。
あーひどい。傷ついた。
とは言わないけれど、やっぱり、傷つくのよ? これでもちょぴっとは。
まあ、綜に言ったところで何が変わるでもないだろうけど。
「ねえ、どれが本当の綜なの?」
思わずつぶやいた言葉は、情けなくも子どもっぽくて。
そのせいか、唇が尖る。
「お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
「え?」
「お前、自分で見たものすら疑うのか?」
ため息混じりに言われ、う、と思わず口ごもる。
そういうわけじゃないけど……だって悔しいんだもん。
私だって優しくしてほしいし……って、あれおかしいな。堂々巡りだぞ。
「お前、ほんとに昨日のこと覚えてないんだな」
「え?」
「不安なら不安だ、と。文句があるなら、そのまま言えばいいだろ?」
「……う。でも……」
「お前にとって俺はなんだ? 本音を出せないような相手なのか?」
「違う……けど違わないというか……」
うう、なんかこう、ごめんなさいしか言えないからそろそろ許してほしい。
だって、でもさ、だってさ……言えないじゃない。なんか。かっこわるくて。
「お前は、ほかの人間といるときの俺が本当だと思うのか?」
「……それは……」
「お前は今まで、俺の何を見てきた」
「っ……」
呆れとも違うため息が、ひどくつらかった。
そんなふうに呟いた綜を見るのが初めてで、どうしていいか自分でもわからない。
だけど、そんな風に言ってほしくなくて。
そんなことを呟いてほしくなくて。
思わず、しゅんとしょげた気持ちになるけれど、綜に謝らなきゃって気持ちになったから彼へと顔を上げる。
「ごめんなさい」
「……なんで泣くんだ」
「うーだって! なんかよくわかんないけど!」
情緒不安定なのかもしれないけど、なんか、綜がそんな顔するからつい!
「お前は本当に泣き虫だな」
「うー」
小さく笑った声は、優しかった。
頬に当てられた手が、温かかった。
指先で涙を拭うと、すぐここに綜がいてーー。
「……ん……」
柔らかく塞がれる、唇。
自然に瞳が閉じ、手のひらが彼を求めるようにシャツを握る。
ああ、いつぶりかなんて考える間もなく、あのとき以来のキス。
温かくて、もっと欲しくなる。
離されてしまうのが嫌で、そうされないようにとシャツから綜の背中へと腕を回す。
「いいんだな?」
「え?」
「お前には、ああいう男のほうがいいのかもしれないぞ」
唇が離れてすぐ、少し掠れた綜の声がして身体の奥が熱くなる。
ああ、だめ。
そんな目で見られたら、ぞくぞくする。
「……綜じゃなきゃダメなの」
首を振り、ぎゅうっと腕に力を込める。
どうしても離してほしくなかった。
「俺は優しくないぞ」
「知ってる」
即うなずくと、一瞬目を丸くした綜が小さくため息をついた。
でもしょうがないでしょ? ほんとのことだもん。
でもね、違うのも知ってる。
「綜は優しいよ」
「ほう」
「それにーー私、知ってるから」
「何をだ?」
小さく笑ってから、綜を見上げる。
その顔も好きだよ、私。
でも、このセリフのあと見せてくれるであろう顔もきっと好きだと思う。
「綜には、私しかいないもんね」
ひどく自分勝手な言葉かもしれない。
すごく、自惚れてるって思われるかもしれない。
……でもね。
やっぱり、綜には私しかいないと思う。
こんな我侭で、自分勝手で、冷たくて……温かい人。
私じゃなきゃ付き合いきれないだろうし、それに――。
「自惚れすぎだ」
「えー? 綜だって、思ってるくせに」
一瞬だけ、目を丸くしたその顔も好き。
私にとっても、彼しかいないのと同じように、彼にだって私しかいないはず。
お互いにきっと、ほかの人なんて考えられないんだ。
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