「…………」
 結局、綜に具体的な言葉を貰うことはできなかった。
 でもなんか、ちょっとわかった気がする。
 ……なんて、抱かれたあとのまどろみっていうか、このなんともいえない雰囲気の中でそんなことを考える。
 相変わらず、綜は私がべったりくっついているのを許してくれたまま、きれいな顔して横で寝てるんだけど。
 ちょっと動けば、起こしてしまうかもしれない。
 ……だから、あえて離れずにいる。
「…………」
 綜が、私を好きだって言ってくれる日が、はたして来るのだろうか。
 誰かにもしそう聞かれたら、私は多分『ない』って答えると思う。
 今になって、そう気付いた。
 そういえば、綜って昔からアレが好きだとかコレが好きだとか言わなかったんだよね。
 だから、どっちかっていうと態度で示す。
 本当に嫌いなものは……そうね。例えば――あ、そうそう。知ってた?
 綜ってね、こう見えてりんごが嫌いなのよ。
 なんでもあのシャクシャクっていう音が嫌なんだって。
 だから、給食でりんごが出たときは宗ちゃんに押し付けてたとかなんとか……。
 でも、アップルパイとかは食べるんだよ?
 理由は単純。音がしないから。
 あんたは子どもか! って言いたい。
 ……って、話がそれた。
 えっと、だからね?
 綜は、言葉で表すよりも態度で示すタイプなのよ。
 だからこそ、こうして無条件でそばに置いてくれているってことは、多分、私を嫌ってないと思う。
 うん、間違いない。
 ……と、思う。
 だって、嫌いな子に抱きつかれてたら、やっぱイヤでしょ?
 第一、こうして寝てるときに抱きつかれてたら、それこそ寝苦しいじゃない。
 うっとうしいし。
 だけど、綜は何も言わずにいてくれてるわけで。
 ……っ、起きそう。
「………………」
 わずかに綜が動いたので、慌てて考えを中断してじっと貝のごとく寝たふりを貫く。
 だって、また見つかったらどうせうるさく言われるに決まってるもん。
 『何考えてたんだお前は』って。
 きれいな顔して言うことなすこと結構えげつな――え。
 閉じていた瞳が、開きそうになった。
 ひときわ大きく鳴った鼓動は、彼に聞こえてしまうんじゃないだろうか。
「………………」
 髪に触れた、大きな手のひら。
 ゆっくりと髪先に進み、そして再び戻る。
 ……撫で……られてる……?
 喉が鳴りそうになるのを堪えながら動かずにいると、その手が止まった。
 ……ヤバ。
 起きてるの、バレたかな。
 どきどきしながらも、なんとかこの場を乗り切るために、必死で身体をベッドに固定する。
 だ、だってびっくりしたんだもん。
 綜が、髪撫でてくるなんて思わなかっ……。

「……愛してる」

「っ……!」
 心臓が、止まるかと思った。
 と同時に、涙がいっぱいになる。
 いま……なんて……?
「そ……ぉ」
「っ……お前……」
 ばちっと瞳を開けた途端、ぼろぼろっと滴がこぼれた。
 行き場がなかった涙が、一気に解放されたからだ。
 少し驚いたような不機嫌そうな綜をつかまえたまま、まっすぐに目を見る。
 うー、涙でよく見えない。
 だけど、今、言ったよね?
 『愛してる』って。
 微かに掠れた小さな声。
 だけど、私にはとても大きく響いた。
 聞き間違えなんかじゃない。
 あれは、綜の気持ちだ。
「もぉ……何よぉ……!」
 こんな形で気持ちを伝えられるなんて、思いもしなかった。
 だから、寝れなかったんだ。
 きっと、第六感が教えてくれていたのよ。
 今夜だけは、すんなり寝ちゃダメだって。
「……それはこっちのセリフだ」
 呆れたように呟いた彼の言葉が、耳に入る。
 だけど、それ以上に嬉しかった。
 そして、びっくりした。
 こんなのって、ある?
 こんなシチュエーション……嬉しくてどうにかなっちゃいそう!
 それこそ、このひとことで何もかもすべてが一気に救われた気持ちでいっぱい。
 何日もずっと考えてたのが、馬鹿みたい。
 ……やっぱり、綜も同じだったんだ。
 そして、私以上の言葉をくれた。
 ……もぉ……なんなのよぉ……!
「お前、ほんとによく泣くな」
「うるさいなぁもう!」
 でもだって、しょうがないじゃない!
 そんな、とびきりのセリフもらえるなんて、これっぽっちだって思わなかったんだから!
 そっぽを向いてため息をついた綜へ抱きつくと、まるで子どもでもあやすかのように背中を撫でてくれた。
 もー、なんなのよぉ、このサービスのよさってば。
 ひょっとして、明日起きたら夢だったとかじゃないわよね?
 …………そんなオチは、絶対イヤだ。
 うん、決めた。
 朝まで起きてる。
 なんてことを考えて半分位まで実行してたりしたのは、翌朝呆れた顔した綜にはもちろん内緒だったんだけど、ね。
 ……神様、ありがとう。
 私、きっと一生ついていきます。
 目には見えない神様って人を、ちょっとだけ信じようと思った瞬間。
 佐伯優菜、21歳のある日でした。

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