するりと身体を撫でる、大きな手のひらを感じるたび、どうしても鼓動が早くなる。
「っ……ぅ……」
 漏れてしまう声が、悔しかった。
 だって、綜がこうする前に言ったセリフ、覚えてる?
 『俺が欲しいんだろ?』
 耳を疑うっていうのはこのことよ。  なんていう言葉を言うのかって、さすがにびっくりしたわ。
「は……ぁっ……」
 だから、私は絶対言ってなんかやらないんだ。
 綜が欲しいとかなんとかなんて。
「んっ! や……ぁんっ」
 片手で簡単に下着を取られ、胸を包まれる。
 何かを確かめるようにゆっくりと触れられ、息が漏れた。
 ……意地悪。
 だけど、そんなこと言ったら彼の思うツボって感じがする。
 こんなふうに焦らされようと、じ……焦らされようと……。br> 「や……っちょっとぉ……」
「なんだよ」
「……それはこっちのセリフ……」
 ダメでした。
 だって、いつまでもこんなふうに意地悪されて乗り切れるほど場数なんてこなしてないし。
 しかもしかも、ハジメテの人は今目の前でいつもと変わらない冷たい顔してるワケで。
 いつまでもギリギリのラインに留まっているのは、絶対に計算の上なんだ。
 私が求めるの、わかってるんでしょ。
「不満があるなら言えばいいだろ?」
「べ……別に……」
「なら、いいだろ?」
「………よくなぃ……」
 ぽつりと呟いたその言葉を、彼はやっぱり聞き逃さなかった。
 瞳を細めて、口角を上げる。
 ……うあ。
 ものすんごい悪そうな人なんだけど。
「じゃあ、言えよ」
「だ、から……何をよぉ」
「俺が欲しいんじゃないのか?」
 くわ。またそれ言う?
 なんなのこの人。
 おかしい。絶対、おかしい。
 普通は言わないでしょ? こんな言葉。
 っていうか、自信過剰もいいトコ!!
「っや、ぁ……ん!」
 思わず、背が反れた。
 身体にぴりぴりとしたなんとも言えない感触。
 そして、同時にぞくりとするモノに包まれるような気がする。
「……ん、んっ……ぁ」
 とめどなく漏れる、自分の声。
 そして、小さく響く濡れた音。
 先ほどまで身体を撫でていた彼の手のひらは、今はもう違う場所にあった。
 代わりに、その場所には彼の唇。
 ぺろっと舐められる感触だけでも大変なのに、吐息がかかるからさぁ大変。
 ……か……勘弁して。
 この状況だと、たとえどんなことを言われてもうなずいてしまいそうだから怖い。
 きっと、私がそういう弱い立場だってことも、彼は知っているんだろう。
「はぁ……ふ……ぅんっ」
 ぱくんと胸の先を含まれたかと思うと、舌が這う。
 どんどんと身体から力が抜け、しどけなく唇は開いたまま。
 だって、どんなに声を我慢しようとがんばっても、出ちゃうんだもん……こればっかりは、どうにもできない。
「さっきと随分態度が違うな」
「そ……んなこ……っ……ん……」
 仰る通りです。
 だって、自分でもびっくりするような声の弱さ。
 きっと、こういうのを猫撫で声って言うんだと思う。
 くぅー。
 それが綜のせいで出ていると思うと、ものすごく悔しい。
「っ……!」
 ちゅ、と首筋をついばむようにされた口づけに、身体がぴくんと反応を見せた。
 途端に、きゅっと唇を結ぶ。
 微かに耳に届く、彼の吐息。
 それのせいだというのもあるけれど、それよりもやっぱりこんな近距離で声を聞かれるのが恥ずかしかった。
「……はぁ……ん……ぁんっ……」
 するりと下着を脱がせた手を足に感じ、思わず抵抗。
 くぅーー。
 だって、恥ずかしいじゃない、やっぱり!
「今さら」
「っあ……! ぅんっ……」
 だけど、綜は容赦なかった。
 あっさりとひとことくれたかと思いきや、そのまま秘部へと指を這わせる。
 くちゅ、っという濡れた音が何のせいで起きているかなんて、さすがの私だってわかるワケで。
 うぅ。
 顔から火が出る。部屋が暗いのが、唯一の救いだ。
「っつ……ぅ……」
 ぞくっとした快感。
 相変わらずの長い指が、やけに存在感を示しているような気がする。
 中の弱い部分を的確に責め、愛撫するかのように動く。
 それだけで容赦なく私はどんどんと追い詰められてしまう。
 ……うー……。
「不満そうだな」
「そ……んなこと……ぁ……ない……っ」
 荒く息をつきながら答えるこちらとは対照的な、綜。
 ちっとも私みたいにいっぱいいっぱいじゃないのが、悔しい。
「……っ……」
 絶対ワザとだ。
 私がいっぱいいっぱいだって、絶対わかった上でやってるんだ。
 そんなに言わせたいワケ?
 欲しい、って。
 綜のことが、どうしてもーー。
「んんっ、は、あ……っ……」
 ぞくぞくと背中が粟立ち、足に力が入る。
 容赦なく襲う、昂ぶりへの快感。
 このまま――と、どうしたって思ってしまう、ものの。
「あっ……!?」
 もう少し、あとほんの少しという手前で、綜があっさりと指を抜いた。
「ちょ……まっ……!」
「欲しくないんだろ?」
「えぇ!?」
 ちょ……ちょっと待ってよ!!
 急に何を言い出すのかと思いきや、何!?
 眉が寄ると同時に、唇が一文字になった。
「なんでよっ! そんな、こんなっ……」
「なんだ」
「っ……! あ、あのねぇ! なんで、こういうときに――」
「お前が欲しがらなかったからだろ?」
 ば……っ。
 なんなのこの人ーー!
 せっかく、この喉まで出かかってたのに。
 ええそうよ。そうですとも!
 今、ここまで出かかってたわよ! 綜が欲しいらしい言葉が!
「くっ……」
 でも、1度落ち着いてしまった今、言える訳がない。
 っていうか、絶対言いたくない。
 こんな意地悪男にだけは。
「……意地悪」
「馬鹿言うな。俺は優しいだろ?」
「そんなわけな――っ……んぁ!」
 顔を近づけられたまま秘所を撫でられ、身体が大きく反応する。
 こんな近距離で人の反応伺うなんて、優しいわけないじゃないのよ!
 瞳が潤むのも、仕方ないよね。
 快感と、このひどい仕打ちによって。
「や、ぁ……」
「何が」
「だからっ……ぁ……」
 微妙なラインを的確に責める。
 そういう意味では、やっぱりプロなんだろうか。
 ……って、なんの?
「っや……!」
「ひとことあるだろ?」
「……何よぉ……」
「欲しいって言ってみろ」
「っ……!」
 こっ……この男は……!
 いーわよ。
 ずぇっったいに、言ってなんかやらないんだから。
 そういう意味を込めて顔を彼からしっかりとそむけてやると、案の定すぐに顔を戻された。
 ……なんなのよ、その顔。
 その、余裕溢れまくりの顔。
 つねってやりたくなる。
 そういう衝動に駆られながらも、もちろん口は開いたりしない。
 イヤなものは、イヤ。
 あんだけ焦らされて、黙ってられません。
「言わないつもりか?」
 こくん。
「……ほぅ」
 どんな顔をされようと、ジェスチャーのみで切り抜けてやる。
 私から『欲しい』だなんて、絶対に――。
「んっ!?」
 両手首を器用にまとめられたかと思った次の瞬間、キスをされた。
 しかも、きっちりと深くまで落とされるものを。
「ふ……ぁ……っ」
 息をつぐ暇もなく、繰り返される口づけ。
 身体の芯が、妙に落ち着かない。
 うずくっていうか、なんていうか……。
 ……ヤバい。すっごい。
 何? このキス。
 おかしくなりそう。
「……んん……っ」
 ちゅ、と音を立ててようやく解放されたものの、頭がまだぼーっとしていてうまく働かない。
 うっすらと瞳を開くと、すぐそこに綜の顔があった。
 鼻先が付く距離だからこそ、もちろん吐息はばっちり。
「返事は?」
「……ほし……ぃかも……」
 うまく回らない、ろれつ。
 今、『らりるれろ』言ってみろって言われても、多分へにゃへにゃで言えないだろう。
「強情」
「……うるゃい……」
 せめてもの抵抗として疑問形にしたのを言ったのだろう。
 だから、こっちも最後まで貫く。
「んっ……」
 首筋を軽く舐めてから吸われ、ぞくりと身体が反応をする。
 だけど、未だに両手首はまとめられたまま。
 手が大きいっていうのは、こういうとき便利なのねなんて、妙な考えが浮かんだ。
「っく……ぁんっ……!」
 綜が肩口に手を当てたかと思った瞬間、ぐっと身体の中に新しい感触が生まれた。
 もちろん、自分の身に何が起こっているかなんて、すぐにわかる。
 目の前の彼の顔を見れば、さらに。
「……っは……」
 短く息をついて這入ってきたかと思いきや、そのままゆっくりと動き出す。
 途端に背中がぞくぞくして、全身が粟立った。
「は、はっ……ぁん……っふぁ……」
 ダメ。
 あれだけ焦らされて、こんなすごい快感与えられて、平気でいられるわけがない。
 堕ちる。
 高まりつつある大きな快感を感じ、無意識のうちに彼へと手を伸ば……って。
「……っは……ぁ……そっ……ぉ……」
「なんだ」
「手……ぇ離し……て」
 荒く息をつきながらねだると、ふっと笑ってから顔を近づけた。
「嫌だと言ったら?」
「…………もっとヤダ……」
 自分でも、何を言ってるのかよくわからない。
 けど、私の言葉を聞いて彼はおかしそうに笑うと手を離した。
「……お前、ほんとおもしろいな」
「…………なによぉ。そーーぁんっ……!」
 眉を寄せた次の瞬間、ぐんっと突き上げられる衝動で、一気に身体の感じが変わる。
 ヤバい。
 こんなのは……ダメ。
「やっ……そっ……ダメってば……!」
「……っく……こっちだって……」
「はぁっ……は……ぁあっ……!」
 ぐいぐいと突き上げられ、声にならない声が漏れる。
 イク。
 この間のあの感じが、頭に浮かんだ。
 まただ。
 また――……。
「へ……んにっ……! ダメっ……いっ……イっちゃ……!」
 ぎゅうっと彼に抱きついた瞬間、最奥まで彼が這入ってくるのがわかる。
 その途端。
 身体が自由を失った。
「っやぁ……! あんっ……っく……ぁ」
「……ッ……」
 びくびくと彼を締め付けると同時に、中に熱い感覚が広がる。
 無意識に閉じていた瞳が開き、目の前の綜と目が合った。
 途端、その瞳からそらせなくなる。
 なんて表現したらいいんだろう。
 どう伝えればいいだろう。
 ものすごくきれいで、艶っぽくて、妙な雰囲気。
 だけど、すごくすごく惹きつけられる色があった。
 ……魅了っていうのかな。
 きっと、この瞳を見た人はみんな彼を無条件で好きになると思う。
「……なんだ」
「え……?」
 そう言われて、ようやく気付いた。
 ……見すぎ?
 え、でも、だって……ねぇ?
「……えへへ」
「なんだよ、だから」
「いーの」
 多くの人に自慢できることだけど、もちろんしない。
 だって……これ以上不安になるのは、嫌だもん。
 漏れた笑みをそのままに、綜にはもう1度『なんでもない』と、首を振っておくことにした。

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