「泣きながら怒るヤツ、久しぶりに見た」
「うるさい……っ……」
 ふいに抱きしめられたと思ったら、いきなりそんなことを言われた。
 普通、抱きしめてくれたら優しくしない?
 するモンでしょ? ふつーは、さ。
 なのに、綜の場合はふつーと違うから……ってもう、なんかよくわかんなくなってきた。
 抱きしめてくれながら人をけなすって、どーゆーことなんだろう。
「綜が……悪いんだもっ……」
「……また俺のせいか」
 まだ治まらないしゃくりを上げながら、彼の胸でしっかりと指摘してやる。
 また、ってことは多少自覚あるのかしら。
 でも、間違いなく私が泣くのは綜が悪いってことにしておいて。
 悔しいから。
「綜がひとりで行っちゃうから……すごい心配したんだから」
「お前がつまらなそうにしてたから、置いてっただけだろ?」
「……どこ行ったの?」
「横浜」
「横浜!?」
 思いがけない展開に、びっくりしてしゃくりが止まった。
「この前の打ち合わせで訂正があった。それだけだ」
「なっ……! なら、私も連れてってくれればよかったのに」
「だから。お前はずっとつまんなそうにしてただろ?」
「えぇ!? 私、そんなふうにしてなかったよ!?」
「それこそ嘘だろ。お前、ちっとも俺の話聞いてなかっただろうが」
 眉を寄せた彼に、こっちだって眉が寄る。
 この数日間彼とともにした行動は、そりゃあ私にはわからない話ばかりだったけれど、でもつまらなくはなかった。
 話だってまともに聞いて――。
「あ」
 思い出した。
 ……そうだ。
「……ほらみろ」
「ち、ちがっ……! だって私……」
「けど、思い当たることがあったんだろ? なら――」
「だからっ! 綜のこと考えてたの!!」
 叫んでから、我に返った。
 ……しまった。
 言い切った途端、綜は目を丸くしてから口角だけを上げた。
 その顔は、まるで弱みでも握ったかのような悪者の顔だ。
「ほぅ。俺でいっぱいになって、話を聞く余裕すらなかったか」
「そうは言ってないでしょ!」
「俺のことを考えていたせいで、事実話を聞いてなかったんだろ?」
「う……それは……まぁ」
 くっ、と笑われたのが癪で視線を逸らすと、頬に手を当てて視線を戻された。
 途端に、眉が寄る。
「……何よ」
「置いてかれて寂しかったら、そう言えばどうだ?」
「む。そういうわけじゃ……ってまぁ、そういうわけかもしれないけど。でもね、出かけるときに行き先くらい教えてくれてもバチ当たらないと思うわよ?」
 眉を寄せ、一応の抗議はしておく。
 だけど、綜は意地の悪そうなそれこそ高みからの笑みを浮かべると、口角を上げた。
「教えてくださいお願いします、って言えないのか?」
「はぁ? なんで私がそんなお願いしなきゃいけないのよ!」
「寂しかったんだろ?」
「さびっ……くぅ、そりゃそうだけど! なんか違うそれ!」
 とんでもないセリフを吐かれ、目が丸くなった。
 ついでに顔が赤くなった気がしなくもないけど、これはアレよ、悔しかったからってことにしておいて。
 でも、綜にそんなものが通じるはずはなく、瞳を細めると目の前で笑った。
「次からはかわいくねだってみるんだな」
「なっ……何様のセリフよそれ」
「知らないのか? 俺が誰なのか」
「……うわ。うわぁ……なにそれ。すごいやな人になってるけど大丈夫?」
「そのやな人が好きでたまらないのはどこのどいつだ?」
「くっ……! うるさい!」
 にやりと笑われ、恥ずかしくてかあっと頬が熱くなった。
 ああもうああもうっ!
 ほんっとーに、なんて人なのかしらこの人!
 そんでもって、なんでこんな人じゃなきゃダメなのかしら!
 唇を噛んで綜を見ると、くっくと喉で笑ってからーーふっと笑った。
 まるで『仕方ないやつだな』と言うときのように、ほんの少しだけ柔らかく。
「ん、っ……!」
 唇を塞がれ、舌が這う。
 ぞくりと背中が震えて、身体から余計な力が抜けた。
「俺が欲しいか?」
「んなっ……はい!?」
 とんでもないセリフが聞こえて目を丸くすると、目の前で笑った綜が頬に触れた。
「寂しかったって言えよ」
「そ、なっ……もー何よもう! 何様!?」
 ぱくぱくと口が開き、恥ずかしさもあって何も言えない。
 でも、さらりと言ってのけた綜は、私を見下ろしたまま器用にシャツのボタンを外しながら、また小さく笑った。

「世界的に有名な人間だってことは、お前が一番よく知ってるだろ?」

 言い切った瞬間のその顔は、自意識がどうのというレベルではないくらい、自信がこぼれそうなほどの強いものだった。

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