「……ねぇ、どうして?」
「仕事だ」
「いや、それはわかってるの。仕方ないってこともわかってるの! でも、私はもうちょっと違う返事がほしいっていうか……」
「…………」
「あ、ちょっ!? 綜!」
 いったい何度、この言葉を口にしただろう。
 12月に入ってから、少なくとも10回くらい言ってるような気がする。
 ……いや、もっとかも。
 だってさー、信じられないと思わない?
 今日は、恋人たちがうっはうはな気分ですごすクリスマスイヴなのよ? イヴ!!
 なのに……。
「おはようございます」
「ああ、芹沢さん。おはようございます」
 にこやかにあいさつをする綜は見慣れたとはいえ、私にとっては胡散臭い対象でしかない。
 今日は、イヴにはもってこいのロマンチックな場所、横浜でのお仕事。
 ……そう。お仕事よ、お仕事。
 ロマンチックな気分を演出してくれそうにない綜のことだから、あえてこの場所を選んだとかってわけじゃないだろうけど、すてきな夜景が見れたとしても残念な気持ちにはなる。
 でも、クリスマスイヴの今日が、仕事じゃなくてもいいと思わない?
 まあ、明日は予定が入ってないから嬉しいんだけど……でもさ。
 やっぱり、クリスマスとイヴのどちらが盛り上がるかって言ったら、やっぱりイヴでしょ?
 いやほら、クリスマス当日は家族と過ごすもの。
 そして、イヴは恋人と過ごすもの。
 ……そういうものじゃなかったかしら?
 私は小さいころから、そういうふうに思ってきたんだけど……ね。
 だからこそ、今日というイヴの日には特別な思い入れがあったわけで。
 ああして、こうして、あそこに行ってアレ食べて……なんていうプランがあったわけですよ。
 一応、私にもね。
 ……まぁ、この仕事が入ったのは随分と前のことだから、仕方ないんだけど。
 それにしたって、もう少し気を利かせてくれてもいいと思うのに。
 だって、せっかくふたりきりですすごせるイヴなんだよ?
 相変わらず笑みを浮かべてあいさつをこなしていく綜の後ろ姿を見つめながら眉を寄せるも、彼が気付いてくれるはずもなく。
 ま、気付いたところで綜が優しくなだめてくれるとは思わないけど。
「…………」
 綜がドアを開けた部屋に、私も続く。
 楽屋とはいえ、相変わらずきれいな場所だ。
 今日のコンサートは、有名な指揮者の人の公演らしい。
 つまり、今日の主役は綜じゃないってこと。
 だからこそ、結構意外な気がしたのよね。
 だって、綜ってばいつも『俺が主役』みたいな雰囲気かもし出してるじゃない?
 だから、てっきり引き立て役のような仕事は引き受けないんだと思ってたんだけど……どうやら、いろいろと彼にも考えることはあるらしい。  ちょっとは大人になったんだなぁと安心したわ、私。
「でも、珍しいよねー。綜がほかの人の名前が付くコンサートに出るなんて」
「仕事だからな」
「……それだけ?」
「ほかに何があるんだよ」
「……いや、あの……。てっきり、指揮者の人と知り合いとかなんとかなのかと思ったから」
 ジャケットを脱いでため息をついた綜を見てまばたくと、ヴァイオリンをテーブルに置いてから椅子に座った。
 ……って、ちょっと待って。
 あなた今、鼻で笑ったでしょ。
 うっわ、感じわる。
「俺は、感情で仕事する人間じゃない」
「……あ、そう」
 いやまぁ、それはわかってましたけどもね。
 じゃあ、ホントに仕事は仕事で割り切ってるんだ。
 ほうほう。さすがは、芹沢綜サンですわね。
 脱ぎっぱなしのジャケットをハンガーにかけてから、私も椅子へ座る。
 今日はこのあとすぐにリハーサルがあって、開演は19時から。
 時計を見ると、あと4時間ちょっとだった。
 ……4時間。
 綜はリハーサルがあるから暇とか言ってられないんだろうけど、ハッキリ言って私は暇。
 楽屋にいてもつまらないし、かといって外に出てもねぇ……。
 ましてや、今日はクリスマスイヴ。
 外を出歩けば、どこを見てもカップルカップルで、私がヘコむのなんて目に見えてる。
 ……私だって、そういうイヴすごしたかったわよっ。
 危うくぶーたれそうになりながらため息をつくと、テーブルの端に数冊の雑誌のような物が置いてあるのが見えた。
 どうやら、週刊誌らしいそれ。
 誰かが置いてったのかな?
 なんて思いながら手を伸ばし、手繰り寄せる。
「……相変わらず、くだらねぇ物読むんだな」
「くだらない? なんで?」
「面白いか? 他人が勝手に他人を批評してる記事読んで」
「……だって、暇なんだもん」
 あ。ちょっと。
「何よその顔」
「別に」
「呆れたでしょ。馬鹿にしたでしょ、人のこと」
「してない」
「嘘! ずぇったい、した」
 そもそも、なんなのよ、そのジェスチャー。
 目を閉じて軽く首をかしげた仕草は、めちゃめちゃ馬鹿にされてるとしか思えない。
 これだから外国かぶれはイヤなのよ!!
 ……って、綜の場合はかぶれてるどころか向こうでの生活も長いんだけど。
 いいわよ、いいわよ。
 どーせくだらないわよっ。
 ふーんだ。綜には見せてあげないんだから。
 ……まぁ、面白い記事が載ってるのかって言われても、断言できないんだけど。
 だってこの雑誌ってば、普段本屋さんで目にするような情報系の雑誌とは違って……中を開くと、クラシック関係の記事ばかりなんだもん。
 なるほど。
 どうりで私が知らない雑誌名だと思った。
 でも、暇つぶしにはもってこいよね。多分。
 何もしないのも退屈なので、とりあえずそれに目を通すことに専念するしかなかった。


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