それにしたって、なんで映画なんだろう。
そりゃ、別に嫌いじゃないわよ?
でもさー、普通はふたりきりでおいしいレストラン行ったりとか、夜景の見えるきれいなバーとかですごすものじゃない?
ていうかそもそも、今日はもともと仕事が入ってたんだから、終わったらすぐ家に帰ってお疲れ様ーでよかったのに。
大きなスクリーンに映し出されている映画を見ながら、ふとそんなことが浮かんだ。
……まあ、周りを見ると私たちみたいなカップルもいたけどね。
この映画館は、ラブシートがあることで結構有名らしく、遠くからもお客さん来てるという口コミは見た。
例に漏れずこの席もそうで、席が隔たれておらずすぐ隣に綜がいる。
でもね。
映画見てるときに、いわゆるえっちぃシーンってものすごく困らない?
……私は、ものすごく困るのよね。
だって、まず目のやり場に困るでしょ?
前を向けば大画面でそういうシーンが流れているし、耳からはそういう音が入ってくるし。
それだけじゃない。
周りを見れば、カップルたちが意味もなくイチャ付き始めるし。
「…………」
でっ。
横を見れば……そ、綜がいるわけで。
でも、ダメ。絶対。
こんなときに綜なんて見たら、絶対言われるわよ。
『お前、どれだけ欲求不満なんだ』って。
うーー! 違う! 断じて違う!
っていうか、私はそんなことしないわよっ!
思わずぶんぶん首を振ってしまい、慌てて姿勢を正す。
でもまぁ……なんていうの?
いったいぜんたい、綜がどんな顔してこの映画見てるのかは気になるじゃない?
とはいえ、そっちを見れるほどの度胸もないわけで。
だって、そっちを見たら綜になんて言われ……ッ!?
「っ……」
思わず、ごくりと喉が鳴った。
え、と……この状況で、私はどうしたらいいんだろう。
真正面を向いたままで固まった首。
横を向くに向けないこの状況。
ど……どうしよう。
心臓がばくばくする。
いろいろと考えをめぐらしていたものの、現実は突然こうなってしまった。
綜が、私の左肩へ急にもたれたのだ。
ひぇ……どうしよう。
そっち見ればいい?
でもでも、こんな状況で……っていうか、こんな場所で……!?
うわー、どうしよう。
いいの? っていうか、それって許されるの?
こんな場所で、ほかのカップルみたいに……き……キスとか……。
「……綜?」
そちらを向くことができず小さく名前を呼んでみたものの、彼からの反応はなかった。
えっと……ひょっとして、怒ってる?
ほら、前にも言われたし。
『雰囲気ってモンを知らないのか』って。
……で、でもね。
そんなこと言われたって、困るのよ!
しかも、こんな……急に。
「っ……!」
綜が身体を預けてきたことで一層距離が近くなり、さらりと彼の髪すら感じる。
や……ヤバい。
っていうか、やっぱりこんなところじゃダメだってば!
心の準備もできてないし!
「そっ……綜! ダメったら……!」
「…………」
「綜ってば!」
顔が赤くなるのがわかる。
そりゃあ、求められることが嬉しくないわけじゃない。
でも、でもっ!
揺れる気持ちに踏ん切りをつけて、ぐいっと彼の身体を押し……た瞬間、そちらを見て拍子抜けした。
だって、そこにはものすごくあどけない顔をした綜がいたから。
「綜……?」
目の前で手を振ってみるけれど、反応はない。
そりゃそうだ。寝てるでしょ、これ。絶対。
っていうかさー、一緒にいるのよ?
少なくとも、彼女だよね? 私。
しかもしかも、今日はクリスマスイヴなわけで。
……なのに。
「もー……」
何も、こんなに気持ちよさそうに寝ることないじゃない。
とはいえ、ついつい笑みが浮かぶ。
だから、言ったじゃない。なんで映画館なの、って。
疲れてないはずないのに、私が見たいって言ったことを覚えていてくれて、しかも連れてきてまでくれて。
ある意味、クリスマスプレセントかもしれない。
……あーあ、かわいい顔しちゃって。
わずかに聞こえる規則正しい寝息に、思わず笑みが漏れる。
いつもはすることのできない、頭を撫でる行為をするべくそーっと手を伸ばす。
起きてたらできないもんね。
こんなことすればめちゃめちゃ不機嫌そうな顔して嫌味のひとつふたつ言うに決まってるんだから。
「………………」
少しだけ彼へ寄り添うようにもたれ、目を閉じる。
……ちょっとだけだから。
だって、せっかく綜が私の観たい映画に連れてきてくれたんだもん。
私が楽しまないでどうするのよ。
だから――目を閉じるのは、ちょっとだけ。
綜に、ありがとうが伝わるように、ゆっくりと彼の頭を撫でる。
「ありがとう」
小さく呟いた言葉は、果たして彼に届くだろうか。
……って、寝てるから無理だろうけど。
彼らしい、素直じゃない強引なシチュエーションのプレゼント。
らしいっちゃらしいけど、だからってひとこともナシじゃなくてもいいと思うよ?
もちろん嬉しいけど、さ。
プラス愛情をしてくれても、バチは当たらないと思うけど。
「……ふふ」
再び目を開けて映画の続きを楽しみながらも、彼に腕を回してぴったりくっついておく。
今日くらい、べたべたする権利もらってもいいよね?
イヴなんだから。
明日は、お休みのクリスマス。
彼とどうやって過ごそうかなーなんて考えながら髪を撫でると、やっぱり笑みが浮かんだ。
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