「……ねえ、どーして?」
「お前が来たいって言ったんだろ」
「いや、あの……それはそうだけど、でもね?」
「つべこべ言うな。行くぞ」
「あ、ちょっ!? 綜!」
 ぽっかりと口を開けるように開いている両開きのドアから綜に続いて入ると、中はやっぱり暗かった。
 ……って、当たり前よね。
 だってここは、映画館なんだから。
 鳴り止まないんじゃないかと思うほど続いた、横浜でのコンサートはつい先ほど終了したばかり。
 どのお客さんも満足そうで、その笑みを見てから綜の楽屋へ戻ると、彼自身も満足そうな顔をしていて嬉しかった。
 私はオーケストラの一員じゃないけど、でも、綜が一生懸命がんばってる姿を見ると、ちょっとだけ彼の気持ちにリンクするのかもしれない。
 やっぱり、いい演奏は何度聞いても飽きないなぁ。
 結局、あの休憩のあとから再開されたリハーサルでは、綜の演奏を東堂さんが止めることはなかった。
 むしろ、敢えて関わらないようにって感じで、目すら合わせてなかったけど。
 でも、指揮者って人の目を見ながらやるものでしょ?
 なのにいいのかしら……って思って、綜に聞いてみたわけよ。
 ……そしたら、なんて返ってきたと思う?
 『アイツは自分の心配だけしてればいい』
 ですって。
 いやまあそうかもしれないけどさ。
 でも、一応は今回のコンサートのメインは彼だったわけでしょ?
 なのに、あんな精神的に参らされて……ちょっとかわいそうだな、とは思った。さすがに。
 なんかさー、ちょっと私間違ってたかもしれない。
 きっと、東堂さん家に帰ったら泣いてるわよ?
 いや、むしろ今ごろそうだったりして……。
「……あれ?」
 ふと気付くと、隣にいたはずの綜がいなかった。
 何よもー、独りきりにしないでよね。寂しいから。
 なんて思いつつあたりを見まわすと、早くしろと言わんばかりの顔で、腕を組んでチケットチェックのところに立っていた。
「う、ごめん」
「遅い」
「だから、ごめんってば」
 2回も謝ったところで気づいたけど、ちょっと待って。
 なんで私が謝らなきゃいけないの?
 だって、待ってくれればよかったのに、置いてかれたんだよ?
「ちょっと、そ……あれ?」
 一緒に入ったはずなのに、1度ならず2度までも、彼は私のそばから姿を消していた。
 ちょっとー!
 隣にいるのに、なんで置いていくのよ!
 遠くに見えた綜の背中を追いかけ腕を取ると、怪訝そうな顔でふりかえられた。
「早く来い」
「いやいやいや、置いてかないでよ!」
「ついてこいよ」
「あのね、ひと声あってもいいと思うわよ?」
「お前の仕事は俺の付き人だろ?」
「それは仕事でしょ? プライベートでは彼女なんですけど!」
 あ、またそーやって無言なんだから。
 もーいいわよ。わかったわよ。
 こうやって腕をひっつかんでも文句言わないから、もういいわよ。諦めるから。
「…………」
 クリスマスイヴの夜に、こんなに慌ただしいのは初めてだなぁ。
 さっきまでのきらきらしたステージの光がまぶたに残っているのか、薄暗い館内を進むとなんだか不思議な感じがした。

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