キーケースを箱ごとテーブルに置いて、リボンを拾う。
 ――と、何やら意味ありげな優菜と目が合った。
「なんだ」
「……別に」
「ずいぶん間を空けたな」
「だっ……! べ、別になんでもないもん」
 ぷいっと横を向くものの、その顔は若干赤くなっている。
 ……つーか、こいつ……もしかしなくても、そうだ。
 馬鹿だな、ほんとに。
 そうわかってしまったので、ソファへもたれたまま敢えて何も言わない。
 同じように、視線をそらしたまま何も言わない優菜。
「…………」
 ああ、そうだ。間違いない。
 この何か言いたげな表情といい、何も変化ない姿といい、絶対だ。
 俺は正しい。
 …………こいつ、気付いてないのか。
「あの……さぁ?」
「なんだ」
 下から伺うようにこちらを見る優菜にそれだけ返すと、わずかに視線を逸らしてから再び目を合わせた。
「……今日は何の日か知ってる?」
「クリスマスだろ」
「すごーい! 綜が普通に答えた!」
 何を言い出すのかと思えば、思い切り人を馬鹿にした発言だな。
 くだらん。
 ため息をついてから視線を逸らし、横に置いたままの新聞を広げる。
 すると、慌てたように優菜が声を上げた。
「だ、だからっ! ねぇ! 綜!」
「なんだ」
「なんだ、じゃなくて! ちょっと! 綜も何かないの!?」
「何が」
「だからっ!!」
 相変わらずはっきり言おうとしない優菜を放って新聞に視線を落としたままでいると、いきなり目の前に顔を見せた。
「ちょっと!」
「……それはこっちのセリフだ。読めないだろ」
「そんなことはいいのっ!」
 ぐしゃっと音を立てて皺が寄った新聞を差し出すと、一瞬そちらを見てから再び視線を戻す。
 だが、やはり気になるらしく新聞の皺を直しながら畳み、テーブルへと置き直した。
「なんなんだ、お前は」
「何じゃないってば! 今日はクリスマスなんだよ!?」
「だから?」
「っ……くう……! だからっ!!」
「ハッキリ言えばいいだろ? なんだよ」
 ぎゅっと手を握ってぶんぶんと振られながらため息を漏らすも、一向に先が見えない会話。
 こいつは昔からそうだ。
 言いたいことはハッキリ言え。
「だからぁっ! 綜はないの!? 私に、プレゼント!!」
 ……ほらみろ。
 出たよ、妙な発言が。
 優菜の言葉に何も言わずにいると、眉を寄せて唇を尖らせた。
「……クリスマスなのに。私はあげたのに」
「好意の見返りを求めるのは、愚かなヤツがすることだぞ」
「うるさいわね! プレゼント交換は、クリスマスの定番なの!!」
 どんな定番だ。
 少なくとも、俺はそんなクリスマスばかり過ごした記憶はない。
 ソファの肘置きで頬杖を付くと、今度は泣きそうな顔でこちらを見た。
 ……ったく。世話がやけるな、お前は。
「お前、今朝何時に起きた?」
「え? 8時……くらい」
「それで?」
「え? 顔洗って、ごはん食べたけど」
 きょとんとした顔で顎元に手をやりながら、考える仕草を見せる優菜。
 やはり、まったく覚えはないようだ。
「……人に文句言う前に、自分の行動振り返ることだな」
「え?」
「枕元。見たのか?」
 瞳を合わせてそれだけ言うと、まばたきを見せてから目を見開いた。
「なっ……! は、はぁ!? え!?」
 慌てて立ち上がった優菜が、バタバタと寝室へと向かう。
 ほどなくして、やたらデカい優菜の悲鳴が聞こえた。
「何これ!! 知らない! いつの間に!?」
「いつの間に、じゃねぇよ。もっと早く気付け」
「嘘っ! 綜ってば、ちゃんとくれてたの!?」
 ぱたぱたと走りながら戻ってきた優菜の手には、小さな箱が握られていた。
 先ほどまでとはまったく違い、嬉々とした表情。
 ……ったく。
 お前は子どもか。
「ねぇねぇ、開けていい?」
「好きにしろ」
「えへへ」
 リボンを解きながら言うセリフじゃないと思うが、まぁいいだろう。
 音を立ててリボンを解き、イチイチ丁寧にテーブルへ畳んで置いてから、また包装紙を丁寧に剥がす。
 ……まどろっこしい。
 もっと手早くできないのか、お前。
「っな……え……」
 ため息をついて皺が残ったままの新聞を手にすると、やたら嬉しそうにしながら箱を開けた優菜が静かになった。
 ちらりとそちらを見ると、瞳を丸くして固まっている。
 ……何してんだお前。
 再び新聞へ視線を戻し新しい記事を読み始めたとき、膝に手が乗せられた。
「なんだ」
「……何コレ」
「は?」
「これっ……! これ何っ!?」
 眉を寄せて今にも泣きそうな顔でそう呟き、箱をしっかりと握る。
 その表情の意図が微妙に量れないのは、俺のせいじゃないだろう。
「お前な。人に物を貰っておいてその反応は失礼だぞ」
「そうじゃなくて! ねぇ、どうして? なんで、コレなの!?」
「不満なら返せ。別にそれじゃ――」
「ちっが……! 違うってば!! 嬉しいの!!」
 手のひらを差し出した途端、ぶんぶんと首を振って両手でその箱を両手の内に納めた。
 嬉しいという割には、妙な態度。
 しかも、泣きそうだし。
「嬉しいなら、それ相応の反応ってモンがあるだろ?」
「だって! ……だって……まさか指輪だなんて、思わなかったんだもん」
 ぽつりぽつりと呟くと同時に、瞳がわずかに潤んだ。
 ……コイツは。
「いちいち泣くな」
「だっ……てぇ……」
 ため息を漏らすと、ぼろぼろと涙がこぼれた目元へ優菜が手を当てた。
 ぐしっと不器用に拭ってから、箱と俺とを交互に見る。
 嬉しいなら泣くな。
 膝で立ったまま抱きつかれ、わずかに振動が身体へ伝わる。
 その震えは、抱きつかれたせいじゃない。
 しゃくりを上げてる、優菜のせい。
「そこまで泣くことあるか?」
「だって! っく……ぅっ……嬉しいんだもんっ!」
 相変わらず、昔と同じような優菜にため息が漏れた。
 昔から、そうだ。
 悲しければ泣くのは当然だが、こいつは嬉しくてもよく泣いた。
 泣き虫ってのは、歳を経ても変わらないんだな。
「ありがとう」
 ぎゅうっと抱きついたままで呟いた言葉が、耳元で聞こえた。
 もちろん、泣いてるから涙声。
 しかし、珍しくそれだけははっきりと聞こえた。
「うぇーん! 綜の馬鹿ーー!」
「……誰が馬鹿だ」
「だって! こんなのって……! もう! もっと早く言ってよ!」
「普通、枕元にあれば誰だって気付くだろ」
「う」
 泣きながら人を非難するのは、どうかと思う。
 それに、俺は悪くないし。
 ……まぁ、こいつらしいけど。
「ねぇねぇ! どう?」
「どうって、何が」
「だから! 似合う?」
「普通」
「ふっ……普通!? ちょっと! 普通は、お世辞でも『似合うよ』とか『きれいだな』とか言うものでしょ!?」
「俺は、俗世間一般のヤツらと違うんだよ」
「……うわー。ヤダヤダ。これだから、ブルジョアンは嫌いなのよっ」
「なんだそれ」
「知らないの!? 流行語だよ!?」
 相変わらず出てくる妙な日本語に眉を寄せると、心外だとでも言わんばかりの顔を見せた。
 だが、すぐにまた笑みへと戻る。
 右手の薬指にはめた指輪を、手を広げて満足げに見る姿は、まぁ悪い気はしないが。
「ありがとうね、綜っ! すごく大事にするから!!」
 ぎゅっと握ったり、また開いたり。
 それを繰り返しながらも、やはり視線の先には指輪があった。
 恐らく、当分は機嫌も悪くはならないだろう。
 ……というか、当分はこの反応に付き合わされるんだろうが。
 そんなことを考えながら新聞に戻ると、やはりすぐに優菜が邪魔に入った。

 事実、その週は何をするときもどこへ行くときも、必ず優菜は指輪のことを口にしていた。
 ……少ししつこい。
 とは思うが、そんなことを言えばどうせすぐに喧嘩腰になるからな。
 敢えてつつくことをせずに、当分は大人しくしているのが得策らしい。
「…………」
 それにしても、クリスマスではしゃぐなんて、子どもだけだと思っていたが……。
 外見は昔と違っても、どうやら中身はまだまだあのときと同じ優菜のようだ。
 あの、数年前のクリスマスの朝のように。

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