テレビに映る、豪雪地帯と思しき光景。
 それを見ていたら、ふと数年前のことが思い出された。
 雪……ね。
 日本で雪を見るなんてことは、久しくしていない。
 だが、今さら雪が降ったくらいで喜ぶ人間なんて、そうそういないだろうが。
「うわ、すごいねー! どこ? ここ」
「さあ」
「えー!? ちょっと! それじゃあ行きようがないでしょ!」
「行く気か? お前」
「当然! こんなにすごい雪、久しぶりに見た!」
 相変わらず、ことごとく俺の想像を裏切るヤツだな。
 そんなにいいものだとは思えないのに、どこに魅力を感じるのか。
「これだけ雪があったら、雪だるま大きいの作れるねー」
 テレビを見ながら呟いた優菜の言葉で、思わず口が開いた。
 ……こいつは。
「ん? 何よ、綜。変な顔して」
「お前、いくつだ?」
「は? いくつって、歳?」
「ほかに聞かれるような数字を持ってるのか」
 というか、それ以前にそんな普通に返されても困るんだが。
 手にした皿を置きながら眉を寄せた優菜を見る……と同時に、その皿へ目が行く。
「なんだ? それ」
「ん?」
 白い皿に載っている、茶色の物体。
 いびつな形で、まさに『物体』という名がふさわしい。
 匂いだけはなんとなくマトモな気もするが、形はハッキリいっておかしいだろ。これは。
「お前、相変わらず工作ヘタだな」
「こっ……工作!? 失礼ね! 立派な料理でしょ!!」
 料理?
 ……これが?
 どこからどう見ても、幼稚園児の工作並。
 いや、むしろ今の子どもたちならばこんなものよりもずっとうまく作るだろう。
 雪だるまといいこれといい、相変わらず、センスの欠片も見当たらない。
「クリスマスと言えば、これでしょ?」
「これは、なんだ」
「だからっ! ブッシュドノエルよ!」
 ソファにもたれたまま顎で指すと、ばしばしテーブルを叩きながらそれを指差した。
 今、ブッシュドノエルだとかつったな。
 ……悪いが、俺は今までこんなに粗悪なブッシュドノエルを見たこともないぞ。
 どんな人間だろうと、欠点があるのはわかる。
 だが……な。
 昔と比べて料理ができるようになったとはいえ、やはり菓子といった形作る作業は向いていないようだ。
 こんな物が出てきた日には、どんなに盛り上がっているクリスマスだろうと一気に冷めるであろうと想像がつく。
「……そ……そりゃあね? まぁ、何? 見た目は……こんなだけど。でも! おいしいわよ!」
 1度ケーキを見てからこちらに視線を向けたが、言い終わってから口元に手を当てて意味ありげにケーキを見つめた。
 ……ちょっと待て。
「お前今、なんていった?」
「うぇ!? い、言ってない!」
「嘘付け。『多分』って言ったな? 今。そうだろ」
「言ってないってば!!」
 やたら慌てて否定する姿を見れば、それが真実かどうかなんてすぐにわかる。
 ……これだから、困るんだよ。
 つーか、食えるってことを連呼するのであれば、自分がまずしてみろ。
「……なんだ?」
 新聞を取ろうとテーブルに手を伸ばすと、何やら意味深な表情をこちらに向けた。
 上目遣いで見ながら、口元にあるのはやけに怪しい笑み。
 いかにも、『何か企んでます』という表情だけに、ため息が漏れる。
「へっへー。教えてほしい?」
「別に」
「ええっ!? ちょっと! 少しは素直に言って!」
 ああ言えば、こう言う。
 きっと、優菜の問いに素直な返事を返していたとしても、彼女は同じことを言っただろう。
 こんな顔してるときのコイツは、絶対にもったいぶって先送りするからな。
「はい、どうぞっ!」
 新聞を手にソファへもたれると、それを邪魔するように優菜が何かを差し出した。
 ちょうど、手のひらに収まる大きさの白い箱。
 そこにはリボンがかかっていて、いかにもクリスマスという雰囲気をかもし出していた。
「なんだこれは」
「だからっ! プレゼントでしょ!? プレゼント!!」
 手のひらを上にされて置かれた箱を見ると、優菜がまどろっこしそうに声を荒げる。
 ……プレゼント、だと?
 何が入っているのかはわからないが、見た目より少し重いような気がした。
 リボンを解いて床に落とし、蓋を開ける。
 中から出てきたのは、白い薄い布に包まれた何か。
 それを手にして、手のひらに持つ。
「なんでお前が楽しそうなんだよ」
「え!? あ、いや……なんとなく」
 まるで自分が貰ったプレゼントかのように、優菜はやけに楽しそうな顔をしていた。
 ……何が楽しいんだか。
 布を開いて中身を取り出すと、ジャラリと音が響く。
「じゃじゃーん。ねぇねぇ、どう? 気に入った?」
 それを見るのとほぼ同時に優菜が声をあげた。
 1度にそれだけ聞かれると……つーか、普通はそんなにたくさんの感想を求めるものか?
「どうって、別に」
「別に!? ちょっと! もっと言うことがあるでしょ!?」
「ほかに、これと言って思いつかないけどな」
「はぁー!? 何よそれ! 人がせっかくたくさんのお店歩いて、見つけてきたのに!」
 自分が贈った物に対して好意的な感想を述べさせようとするのは、どうかと思う。
 相変わらず、浅はかだな。お前。
「せっかく、綜ってばたくさん鍵持ってるのにそのままで持ち歩いてるから、邪魔だろうなぁーって思ったのに!」
「俺はキーケースなんて使わない主義なんだよ」
「くぁー! あのねぇ! 人の好意を無にするなんて、信じらんない! 普通はねぇ、お世辞でもありがとうとか嬉しいよとか言うものよ!?」
「人に媚びる主義じゃないんでな」
「っく……! もういいっ!」
 ソファにもたれたままキーケースを持っているたら、眉を寄せてぷいっと顔をそむけた。
 ……ったく。
「あ……」
「かさばるのが面倒なんだよ、俺は」
 リングに家の鍵を付けて箱に入れると、その音で優菜が振り返った。
 一瞬驚いたように瞳を丸くしてから、今度は一変して嬉しそうに笑う。
 ……本当に、ころころと表情を変えるもんだ。
 そいういうところは、器用なんだな。お前。
「もー。嬉しいなら嬉しいって言えばいいのにー!」
「違うだろ」
 ばしばしと腕を叩きながら笑顔を見せられるが、ハッキリ言って違いすぎる。
 どうしてコイツは、こうも簡単にいい方向へと物事を捉えられるんだろうか。
 まぁ、これまでの生活習慣の違いってヤツだろうけどな……きっと。


ひとつ戻る   目次へ  次へ