「ヘタクソ」
 すっかり天気のよくなった空の下で雪道を歩いていくと、やけに不格好な雪の塊が目に入った。
 はっきり言って、どこからどう見ても雪だるまなどには見えない。
 いいとこ、デカい雪の団子ってトコだな。
「……綜は嫌い」
「あ、そ」
「何よ! 嫌いなんだから!」
「しつこい」
「綜なんかより、宗ちゃんのほうが好きだもん!」
「あっそ」
「っ……くぅ……!」
 赤くした目でいくら睨まれたって、気迫なんて微塵もない。
 それに、こいつがこんなふうに喋るのは、大抵何かで泣いたあとだ。
 ……って、別に俺が泣かせたワケじゃないんだが。
「だいたい丸くないだろ。ヘタクソが」
「うるさいっ!」
「せっかく雪があっても、作り手が不器用なんじゃ意味ないな」
 しゃがんだままの優菜を見下ろしながら呟くと、手近にあった雪をばさばさと靴に投げつけた。
「うるさいなぁ、もうっ! 文句言うなら、帰ればいいでしょ! 私、ひとりでもできるもん!」
「…………。あっそ」
「あっ!?」
「じゃーな」
「ちょ、ちょっと! 綜! やだ、まっ……わあ!?」
 かわいくないセリフで家へと向かうと、すぐに背後で音がした。
 べしゃりという、いかにもな音が。
「……いにゃい……」
「ドジだな、お前」
「うー、冷たい……」
 雪まみれになって座りこんでいる優菜の前へしゃがみ、頭についた雪を払ってやる。
 ……つーか、今どき毛糸の帽子はないだろ。
 そんなんだから、ガキだって言われるんだよ。
「ほら。立てって」
「……ありがと」
「相変わらず、トロいんだよお前は。さっさと着替えて来い」
「平気だもん。ていうか、溶けちゃう前に雪だるま作らないと!」
 ……お前は子どもか。
 あ、いや。
 子どもだったな。
 また泣きそうな顔をしてこちらを見上げる優菜に、ため息が漏れた。
「そう簡単に溶けないから、着替えてこい。風邪引いたら遊べないぞ」
「……それは困る」
「じゃあ、とっとと行って来い」
「わかった」
 顎で家を指してやると、渋々ながらもうなずいて足を向けた。
 かと思いきや、慌てたように振り返る。
「ねえ、綜! 帰らないでね? 待っててよ!?」
「お前がさっさと来ればいいだけの話だろ」
「あ、そっか」
 納得するの早すぎだろ。
 優菜へ背を向け、作りかけとおぼしき雪玉に触れる。
 ドアの音が聞こえたから、家には入ったんだろう。
 ……しかし、ヘタクソだな。ホントに。
 門の下に置かれている雪だるまらしき塊を見てからしゃがみ、雪玉を作る。
 今どき、幼稚園児だってもっとうまく作るぞ。
 ぎゅっと握れば、固まる雪。
 これを核にして雪に転がせば、それだけでも形になるのに。
 いったいどうやって作ったんだ、アイツ。
 同じようにふたつ目の雪玉を作ってから、再び転がす。
 だいたい、優菜のはバランスがおかしいんだよ。
 普通は、雪だるまっつったら下が大きくて上は小さいモンだろ?
 なんで、下も上も同じ……いや、むしろ上のほうがデカいか。
 雪が付いて大分大きくなった雪玉を固め、その雪だるまらしき物の横へと置いてから、先に作った雪球を上に乗せる。
 ……ほらな。
 普通は、これだけで十分雪だるまだろ。
「うわあ! すごーい!」
 大きな声がしたと思ったら、やっぱり優菜だった。
 こいつの声はどんなにうるさい場所にいても、聞きわける自信がある。
 キャンキャンと高くてうるさい声だからな。
「綜、やっぱり器用だねー! すごい! 上手!」
「お前が不器用なんだよ。どんなにヘタなヤツだってこんなふうにはならない」
「そんなことないもん! 事実、こんなふうになっちゃったじゃない!」
「だから。それは、お前がセンス皆無だからだろ」
「皆無って何よ。あ、馬鹿にしたでしょ! 今!!」
 これだから、小学生は困る。
 つーか、皆無って言葉くらい知っとけよ。
 まぁ、仏の顔も三度の『仏』を『仏像』とかいうくらいだから、望めそうにないが。
「なんだよ」
 隣にしゃがんで雪だるまを見ていた優菜が、両手を目の前に出してきた。
 手のひらを上にして、ひらひらと振るわけだが……。
 なんだコレは。
「ね。手ぇ、出して」
「は?」
「いいからっ! ほら、早く!」
 眉を寄せたら、ぐいっと両手を取られた。
 今まで部屋にいたからか、自分と違ってやけに熱い手のひら。
 ……つーか、アレか。
 子どもな証拠だな。
「やっぱり。もー、こんなに冷たくなってるじゃん。手袋すればいいのに」
「そんなもんない」
「え!? やだ、編んであげようか?」
「いらない」
「もー、素直じゃないなぁ」
「どこを聞いたらそうなるんだよ」
   相変わらず、ころころと変わる表情がおもしろかった。
 泣いたかと思ったら、すぐに笑って。
 怒っていたかと思ったら、いきなり泣いて。
 俺とは違って、優菜は昔からそうだった。
 よく言えば、感情豊か。
 悪く言えば、子ども。
 ……ま、コイツの場合は後者だろうけど。
「ねぇ、ココア飲む? 綜、好きでしょ? 作ってあげる」
「いらない」
「いーからっ! 3回までは許してあげるって言ったでしょ? あと2回残ってるから、おいでよー」
「だから、いらないって言ってるだろ?」
「いーから! 人の親切は受けるものだって、言ってたよ!」
「誰が」
「お昼の番組やってた人」
 俺を立ち上がらせながらサラっと言ってのけると、優菜は嬉々として玄関へ歩き出した。
 ……誰だよ、昼の人って。
 相変わらず謎だ。
 手を引かれながらため息をつくと、何かを思い出したように優菜が小さく声をあげた。
「綜!」
「なんだよ」
 優菜の家へ向かいながら仕方なく顔を上げると、すぐここで満足そうな顔をした。
 瞳を合わせてすぐ、やたら嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ありがとう」
 何を言うかと思えば、こいつらしい一言で、相変わらずだなと思った。
 ……まぁ、感謝するってのは妥当だな。
 休日初日の午前中潰して、付き合ってやったんだから。
「ねえねえ、また作ろうね」
「明日には雪全部溶けるだろ」
「ええ!? うそ! そんなの困る!」
「嘘」
「もー! 綜!」
 玄関を開けて慌てた優菜の背中を押し、とっとと家へと上がらせる。
 一度暖かい室内に入った以上、またあの場所へ戻るなんて御免だからな。
 何やら不満そうにしばらく言っていた優菜を無視して、馴染みのリビングへと俺が先に入った。

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