「……またダメ……」
いったい、これは何度目のコールになるだろう。
東堂さんを置いてけぼりにしてからというもの、ひたすら綜へ電話をかけながら園内をぐるぐるとあてもなく彷徨っていた。
仕組まれたかのような、すれ違いの日々。
お互いにそんな時間を過ごしながら離れていた間、どうしたって不安になる。
そして、不安が募れば募るほど……疑心暗鬼は続く。
あんな雑誌の記事を見たあとではなおのこと。
どれだけ計算尽くされた計画の上を歩かされているのかはわからないけれど、でも、これほどまで見事に綜との時間だけじゃなくて連絡までをも取れないとなると、本当に不安になる。
……もしかして、計算じゃないんじゃないか。
もしかしたら、綜が自分で私との距離を図っているんじゃないか。
そんなふうに不安ばかりが押し寄せて、潰されてしまいそうになって……それが怖い。
「もう1度」
機械的なメッセージが流れるたびに電話を切り、そして暫くしてまたすぐに履歴から電話をかける。
諦めない。
そんなことしたくない。
ただただ、『綜との繋がり』を求めている気持ちだけが、今の私を動かし続ける。
「っ……あ……!」
これまでとまったく違う、ぷつっというコールが途切れる音。
それで、俯きかけていた顔が上がった。
「も、もしもし!?」
足を止め、両手で大事に大事にスマフォへ手を添える。
――繋がった。
向こうからの音は聞こえないけれど、でも、明らかにさっきまでとは違う。
綜がいる。
間違いなく、彼がそこに。
『なんだ?』
「綜っ……!」
たったひとこと。
それも、とびっきり愛情の『あ』の字もないような言葉。
だけど、それこそが綜を示していて。
低い愛想のない声が全身を粟立たせた。
「……そぉ……」
じわっと涙が浮かび、情けなくも顔が歪む。
ずっとずっと、欲しかった。
声が聞きたかった。
『違う』ってことを教えてほしかったから。
東堂さんがまくしたてたことすべてを話して、スパッと否定してもらいたかったから。
「ねぇ、綜……! 綜は……っ……綜は、私のこと――」
途端に、息が詰まる。
思いだけが先走っていて、身体が付いて行かなかったのもあるだろう。
……でも。
もしかしたら、本当は心のどこかで燻っていた東堂さんの言葉が頭をよぎったからかもしれない。
『本当に愛されているのか?』
あの、心の1番柔らかいところを突き刺すような言葉が。
『用があるなら早くしろ。こっちは声がかかってるんだ』
「…………」
『なんだ。用がないなら切るぞ』
「…………」
『おい。優菜?』
罵られても、せかされても、そして――名前を呼ばれても。
向こうにいるのが間違いなく綜だと思うとたまらず嬉しくて、言葉が出てこなかった。
繋がったことが、こんなにも嬉しいだなんて。
胸がいっぱいって言葉、今の私の状況をそのまま表す言葉だ。
「私のこと、必要だって思ってくれてる?」
微かな唇の動きで、言葉がこぼれた。
「ちょっとだけでも……っほんの少しだけでも、私のこと……なくちゃならないって、思ってくれてる?」
『……は?』
「ねぇ、綜! 私っ……私ね、ずっと不安だったの……! だって、東堂さんに散々吹き込まれるし……それにっ……! それに、あの記事だって、綜はちゃんと話してくれないし……!!」
堰を切ったように出た言葉に対して、綜の返事はなかった。
……ううん。そうじゃない。
私は別に、綜に返事を求めていたんじゃないと思う。
ただ単に、自分がこう思ってたってことと、それに対する自分の想いを、綜に聞いてほしかっただけなんだ。
……ただ、それだけだったんだ。
「ごめん、忙しいのはわかってる。でも、出てくれたことがすごく嬉しい。だから……だから、私……」
時間がないって言われた。でも、どうしても聞いてみたい。
「私のこと……愛してくれてる?」
周りの喧騒は、一切耳へと届くことがなかった。
映像として目に映る光景はあっても、音のない静かな世界しか周りにはない。
……だって、聞えるのは綜の言葉だけ。
欲しいのは、彼の反応だけ。
ほかはいらない。
……だから、きっと自分が排除していたんだろう。
『お前は、俺に何を期待するんだ?』
「え……?」
『俺にうなずいてほしいのか? そうだ、とでも言ってほしいのか?』
「……綜……?」
何を言っているんだろう。
なんで……そんな……。
怒ってる、んだろうか。
それとも、呆れてる……?
どういう感情に基づいて出ているのかわからない言葉の羅列が、耳から全身へと絶えず沁み込んで来る。
『そんなこともわからないのか?』
「……そんな、ことって……?」
『お前は、俺にそんな安っぽい言葉を並べろとでも言うのか?』
「っ……」
小さな。
本当に小さな、ため息が聞えた気がした。
――どんな感情からかはわからない、一瞬の。
『少しは自分で考えろ』
「ッ……!!」
プツン、と何かが切れる音がした。
大事な大事な、繋がりを示すモノが。
……拒絶?
また?
ねぇ、また……綜は私のこと遠ざけるの?
そうやってッ……理由も告げずに、私だけを苦しめるの?
「っ……も……やだ……」
ぱたぱたっと溢れた涙が、頬を伝って幾つも地面へ落ちた。
手の甲で頬にできた幾筋もの跡を拭い、そのまままぶたへと当てる。
……もう嫌だ。
どうして私だけがこんな思いをしなきゃいけないの?
ただ、欲しかったのに。
嘘でもいいから、綜に『愛してる』って言ってほしかったのに。
その場しのぎでも、でたらめでも、なんでもよかった。
…………安心さえできれば、それだけで。
我侭だと思う。
所詮は、自分のことしか考えてないんだから。
でも――なんだか、もう無理なんじゃないかって思えてきた。
これ以上、がんばってがんばって綜のために、って自分を繕ってもその先の『未来』が、望めないような気がしてきた。
「……このまま……自然消滅ってなりうるのかな」
強く握り締めていた携帯が鈍く軋んで、悲鳴をあげたような気がした。
顔を上げた先にあるのは、ぱきっとした青空に浮かぶ真っ白い雲。
この時期には珍しいはっきりとした青と白のコントラストが、やけに恨めしかった。
……なにも、こんなにはっきりしなくてもいいじゃない。
キレイすぎるほど境界線見せてくれなくても、いいじゃない。
曖昧は、ダメなの?
許されないことなの?
――運命は、変えられないの?
空っぽになった身体に風が当たって、方向を見失った心が飛ばされたように感じた。
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