「……ん」
 ズキ。
「うっ!? ……くぅ……!」
 いきなり頭に感じた鋭い痛みで、一度起きたもののもう一度ベッドへつっぷす。
 ……頭痛ぁ……。
 ふと窓を見ると、気持ちいいくらい晴れているにも関わらず白い光がものすごく鮮烈で、とても身体に悪いと感じてしまった。
 ベッドへ横になったまま光を遮るように、枕へ顔を埋める。
 うー……頭痛いよぉ。
 1度感じてしまうと、それが延々続く。
 あー、知ってる知ってる。はいどーも、お久しぶり。
 典型的な2日酔いの症状だ。
 私は吐くよりも、頭痛になる。
「うぅ……何時……?」
 もそもそと手だけを出してベッドの棚を探ると、無機質で冷たいスマフォが指先に触れた。
 手繰り寄せるように掴み、薄く瞳を開けて見る。
 11時。
 明るい時間の11時……ということは。
 ……お昼。
 お昼!?
「ごはん!!」
 がばぁっと身体を起こすと、ものすごい衝撃が頭を襲った。
「っ! ……ぅ」
 両手で頭を押さえ、そのまま再びベッドに倒れこむ。
 死ぬかと思った。
 人間、急に起きたら危ないってことを、身をもって知ったわ。
「……綜、ごはんどうしたんだろ」
 真っ先に浮かんだのは、それ。
 隣にはすでに綜の姿なんてないし、リビングからも物音はない。
 ……あ。
 耳を澄ますと、微かに聞こえてくるヴァイオリンの音。
 どうやら、もうすでに練習に入っているようだ。
 え。ごはんは?
 あの人、ちゃんと食べたのかな。
 昨日出かけるときにご飯は炊いたけど、さすがにひとりで食べきれる量じゃなかったから、まだ十分に残っているとは思う。
 でも、ご飯しかないんだよ?
 いやまあ、カレーはあるけども。
 はたして綜は2日目のカレーを食べてくれる人なのか。
 そもそも、朝ごはんはじゃあ何を食べたの?
「……ん?」
 そういえば私、どうやってベッドに入ったんだろう。
 昨日の夜は彩ちゃんと飲んでいて、『アンタ飲みすぎよー』って言われ……彩ちゃんにここまで送ってもらったのは覚えてる。
 だけど、エントランスからエレベーターに向かうまで……しか、覚えていない。
 え、私、どーやって家まで帰ってきたんだろ。
 今さらながら、そんな疑問が生まれた。
「っ……な!?」
 で、ですよ。奥さん。
 今の自分の格好を見て、さらにさらに驚いた。
 だだだだって!!
 私、ショーツとブラしかつけてないんだもん!!!
「……ひぇ……」
 血の気が一気に引く。
 そして、思い浮かぶのは――。
「えぇーー!!? ッ……くぅ」
 叫んでから、頭に響いた。
 ……ああ、馬鹿だ私。
 でもでも、ちょっと待ってよ。
 ってことは、何?
 その……よ、酔った勢いってヤツで……ひょっとして、綜と……そういう関係に……!?
 ヤバい。
 記念すべき初めての夜なのに、何ひとつとして覚えていることがない。
 ……うわぁ。
 綜に、どんな顔して会えばいいんだろう。
 両手で顔を押さえてあれこれ考えてみるものの、やっぱりいい考えなんて浮かんでこないわけで……。
「……わかんない」
 ていうか、何ひとつとして覚えてません。
 ああもうっ!
 どうか、綜がしばらく練習に没頭しててくれますように。
 こんな状況で顔を合わせた日には、とんでもないことになりそうなので、今はただそれを願うのみ。
「……お借りしまーす」
 きょろきょろしてもそばに服は見当たらなかったので、手近にあった綜のシャツを借り、リビングまで様子を伺いに行くことにした。
「ああもう。どーしよう」
 寝起きに水を1杯……っていっても、タダの水じゃない。
 綜様ご愛飲の、高濃度酸素水。
 ……水のくせに、割と高いのよね。これ。
 でもま、文句は以前に言ったのでもうやめておく。
 だって、そのときに言われたんだもん。
 『俺は、水ひとつでとやかく言われるほど悪い稼ぎをしてない』
 と。
 それも真顔で言われたから、もう何も言わない。
 それにまぁ……飲んでると、健康になれてるような気がするし。
 や、あの、なんとなくだけど。
「あ」
 ペットボトルを冷蔵庫に戻したとき、貼ってあったハガキが目に入った。
「……そうだ。今日、同窓会かぁ」
 そう。
 冷蔵庫に貼っておいたのは、同窓会の案内と大きく書かれた招待状だった。
 今夜あるの、すっかり忘れてた。
 普通は、小学校の同窓会といえば成人式で地元に集まったときなんだろうけど、季節外れの台風の影響で、することができなかったんだよね。
 それもあって、一応、出席に大きく丸をつけて出したんだけど……あのときはまさか、こうして綜と一緒に地元から脱出して住むなんて思ってなかったワケで。
 連日飲みに出かけるっていうのも、どうかな……。
 とは思うけれど、まぁ、綜に言ったときにも別に変な顔されなかったから、よしとしよう。
「……みんな元気かな」
 何人かとは今も会っているけれど、ほとんどの子とは会っていない今。
 どきどきもあるけれど、やっぱり楽しみでつい笑みが浮かぶ。
 みんな、変わってないかな。
 幹事を引き受けてくれた子の名前を見ていたら、つい昔のみんなに顔が目に浮かんで、自然に顔がほころんだ。
「いい身分だな、お前」
「ひぃ!?」
 背後から聞こえた絶対零度の声で、10センチは軽く飛び上がった。
「そ……綜……」
「お前にとっての朝は、この時間なのか?」
 いつも通りの冷たい声と冷たい顔で、ああ今は夢じゃないぞと認識。
 ていうか、いつの間に。
 いつからそこに立っていたのかは知らないけれど、少なくともひとりでニヤけていたのは見られただろう。
「あ……あの……さ」
「なんだ」
 歩いてきた綜は、さっき私が冷蔵庫へしまったばかりのペットボトルを手にすると、まったく動じずに口をつけた。
 いやいやいや、グラスを使いなさいよ!
 ……と、最初見たときに言ってはみたけれど、スルーされたのでもう何も言わない。
「あのさ……私、昨日――」
「あれだけの醜態さらして、覚えてないとか言うんじゃないだろうな」
「う」
 バレてた。
 冷やかな視線で思わず『ごめん』を口にすると、ため息をついた綜はもうひと口水を含んだ。
「お前が考えてるようなことは何もなかったぞ」
「へ?」
「なんだ」
「……いや……あの、えっと……それはつまり、いたしてないとかそういう……?」
「酔い潰れた女に手を出すほど落ちぶれてない」
「あ、はい……すみません」
 平然と言葉を返され、小さく小さく肩をすくめる。
 すみません、そんなことを確認して。
 そしてそして、ちょっぴりどころか……や、だいぶ残念に思って、すみません。
 でもそっか。何もなかったのか。
 んー……と。じゃあなんで服着てなかったんだろ。
 水をしまった綜を見つめていると、どうやら顔に考えが出ていたらしく、鼻で笑われた。
「お前、自分で脱ぎ始めたのも覚えてないだろ」
「は!?」
「二度と限度を超えた酒を飲むな」
 最初は呆れたような顔だったのに、言い切った最後はかなり怖い顔をしていた。
 う、ごめんなさいってば……だらしなくて。
 忠告だけして、さっさと練習部屋へ向かう綜の後ろ姿を見ながら、頼りない記憶を一応たどってはみる。
 綜の前で、突然服を脱ぎ出したわたくしめ。
 酔った勢いにかこつけて、服を脱ぎ、あーだこーだ言い、そんでもって……ベッド行って……。
「……あちゃあ」
 あいたたたたー。
 言うだけ言って寝た自分が容易に想像できるのは、どうしてなんだろう。
 ぺち、と額を軽く叩いて瞳を閉じると、自然にため息が漏れた。
 ……うん。
 人様の前でお酒飲むのも考えものね。
 っていうか、ちゃんとセーブしなくちゃ。
 改めて、酒の怖さっていうのを知った気がする。

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