「えっと……じゃあ、行ってきます」
「ああ」
すみませんね、連日飲み歩きで。
玄関を出たときもそうだったけれど、こうして会場のホテルまで送ってもらったこともあり、さらに申し訳なさが立つ。
だって、綜ってば1日に8時間以上練習することもあるんだよ?
それもあって、かなり時間にはシビアだと思う。
にもかかわらず、彼は実家へ寄る用があるとは言いながらも、現地まで送ってくれた。
だからこそ、ただただ感謝の気持ちしか浮かばない。
……まあ、何回か『ありがとう』と言ったんだけど、綜は『別にお前のためだけじゃない』と最後まで素直に受け入れなかったけどね。
「あ、帰りは自分で帰るからいいよ」
「お前、飲むんじゃないのか?」
「そりゃまぁ……多少は飲むと思うけど……」
「電話しろ」
「え? でも……」
「帰りの電車で醜態さらす気か? 公衆の面前だぞ」
「う。それは困る」
ため息混じりに予言され、昨日の覚えていない自分のこともあって、素直に甘えさせてもらうことにしようと決めた。
綜が迎えに来てくれるって言うなら、ぜひともそれはお願いしたいわよ。
だって、素直に嬉しいもん。
「あ、気をつけてね」
「それはこっちのセリフだ」
「……気をつけるもん」
「どーだか」
「何よお」
「ま、せいぜい楽しんでこい」
「なーーありがとう」
何を言われるかと思いきや、予想外のセリフで思わず文句を言いかけた口を閉じる。
てへへ。
綜にしては珍しく、いいこと言ってくれるじゃない。
思わず笑ってうなずくと、彼も小さく笑ったように見えた。
「じゃあな」
「うんっ!」
ぐるりとロータリーを回った白い車を見送り、手を振ってから会場へと足を向ける。
なんか、いいなぁ。こんなふうにお出かけするのって。
見送られるのって、そういえば両親以外にされたことないなーと思いながらエントランスへ入ると、日常とは違う雰囲気にちょっとだけ高揚感があった。
「久しぶりー!」
「え? ああ、お隣さんね」
エレベーターを降りて会場に向かう廊下の途中で声が聞こえ、ちょっとだけびっくりした。
どうやらこのフロアではほかの会も開かれているらしく、ドレスを着た人が何人も歩いている。
久しぶり、本当だよね。すごく久しぶり。
会えるのは嬉しい。
でも、半分ちょっと怖い。
みんな、私のこと覚えてくれてるのかな……。
見覚えのある小学校名の書かれている看板の部屋をのぞいてみると、そこにはすでに結構な人数がいた。
……ふーむ。
あの男の人はわかんないけど、あっちは見覚えあるぞ。
でも私が見たいのは、女の子のほうなんだよね。
ぱっと見た感じ顔がわかる人がおらず、かといって後ろ姿じゃ判別できない。
んー……でも、ひとりで向こうに行くの勇気いるなぁ。
――ぽん。
「っわぁ!?」
「わっ!?」
いきなり肩を叩かれて大声をあげると、叩いたらしい本人も声をあげた。
「……あ……」
「あー! やっぱり。久しぶりー」
「え……。え! もしかして、りっちゃん?」
「ん。久しぶりだねー、優菜!」
「うわぁー! 久しぶりーー!!」
「わぁっ!?」
見知った顔と出会えたことも嬉しかったけれど、彼女と再会できたことが嬉しくて、思わず抱きついていた。
彼女は、杉山律花。
りっちゃんは、小学校のときに転入してきて以来、中学までは一緒に通った仲だ。
高校からちょっと離れちゃって久しかったけれど、それまでは1番の友人だった。
相変わらずきれいな長い髪で、思わず触りたくなる。
彼女、結構強烈だったんだよー?
だって、転入してきたばかりのときに面と向かって言われたんだもん。
『汚い手で髪に触らないでくれる?』って。
もぉー、あのときはびっくりしたんだから。
でも、話してみるとかなりいい子で、転校生だからって負けたくなかったんだって。
あはは、りっちゃんらしい。
「南小学校のみなさーん。そろそろ、中に入ってくださいねー」
「あ、じゃあ行こっか」
「うんっ」
りっちゃんに促され、ともに会場内へ。
声をあげていたのは、6年のときに学級委員だった男の子。
相変わらず、ごっつい眼鏡してるなぁ。
「うわぁ」
「すごー」
会場に入るや否や、みんながどよめいたのもわかる。
だって、だって!
「すごいご馳走!」
安い会費の割に、しっかりした料理や飲み物が並んでたんだもん!
てっきり、もっとチャチなもんだと思ってたから……。
「すごいっ! 幹事、よくやった!」
「あはは、優菜ってばぁー」
思わず手を叩くと、りっちゃんだけじゃなくてみんなが笑った。
ああなんだ、みんな知ってる顔だ。
さっきまでとはうってかわって、真正面から見るとみんなちゃーんと面影があって、どれもこれもが知った顔。
それが、すごく嬉しい。
昔の友達に会うって、いいよね。
こう思えるのも、私が当時思い出を作ってこれたからだろう。
仲間と笑い合えた昔があるから……こうしてまた綜に出会えたのかもしれない。
ふと、思い浮かんだしあわせを噛み締めると、自然に笑みが漏れた。
「いよぉーし。いっぱい食べるぞー!」
「おー!」
りっちゃんに笑顔を見せて小さくガッツポーズを作った瞬間――。
「あー、こらこらこらー!」
「え?」
いきなり、制された声でそちらを見ると、両手を腰に当てたスーツ姿の恰幅いいおじさんが……。
「「先生!?」」
りっちゃんとふたり、思わず声を上げて駆け寄っていた。
だって、だって!
そこにいたのは昔と変わらない……いや、ちょっとだけお年を経たかな。
でも当時は、どの先生よりも若くて、カッコよくて、人気があった人。
子どものことを1番に考えてくれて、本当にいい先生だった。
当時の彼がやっていたように両手を口元に当ててみんなを制するのが懐かしくってか、周りの子たちも声を上げて集まってきた。
「えー、ごほん」
わざとらしく咳払いされ、くすくす笑い声があがりながらも静かになる。
それを見てから、先生がおもむろに口を開いた。
「では――いただきます!」
何を言われるのかと思ったら、まさかの発言に思わず給食を思い出した。
「もぉー、先生ー!」
「相変わらずだよー」
「先生、かっちょいーー」
どっと沸きあがる、笑い声。
そこには、背丈こそ変わったものの、中身は昔とほとんど変わらない光景があった。
ああ、何も変わっていないんだ。
ただただ、私が勝手にひとり不安になっていただけ。
「いよっし、じゃあ食べに行きますか?」
「もちろーん!」
りっちゃんに大きくうなずき、遅れまいとばかりにお皿が並んでいるところまで自然と急ぎ足になった。
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