「あー、やばい……幸せおいしい……」
「だねぇー。おいしいこれー」
「あはは。りっちゃんてば、量取りすぎ」
「えー、優菜だってそうじゃんー」
「あはは」
立食パーティ形式とあって、料理が置かれているところ以外には小さなスタンドテーブルしか置かれていない。
人が多いのか場が狭いのかはわからないけれど、人と人との間が狭くて、教室みたいだと思った。
「ふたりともーっ」
「ん?」
あれこれ料理の感想を言いながら食べていると、少し後ろから声がかかった。
「あぁー! 久しぶりぃー」
「元気だったー?」
「もちろんっ!」
こうして先ほどから続いている、やり取り。
懐かしいよねーっていう始まりから、今何やってるのー? ってところまで。
みんな大人の顔してるけど、やっぱり面影っていうのは何年経っても変わらない。
それが、やっぱり嬉しいし楽しかった。
「ねぇ、知ってるー? 京香って一昨年結婚したらしいよ?」
「マジでー!? ウソー、知らなかった!」
「でしょでしょ? 私もさー、びっくりしたんだけど。なんか、高校のときにできちゃったらしくて」
「えぇえー!?」
たまーに、こんなびっくり話も飛び出てくるから、びっくりながらもおもしろいのよ。
……まぁ、大抵こういう話のネタにされている人間は、出席していなかったりするから、事実はわからずじまいなんだけど。
「そういえば、りっちゃんは今何してるの?」
「ん? 私は、普通に大学生だよ」
「あ、そっか」
そうでした。
私は短大だったけど、大学の子はまだ学生だもんね。
「なんかいいなぁー。学生って」
「ん? そうかな?」
「そうだよー。やっぱ、社会に出ると厳しいですもの」
「ありゃ。優菜ってば、随分大変そうな口ぶりじゃない。どしたの?」
う。
……いや、別にそういう訳じゃなかったんだけど。
んー。
「まぁ、いろいろ?」
「おぉー? なんだなんだぁ? 何? 何かあったの?」
「……やっぱり食いつくのね」
「そりゃあ気になるじゃん」
そんな楽しそうな顔をされちゃうと、こっちも笑っちゃう。
もー、みんな好きだなぁ。人の話聞くの。
「最近、彼氏と同棲し始めてさ。なんかこー、誰かと一緒に住むって結構大変なんだなーと思って」
「えー! いいなぁー! ねえねえ、彼氏どんな人? カッコイイ?」
「んー……どうなんだろ。私にはすっごいカッコよく見えたこともあったんだけど……」
「ええ!? やだまじ見たい! ねぇ、写真とかないの?」
「……ない」
「もぉー! そこまでノロけられると、すっごい見たいのにー!」
肘でつつかれても、ごめん、ないものはないのよ。
そりゃまあ、今のご時世検索すれば画像も動画もほいほい出てきちゃう恐ろしい時代だけどさ。
でも、それとこれとは違うわけで。
だって、普段一緒にいるときの綜は、ネットで見かける人の良い好青年な笑顔を浮かべることなんて皆無だもん。
でも、彼女に言われて気付いたんだよね。
そういえば、綜の写真って持ってないなーって。
この前の演奏ではものすごい量を撮ったけど、私自身は見ただけで印刷して手元に……なんてことはしてない。
綜が持ってるのかな? お父さんがあげてたみたいだけど。
「んー……まぁ、また今度ね」
「もー、絶対だよ!」
いたずらっぽい笑みで脇をつつかれ、つい苦笑が漏れた。
「久しぶり」
「ん?」
イイ男だと感じてしまうような低めの声で振り返ると、そこには柔らかい笑みを浮かべた好青年がひとり。
……はて。
誰だろう。
ぱっと思いつかないのは、ひょっとして結構失礼なんじゃない? 私ってば。
「あー。ひょっとして、杉浦君?」
「お。さすがだな、杉山」
「……杉浦君って……大地君?」
「俺以外に誰かいるのかよ。佐伯ぃ」
「あはは、ごめんごめん。うわぁ、久しぶりだねー! 元気だったー?」
「もちろん」
懐かしい人が、また現れた。
屈託なく笑う顔は、ああ、昔と変わってないや。
小学校のころ、彼と噂になったことがあるんだ。実は。
といっても、杉浦君が私を好きらしいっていう、噂程度なんだけどね。
でもそれが気まずくて、中学に行ってからもあまり親しくしてなかったりしてた。
一緒にいると必ず『仲いいよな、お前ら』ってからかわれるのが嫌で、避けてしまってたんだと思う。
当時私は綜のことが好きだったし、きっと彼は彼でほかに好きな子がいたんだと思う。
「久しぶりだねー。元気だった?」
「おー。佐伯は?」
「おかげさまで、ちょー元気」
ああそうか。
こんな笑顔を見た覚えがそんなになかったから、顔を見たときにぱっと思い浮かばなかったんだ。
当時を考えると、こうしてお互いに笑いながら話せるのって、すごいことだよね。
そう考えると、やっぱり時間の力って偉大だと思う。
……まぁ、そんな時間の力を持ってしても私が綜にこっぴどくフラれた傷は、微妙に癒えなかったんだけど。
「杉浦君、今何してるの?」
「ん? 俺は大学生。立派に就職活動中ってヤツ」
「あ、やっぱり? 私もなんだー」
律花と楽しそうに話す姿は、確かに大学生って感じがした。
人当たりよさそうだし、モテるんだろうなぁ。
……なんて考えていたら、まじまじと見すぎていたのか、ばっちり目が合う。
「ん?」
「いやー、杉浦君モテるんじゃないかなーと思って」
つい思ったことを口に出すと、驚いたように瞳を丸くされた。
あ、ヤバ。
ひょっとして、私ヘンなこと言った?
「ご、ごめっ。あの、そういう意味じゃなくて――」
「あはは、いいよ別に。でも、佐伯が思ってるほどモテないと思うけどなぁ」
「えー、そお?」
「そーだって。現に今だって、彼女いないし」
「へぇー、そうなんだぁ」
苦笑を浮かべた彼に意外そうな声を漏らしたのは、りっちゃん。
……あらら?
その顔ちょっぴり期待してるように見えるのは、私だけ?
目の前で話し続けているふたりを見たまま、こっそり1歩下がって見るとなおさら雰囲気のよさがわかった。
話も弾んでるみたいだし、ひょっとすると……ひょっとしちゃう?
などと、ドラマなんかでよくあるパターンが頭に浮かび、つい笑みが漏れた。
「なんだよ、佐伯ー。さっきからニヤニヤしちゃって」
「え!? ううん。別にー」
「なーに? 杉浦君に見とれてるんじゃないでしょーねぇ。だめよー? 優菜彼氏いるんでしょ?」
「あはは。違うってばー」
いたずらっぽい律花の笑みに苦笑を浮かべてうなずくと、再び杉浦君が瞳を丸くした。
「佐伯、彼氏いんの?」
「え? うん。一応」
「あー……そっか」
ん?
何? 今の雰囲気は。
「あれあれぇ? なにー? ひょっとして、杉浦君も優菜に気があったー?」
くすくすと笑ったりっちゃんが冗談っぽく肘でつつく真似をすると、困ったような顔をした杉浦君が小さく笑った。
「んー……まぁ、そんなとこかな」
「え!?」
「やっぱりー! ダメだよー? 優菜ってば、一緒に住んでる彼氏持ちなんだから」
「そっか、残念」
え……ちょ、ちょっと待って。
なに今の!
ていうか、ええと……あの……ものすごく照れるんですけど、この状況。
面と向かってそんなふうに口説かれてるとは思わなかったので、頬が熱くなった。
「何よ、優菜。照れちゃってる? もしかして」
「ち、違っ……!」
「大丈夫だって。彼氏には黙っておいてあげるから」
「だから、違うってば! お酒っ、お酒のせいなの!」
相変わらず、何かとつっこまれるタチなのは変わってないらしく、慌てて手を振って手にしたままのシャンパングラスをあおる。
……うー。
なんか、目を見れないぞ。
まるで小学生に戻ったような気分だ。
何をどう話せばいいのかさっぱりわからず、結局グラスを数杯空けてしまったことに気づいたのは、りっちゃんに指摘されてからだった。
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