「あ、ん……っ!」
首筋を通って、鎖骨から、胸へ。
そのラインを舌でなぞられ、堪らず大きな声が漏れた。
「デカい声を出すな」
「だ、っ……ん! ぁ、や……っ……」
「聞こえてもいいのか? 隣の連中に」
「……困るけっど……! っふぁ」
どうして、この人はこんなに器用なんだろう。
っていうか、男の人ってみんなこうなワケ?
私は、綜しか……っていうか、今、こうされている状況でしか知らないから、もちろんほかの人は知らない。
綜のことだって、今日初めて知った。
だけど、ね?
なんか、ものすごく困る。
……私は、どうしてればいいの?
よくある、ドラマとかでのいわゆる『濡れ場』。
ああいうことが自分の身に起きるなんて考えてなかったから、ものすごく、ものすごーく困るんですけれど。
……どういう反応していいのか、わからない。
「っ……ぁっ……! う、んっ……」
するり、と撫でるように彼の手がお腹から腰へと進む。
「ん……ぁ……!?」
かと思ったら、いきなり太腿を撫でられた。
何度も往復するようにされ、思わずぞくぞくっと背中が粟立つ。
……何? この手。
ヴァイオリン弾いてるときもそうだけど、なんか、本当に魔法の手みたいだ。
おかしくなりそう。
瞳を閉じたら負けだと言われて素直に閉じれない私は、すごく正直者だなぁと思う。
でも、だからこそ彼の姿もすべてこの目で見れているわけで。
……だからって、喜べることばかりじゃないけど。
ふ、と視線が合うたび、ついつい逸らしてしまう。
だって、ものすごく恥ずかしいんだもん。
こんな状況でまっすぐ目を見れるほうが、おか――っ!?
「ッ……な……!」
「ちゃんと目を見てろ」
「み……れない!」
「それじゃ、お前の負けだな」
「だから、違うってば!」
「逸らさなければいいだけだろ?」
「うー……わかったわよ!!」
ぐいっと顎を掴んで無理やり目を合わされ、眉が寄った。
っていうか、何? このやたら色っぽい顔は。
綜クセに、生意気よ!
「あ、ぁっ……! ん……っ!?」
下着の上から秘所を撫でられ、途端に大きく声が漏れた。
それだけでも私をパニックに陥れるには十分なのに、さらに下着をずらして直接触れられたから、さぁ大変。
っていうか、激しくありえない。
だだだ、だって、そ、そこだよ!?
大事なところ!!
そこを他人に――しかも、綜に触られるなんて思いもしなかった。
それに、私まだ、今日がいわゆるハジメテっていう日なワケで!!
「っきゃ……!」
体勢を変えられて、するりと下着を脱がされる。
な……なんでこんなに慣れてるわけ!?
それが、ものすごく腹立たしい。
っていうか、無表情って何よ、無表情って!!
まるで、私のこと単なる遊びとしてしか見てないみたいじゃない!
「なんだ」
「な……にじゃないっ……! 私のこと、どう思ってるの?」
「どうって?」
「だから! これじゃまるで、遊ばれてるみたい!」
ぎゅっと足を閉じてスカートを押さえると、ようやく彼が目を合わせた。
っていうか、まぁ、この状況で目を合わせるのは恥死しそうなんだけど、この場合は仕方ない。
だって、やっぱり彼の口からいろいろ聞きたいもの。
「普通」
「ふ……普通!?」
真顔で言うなり、再び押し倒されそうになった。
危うく踏みとどまってから、しっかりと両手で彼の身体を押さえる。
……お……重っ!
でもでも、こんな場所で負けるわけにはいかない。
なんてったって、今日が私の――。
「うぁっ……!」
くりんっと体勢を変えられたかと思いきや、いきなり指で秘部を撫でられた。
たまらず、声だけでなく態度でも示す。
ヤダ。
こんな状況で、そんな……。
「っ……ふ……ぁん、や……!」
頭では、嫌だと思っているのに。
身体が、言うことを聞いてくれない。
綜に触られるたびに、妙な感じが身体を支配していく。
そこから熱くなって、頭がぼうっとする。
ちょっと触られただけでも、おかしくなったんじゃないかっていうくらい変な、感じ。
これが、気持ちいいってこと?
ゆっくりと秘所を撫でながら、そっと……中に彼の指が這入ってきた。
「っあ……ぁ……ん!」
さすがに、力の入らなかった身体が強張る。
「は、ぁ……あ、んっ……んんっ……」
だけどしばらく経ってから、やけに耳につく音に気付いた。
……濡れてるみたいな、そんな音。
それはすごくやらしくて、すごく…………って、これ、もしかして私!?
中に感じる、彼の指。
その動きとともに響いているから……多分間違いないだろう。
自分の身体が、こんなふうになってしまうなんて思いもしなかった。
……それが、少し怖い。
ぎゅうっと両手で彼の肩を掴んで身体を丸めると、耳元で彼の声が聞こえた。
「時間ないんだ。……少し我慢しろ」
「え……? 何が――っ……! ん、んんっ……!?」
少し掠れた声でそう言ったかと思うと、体勢を器用に変えてから彼が覆いかぶさってきた。
「あ、あっ……!! ん、い……っ……!」
ひどく重い、鈍い痛み。
そんなものが身体から脳髄へとダイレクトに来た。
こ、れは……ひょっとして、ひょっと……する?
「……ぁっ……んっく……!」
「は……っ」
ぎゅうっと目を閉じていたのに気付き、そっと開いてみる。
すると、すぐ目の前に彼の顔があった。
目を閉じて、薄っすらと唇を開いている綜の顔が。
「っ……あ」
たったそれだけの、表情。
だけど、私は見たこともないものだった。
男の人にも、こういう場合は遣っていいだろう。
すごく色っぽくて、艶めいている……って。
「……っ……も少し……力抜けって」
「そ……んなこと言われても、困るっ……!」
はぁ、と大きく息をついてから綜が目を合わせ、小さく囁くように言った。
……うー。
ヤバいです。
だって、ものすごく……えっちぃんだもん。
っていうか、だって、ここって学校だよ?
しかも、昼休みで、隣にはたくさんの生徒がいるのに!
「っ……あんっ……!」
「……ッ馬鹿」
「誰が、ばっ……ぁあっ、ん、んっ……ふぁ!」
ぐいっと突き上げられ、思わず高い声が漏れた。
だって、急に動くんだもん!
っていうか、私のせい!?
荒く息をついて彼を見ると、1度瞳を閉じてから再び視線を合わせた。
「……いいか?」
「え……? な、にが?」
そう返すのは、きっと私だけじゃないはずだ。
それなのに、彼はものすごく怪訝そうな顔を見せた。
「動くぞ」
「うご……? ッ……!!?」
一瞬、何を言ったかわからなかった。
だけど、それは本当に一瞬で、すぐになんのことだか文字通り身をもって知ることになったんだけど。
「あ、あっ……ん! っく……ぅあ……ぁ」
ゆるゆると動かれ、同時に身体がしびれた。
動く、ってこういうことだったのね。
鈍い痛みだけだった先ほどまでの感覚が徐々に薄れ、代わりになんともいえない感覚が全身に広がった。
お互いの呼吸が聞こえる距離。
そして、耳に届く濡れた音。
それが、さらに私を追い詰めていく。
「んんっ……ぅ、あ、やっ……!」
ぞくぞくとした感じが、下腹部から全身に広がる。
ヤバい。
何? これ。
すごく……気持ちいい。
「っ……!?」
「……っは……」
ぐいっと両足を抱えられたかと思いきや、感じが一変した。
身体の奥深くまで彼を感じ、思わず目を閉じる。
「っん、んっ……あぁっ……や……!」
ぞくりとする感覚が、さらに強くなる。
と同時に、律動が早まった。
「は、ぁ、あんっ……! ん、やっ……綜っ……そ、ぉっ……!!」
ぎゅうっと背中に腕を回し、彼にしがみつく。
ギシギシとソファがきしみ、その音で一層快感が増す。
……おかしくなりそう。
よく働かない頭でそんなことを考えたとき、彼へと回した腕にも力がこもった。
「はぁ、あっ……もっ……なんか……ッ……ヘン……っ!!」
漏れるように呟いた言葉。
だけど、それを最後まで言い切ることはできなかった。
なぜならば、その前に彼が唇を塞いだからだ。
「ッん、っ……ん……ふぁ」
「……っは……ぁ。っく……」
ちゅ、と音を立てて唇が解放されると同時に、彼へと精一杯しがみつく。
おかしくなる。
自分が、絶対に。
そんな妙な予感から取ったその行動は、すぐに正しいことだったんだと実感した。
……身体が、だるい。
言いようのない倦怠感に襲われ、眠くて眠くて仕方がなかった。
「ちょっと、優菜ー。大丈夫?」
「うー……? ……うー……」
「う、しか言ってないじゃないのよ。っていうか、どこ行ってたの? 昼休み。あれっきり見えなくて、心配したんだよ?」
「……んー……ごめん」
「もー。ねぇ、ホントに大丈夫なの?」
「……だいじょぶ」
机に突っ伏したまま薄く笑うと、眉を寄せて彼女に心配されてしまった。
……思いっきり、大丈夫じゃない。
すんごい、だるい。
ものすごく帰りたい。
今現在、例のヴァイオリンのテストが別室で行われている。
無論、綜はそこにいるんだけど。
……つい先ほど、いわゆる初体験をしてしまいまして。
だけど、私のそんなものすごく貴重なそれは、あっさりと彼によって経験済みへと変わったわけだけど。
……こんなに体力のいるものだなんて思わなかった。
早く帰ろう。
「次、優菜だってよー」
「……うー? あ、うん」
遠くから名前を呼ばれて、立ち上がり――……くはぁ、だるい。
おぼつかない足取りでヴァイオリンを抱え、弓を引きずるように手ごとぶら下げて準備室へと向かう。
ドアをノックするだけの気力も無く、薄く開いていたそこに手を入れて身体を滑り込ませる。
すると、椅子に足を組んで座りながらバインダーを手にしている綜と目があった。
「始めろ」
「……ちょっと待ってよ。私、今すんごくそんな状況じゃなくて……」
「若いのに体力ないな、お前。ほら、いいから始めろ」
「……うー」
なんなの? この人。
いたわるっていう言葉を知らないのかしら。
第一、あれだけ人にキスとかしてくれたクセに、今はそんな雰囲気皆無。
本当に、私のことどう思ってるのか聞いてみたいわ。
「……よいしょ」
大きく息をついてヴァイオリンを構え、弓を載せる。
――と、鋭い綜の視線とぶつかった。
ぎぎぃ
「どヘタクソ」
どキッパリと言われ、思わずヘコむ。
何もそんなふうに言わなくてもいいじゃない。
っていうか、だって、だって!
あんなふうに見られたら、ついつい思い出しちゃうのよ。
……さっきまでの、いろいろなことが。
「っ……無理だってば……。っていうか、絶対おかしいって。こんな……こんな気持ちで、弾けないもん」
「じゃ、0点な」
「えぇ!? そんな! せめて、10点にして!!」
「……大差ないだろ」
「う」
慌てて付け加えたら、ため息混じりに返された。
それもそうだわ。
……うー。
でも、ホントに無理。
だいたい、どうして綜は平気なの?
私はこんなにいっぱいいっぱいだって言うのに。
「それじゃあ、今晩まで待ってやる。家に帰ったら、部屋に来い」
「……綜のトコに?」
「ああ。そのとき完璧に弾けたら、ちゃんとした点をつけてやってもいいぞ」
「ホント!?」
「しつこい」
「やった! 私、がんばる!!」
「せいぜい努力するんだな」
ぱっと顔を明るくして彼を見てから、ぺこっと軽く頭を下げてドアへと向かう。
ああ、なんだか足取り軽くなったみたいだわ。
……さすがに、身体は疲れたままだけど。
でも、たまには綜も優しいところあるじゃない。
そんなふうに言ってくれるなんて――って、ちょっと待って。
「……ねぇ。また……綜のトコ行くの?」
「なんだ? 急に」
「……そ、それって……。また、あの……えっちするってこと?」
ドアノブを掴んだまま呟いたら、一瞬固まってから眉を寄せた。
……こ、こわっ!
「じ、冗談よ冗談! 別に、私はそんなこと――」
「お前の頭の中は、それしかないんだな」
「ちがっ!? そんなんじゃないってば!」
「いいから次を呼べ」
「……わ、わかったけど……。でも、絶対違うからね! 私は!!」
「しつこい」
ドアを閉める直前に顔を覗かせて付け加えるも、彼は見向きもせず取り合ってくれなかった。
……ま、まぁいいや。
うー。
……でも、ついにとうとう私も経験ってヤツをしてしまった。
これからの私の人生、やっぱり変わるのかしら。
――と、漏れた笑みのままで考えたのも束の間。
私の相手があの綜だということに気付くと、改めてなぜかヘコんだ。
そうよね。
だって、たとえ私が変わったところで、彼が変わるはずはないんだ。
私の学校生活、どうやらまだまだ前途多難、波乱万丈盛りたくさんのようだ。
……とほほ。
でもまぁ……ひとつだけ。
これを苦と取るか楽と取るかは……やっぱり私の心持次第なんだろうけれど。
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