「っひあ!?」
 思ってもなかったことが、突然自身に起きた。
「なっ……ななっ……な!?」
「……デカい声を出すな」
「だっ……だって! ちょっと! ちょっと、綜!!」
 ばっくんばっくんと、ものすごい鼓動の私とは正反対。
 綜は、まるで『迷惑なヤツ』とでも言わんばかりの表情で、小さくため息までついた。
 ちょ……ちょっとぉお!!
 何よそれ! っていうか、そんなの知らない!!
「聞いてない!」
 当然のように抗議。
 でも、当然のように彼は表情を崩さなかった。
「何がだ」
「なっ……何が、じゃないわよ! ちょっ……ええ!? な、ななっ……なんで綜まで手を出すの!?」
 ようは、そこ。
 これまでは、私が一方的に綜へ触れていたにもかかわらず、いきなり、胸元に感触を感じて慌てるどころの騒ぎじゃない。
 だけど、慌てた私とは反対に、綜はまるで気にしてない様子。
 それこそ、さも当たり前みたいな顔と声で、ちょっと悔しい。
「なんで、だと?」
「そうよっ! なんでそんな、急にっ……!」

「俺はただ、同じことをしたまでだ」

「……へ」
「人にしてることが本当に気持ちいいのかなんて、自分じゃわからないだろう?」
「なっ……!」
「俺にする前に、自分でまず確かめることだな」
「な……ななっ……な……!!」
 さらり、けろり。
 あくまでも、そんな態度を崩さず言われ、ぷるぷると両手が震えた。
 んなっ……な……!

 何様なのアンタはーーー!!!

 両手で作った拳を突き上げ、声を大に叫びたい。
 っていうか、その前に!
 なんで私がこんなふうにさ――。
「っうゃぁ!?」
 途端、視界がひっくり返った。
「なっ……え…!?」
 これまで見えていた部屋の壁が見えなくなって、代わりに白い天井が視界に広がる。
 と、もうひとつ。
 すぐそこに綜の顔。
「あ……れ?」
 ようやく、どうやら反対に押し倒されたんだということに今気が付いた。
「な……え? 何……ッ……ん!」
 綜の顔が見えなくなったと思った次の瞬間、胸元に、さっきと同じ感触があった。
 いったい、いつの間にボタンを外されたんだろう。
 そう思うくらい、まったく身に覚えがない。
「な……っ……な……ふぁ、あっ……!」
 別に、肩を押さえられてるわけでもなければ、のしかかられてるわけでもない。
 それなのにどうして、こうも身体を動かせないの?
「ぁ……ん、んっ……」
 ゆるゆると、というよりももっと早く。
 だけど、柔らかくまるで何かを確かめるかのように動く指先が、ひどくヤラしく思える。
「ひぁっ……ん!」
 なんで、あんな場面見ちゃったんだろう。
 胸元へ唇を寄せる瞬間を見てしまい、身体の奥が震えた。
 直に目にしたら、一層刺激されるってわかってるのに。
「は……ぅあ……ん、っ……ん!」
 ぺろり、と舌が胸を這い、包むように先端を含む。
 途端、息が詰まるほどの快感で何も言葉が出なかった。
「ひゃ……ぅあっ……あ、あっ……や……はぁ……ん」
 自分でも、ビックリするくらい身体から力が抜けた。
 腕も足も腰も。
 何もかもが重たくて、まるで自分の力じゃ動かせなくなっちゃったみたいだ。
 だるいとか、そういうことじゃない。
 だけど、重たくてどうにもならなくて。
 意思が通ってない、みたいな。
 そんな感じのまま、綜に伸ばした腕がソファにだらりと落ちる。
「っく……ふ……ぁ」
 片方を手のひらで、もう一方は舌で。
 それぞれが愛撫を受けて、頭がくらくらする。
 ……ど……しよ。
 なんか、すごい気持ちいい。
 さっきまでは『綜に気持ちいいって言わせてやる』って思ってたのに、今はもうあの言葉なんてまるでどこかへ飛んで行ってしまったみたいだ。
 ソノ気にさせてみろって意味だったはずなんだけど……でも、なんかとっくに綜もソノ気になってくれてたみたいだっていうか、なんていうか……。
「は、ぁんっ……!」
 もうとにかく、気持ちよくて自分じゃどうにもならないほど、身体がおかしくなっているのだけはわかった。
「っ……あ!」
 ひんやりした空気を感じたのは、一瞬。
 次の瞬間には、少し熱いくらいに感じる大きな手のひらが、太腿を撫でた。
「つ……ぅんっ……!」
 ちゅぷ、という淫らな濡れた音が聞こえる。
 でも、それ以上に悦を感じるのは当然、我が身。
「は……ふぁ、あっ……あ……ソコ……やっ」
 長い指が胎内を巡り、快感のツボというツボをすべて的確に押しているみたいな。
 瞳を閉じていると、そんな錯覚に陥りそうになる。
 ……もちろん、錯覚なんかじゃないかもしれないけれど。
「…………なんだ」
「ふぇ……?」
「結局、お前がされたかっただけじゃないのか?」
「っな……! っは……ぁん」
 少し皮肉っぽい顔をされて眉を寄せると、途端に違う場所を指が撫でた。
 どうして、こうも自在に動くんだろう。
 ……腹立つ。
 しかも、ものすごく気持ちよくて、自分じゃ……も、もっと……なんて求めてるからこそ、余計に腹が立つ。
 ……うー。
 なんか、なんなのよこの余裕綽々の顔は。
 できればもっと……っていうか、いっそのこと立場を入れ替えてしまいたい気分だわ。
「……え?」
 なんて思いながら、身体を起こそうとした途端。
 いきなり、これまでひたすら責め続けていた彼の指が、すっとナカから消えた。
「へ……?」
「以上」
「……な……なっ!? なんで!?」
 ぺろり、と長い指を舐めた綜と目が合った。
 ……う。やらし……。
 …………。
 ……って、そうじゃなくて!
「なんで!? えっ……ちょ……! なんでっ!?」
 がしっと彼のシャツを掴み、目を合わせる。
 そのとき、肌蹴たシャツの隙間から肌が見えて、一瞬情けなくもどきっとした。
「当然だろうが」
「どう当然なのよ!」

「俺をソノ気にさせることすら、できないくせに」

 ……ぴく。
「そんなに欲しいなら、自分で取りに来い」
 ぴくぴくっ。
 こめかみが、何度かひきつった。
 それと同時に、口角も。
 ……何よそれ。
 何よ何よ何よ何よ何よそれは……!!
「ッああもうっ!!」
「……っ……!」
 怒りと悔しさとで、一瞬我を忘れた。
 気付くと、手近にあったクッションを放り投げ、代わりに目の前の彼を引っ掴む。
 そのとき一瞬瞳を丸くした綜の顔が見えたような気がしたけれど、この際、気にしてる余裕があるはずもない。
「そこまで言うならいいわよ!」
「ちょっ……待て!」
「いーえ! 待ちません!!」
 てぇい、というかけ声よろしく。
 自分のどこにそんな力と勢いがあったのか知らないけれど、今度はさっきと反対に、綜をソファへ倒していた。
「いいわよ。わかったわよ」
「何……?」
「そこまで言うなら。自分で貰う」
 半分、ヤケになってたのかもしれない。
 いつもだったらそんなこと絶対にしないし、まず、考えたりもしないのに。
 ……それとも、よっぽど頭にきてたのかな。
 綜に途中でやめられたことと、彼のその偉そうな言い草とで。
「っ……な……」
「大人しく!!」
 のしかかるように、彼の両足をまたぐ格好。
 ……あら。これって意外といろいろやりやすいのね。
 なんて、我を半分忘れつつも、そんなことを考える余裕はあったらしい。
「っ……ちょ……待て!」
「いーや」
 シャツを肌蹴させ、ズボンに手を伸ばす。
 そのとき、珍しく綜が慌てるように私の手を払ったけれど、そんな力じゃ止められるはずがないのだ。
「っ……!」
 ホックを外し、ジッパーを下ろす。
 それから彼の両肩を掴むと、自然に顔を彼のすぐ目の前まで寄せていた。

「したいの」

 恥じらいとか、そんなのはもうなかったと思う。
 あるのは、懇願とか……そんなモノだけ。
 瞳を丸くした彼が、小さく喉を動かしたのがわかった。
 ……でも、これが本音。
 だって、あんな中途半端なことされて、それで『欲しければ自分で取りに来い』よ?
 ありえないじゃない。
 だもん、自分からしたまでよ。
 行動に出て、彼が逃げられないような所まで追い詰めてやることを。
「……は」
「っ……何よ」
 しばらく見詰め合っていたら、綜が小さく笑って視線を逸らした。
 ……気に食わないわね。なんか。
 その態度までもやっぱり偉そうで、眉が寄る。
「え……っ」
 次の瞬間、彼が少し身体を起こした。
 と同時に――。
「っ……」
 どくんっと鼓動が大きく鳴る。
 そ……それはまあ確かに、自分から『欲しい』とかって言ったけど。
 押し倒したりして、直接的な原因を作ったのは私だけど。
 でも、で、でもね。
「…………」
 やっぱり、その……う、なんていうのかなぁ。
 まぁ、ぶっちゃけてしまえば、直視するのはやっぱり恥ずかしいってこと。
 見慣れてるといえば見慣れてるし、今さら照れるようなことでもないんだけれど。
 ……でも、やっぱり、こんなに明るい場所でなんの躊躇もなく見せられてしまうと、どきどきするものがあるワケだ。
「…………来いよ」
「え……?」
「欲しがったのはお前だろう? お前から来い」
「……ぅ」
 ぶっちゃけ、彼の目ヂカラにやられたと言っても過言じゃない。
 なんでこんな、えっちぃ表情なの?
 単に私が気付かなかっただけなんだろうか。
 いや、そんなはずない。
 でもなんか、この顔ってやっぱり反則だと思っちゃう。
「…………」
 ごくり、と小さく喉が鳴った。
 ……またがる、ってヤツですか。
「…………よし」
 ここであーだこーだ言ってる場合じゃないわね。しょうがない。
 気合を入れ、彼の肩に手を伸ばす。
「ちょっと……ごめ、ん」
 両肩に手を当て、覆いかぶさるように、またがる姿勢を取る。
 ……うぅ。やらしい。
 当然と言えば当然ながら、やっぱり綜を直視することはできなかった。
 そりゃあ、気になるのはもちろん。
 だけど、今ここで変に目とか合っても、気まずいって言うか困るって言うか。
「っ……」
 ゆるゆると腰を落とした瞬間、秘所に感触があった。
 な……んか、やっぱ……コレって――。
「んくぁっ……!」
 どきどきと高鳴る鼓動をなんとかしようと思っていたら、その前に、綜が腰に手を当ててから一気に私を貫いた。
「っは……ぁあ、あっ……!」
 どくどくと脈打つのがわかる。
 それは、私も彼も同じ。
 ……でもなんでだろ。
 なんだか、いつものえっちとは、全然違うような気がする。
「っは……そんなに欲しかったのか? 俺が」
「ッ……ち、がっ……」
 少しだけ身体を起こすと同時に、綜がニヤっと私を見た。
 途端に、顔だけじゃなくて身体までかぁっと熱くなる。
 ……でも、ひとつ。
 どうしても、彼に聞いておかなければならないことが、今の私にはあった。
「ね……綜っ……」
「なんだ」
 ゆるゆると動き出した彼に翻弄されそうになりながら口を開くと、やっぱり返って来たのは愛想の『あ』の字もないような声だった。

「私とは……っ……子どもができたから、結婚したの……?」

 力いっぱい言ったはずだったのに、最後は、小さくしぼんで聞こえた。
 ……彼は、なんて言うだろう。
 確かに、何も今こんなときに聞かなくてもって言われるかもしれない。
 でも、私にはこのとき以外に考えられなかった。
 だって、少しでもヘンな顔を見せられたが最後、何もかもが崩れ落ちてしまうと思ったから。
「なんでそう思う」
「え……? だ、だって……あの……」
 ひどく落ち着いた声で返され、一瞬どきっとした。
 なんでこんなに、平然としてるの……?
 まるで、これから嫌なことを告げられてしまう前触れのようで、なんだか落ち着くことができない。
「……だって……綜、妊娠したってわかるまでは……結婚とかって……一度も言ってくれたこと、なかったから」
 今から5年前。
 子どもたちができたときは、綜と一緒に暮らし始めてから結構な時間が経っていた。
 それどころか、そもそも一緒に暮らし始めた理由だって、なんだかうやむやで。
 別に、綜から『一緒に暮らそう』と言われた訳でもなければ、私からお願いしたワケでもなく……ただ、なりゆきみたいな。
 それこそ『付き合おう』と言われたわけでもないし、そばにいてくれと言われたわけでもなくて。
 結婚するまで一度も、綜から結婚に繋がる言葉をほのめかされすらなかった。
「……俺は、何かを理由にして、ほかの何かを得ようなんて考えたことは一度もない」
「え……?」
「ひとつを犠牲にしてほかの何かを得たとしても、それは違うと思わないか?」
「………え……っと……」
 珍しく、面と向かって告げられた、なんだか難しいこと。
 ここは、『そうだね』って言うべきなんだろうか。
 それとも、『違う』って否定するところ?
 真っ向からぶつけられた言葉ながらも、今の私には、いかんともしがたい。
 ……困ったぞ。
 せっかく、綜が私に真面目なお話をしてくれたっていうのに。
 これじゃあ、なんだか申し訳ないというか、自分が情けない。
「……まぁ、そういうことだ」
「へ……?」

「世の中――いや。世界は俺に都合よくできてるってことだな」

「……な……」
 言うにことかいて、『世界』とか言った? この人……!!
 しかも、さらりと。そんでもって、にやっと口元だけを上げて。
 うわ、うわ。
 何それー! っていうか、自信過剰もいいところなんじゃないの!?
 思わず、丸くなった瞳のまま言ってやりたい言葉を探していたけれど、ぱくぱくと虚しい擬似呼吸ができただけだった。
「んぁぅ……!」
 秘部のしめつけを感じ、思わずびくっと身体が震えた。
 ……何よぉ、この襲い来るヤラシサは……。
 自分が普段と違うというのもあるだろうけれど、きっと原因はそれだけじゃない。
 それはわかっているけれど……っくぅ……。
 今の私に、そのことを考えるだけの余力はなかった。
「っは……ぁん……!」
 ゆっくりと綜が動き出し、途端に声が漏れた。
 ……でも、ホントにどうしようもなくて。
 綜に触れられると、それだけでどきどきする。
 だからこそ、こんなふうに交わってるって思うだけで………やっぱり、おかしくなっちゃいそうだ。
「ん、んっ……っふ……くぅっ……」
「……っく……」
 濡れ合う音が耳に届き、一層自分が追いやられていくのがわかる。
 だけど、もっと……欲しくて。
 だって、気持ちいいってわかってるから、こうして自分から彼を求めたんだもん。
「っ……ん、んんっ……!!」
 びくっと肩が震え、同時に身体がくの字に折れ曲がりそうになる。
「……どうした?」
「やっ……」
 少しだけ、嘲るような声が耳に届くけれど、ぎゅうっとつむった瞳は開けることができなかった。
 彼の声のせいじゃない。
 そんなモノじゃなくて、もっと、もっと大きな理由のせいで。
 ……おかしくなりそう。
 どくんどくんと鼓動が大きくなって、少しだけ息苦しい。
「あぁ、あ、っ……んっ……きもち、い……」
 まるで、私の反応を見ながら何かを調整しているみたいな。
 そんな感じの綜の動き。
 ……だけど、それにどっぷりハマって、抜け出せないのも自分。
 もっと欲しいとねだることで、翻弄されているのもそう。
 でも、ホントにどうしようもないの。
 気持ちいい、って思っちゃった以上は……もう、きっと抜け出せない。
「あぁあっ……そ、ぉっ……んぅ、ん、そっ……綜……ッ!」
 ぎゅうっと両手で彼のシャツを掴み、閉じた瞳のまま全身で彼のすべてを受け入れる。
 揺さぶられながら考えるのはだひとつ、綜のことだけ。
 ほかは考えられなくて、頭の中が麻痺してしまったみたいだ。
「はぁっ、はっ……ん、んっ……はぁん……!」
「……く……」
 徐々に律動が速くなり、同時に角度が変わったのか深くまで責め立てられた。
 止められないまま、漏れる荒い息。
 そして、嬌声。
 もぉ、ダメ。
 このままだと、ホントにヘンになってしまいそうだ。
「っは……や、……くぅ、んっ……綜、そっ……も、ダメっ……!」
「は……何がだ」
「……くっ……ふ……あ、あっ……! や、そこっ……ダメ、ぇっ……」
 びくっと、身体が跳ねるのがわかった。
 眉が寄り、同時に奥歯を噛み締める。
「は、ぁあ、あっ……はぁっ……」
 うまく息が吸えなくて、苦しい。
 与えられ続けている悦で、おかしくならないはずがない。
「……ん……! おかしく、なっ……るぅ……!!」
「っ……なれば……いいだろが……!」
「く……! あ、だめっ……! だめ、あっ……ああ、あっ……あん!!」
 ひときわ高く声があがった瞬間。
 ぎゅうっと閉じたままだった瞳に、強い光が当たったように感じた。
「ああぁっ……はぁ、あ……! っ……んぅ……」
「……っは……ぁ」
 がくがくと足が震え、淫らに秘所がひくつく。
 と同時に、綜が私の腕を掴んだ。
 深い息をつくのが聞こえ、掴んだその手が撫でるように手のひらへと落ちる。
「……そ……う……?」
 強い余韻が残る、未だ自由の利かない身体。
 だけど、綜のことが気になって、ゆっくりと瞳が開いた。
「…………」
「……え……?」
「…………えろいヤツ」
「っな……!?」
 じぃっと少し潤んだような瞳で見つめられて、ものすごくドキドキしてたのに!
 なのに、言い出すのはそんなこと!?
 内心、ちょっぴり何かを期待していたせいか、正反対の言葉すぎてあんぐりと口が思い切り開いた。
「くっ……! 悪かったわね!!」
「っ……馬鹿……!」
「ふんだっ!!」
 繋がったままで身体に力を込め、じとーっと彼を睨みつける。
 一瞬、再び腕を掴まれたけれど、気にしたりしない。
 ……だって、綜に勝てるのって今この瞬間くらいなモノなんだもの。
 悲しいけれど、それが現実。
 まぁいいんだけど。
「……? なんだ?」
 ちらり、と彼を見ると、眉を寄せて怪訝そうな顔をした。
 これまでの綜とは違って、やっぱり『いつもと同じ』彼の顔。
 ……でも、知ってるんだ。
 私だけは、綜にも特別な瞬間があることを。
「……へへ」
 思い出したら、だらしないほど顔がにやけた。
 でも、幸せなんだもん。
 だって本気で嬉しかったんだもん。
 こぼれ落ちそうなほっぺたを押さえるために両手を頬へと当てると、綜はしばらく瞳を細めて『ヘンなヤツ』とでも言いたげな顔をしていた。


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