「…………ごくり」
 現場の佐伯優菜です。
 私は今、某ドラッグストアの店内にて潜入取材を試みています。
 ……ってワケじゃないんだけど。
 でも、心境はまんまそんな感じだ。
 だって、さっきから……っていうかもう、このお店の看板が目に入ったときから、どきどきどきどきしっぱなしなんだから!
「…………」
 私が今いるのは、ちょっとした小さな棚の前。
 それは、なんでかしらないけれど、人目につかないような配置になっていて、ついでに言うと、周りに置かれているものの状況からしても、あんまり人がこなさそうな場所にあった。
 これもやっぱり、配慮のもとでなされているんだろうか。
 陳列されている商品をまともに見れなくて、目を必死に逸らしつつ『私はこの商品を買いに来たんじゃないのよ』とアピールしてみる。
 誰に、って?
 そりゃあ、ときおり通りかかるお客さんや店員に対してよ。
 まぁ、モロバレなのは、多分ひと目でわかると思うけれど。
「……どうしよ」
 さすがに、じっくりと吟味できるだけの度胸は私にない。
 できることなら、ぱぱっと商品を選んで、とっととこの場から脱出したいくらいなのに。
 しかも、だって!
 ここを突破できたとしても、すぐ次にはまた大きな関門があるわけよ。
 ……あーうー……。
 知人が居たら一緒にレジに通してもらうんだけどなぁなんて、思わずため息が漏れる。
「…………」
 は……恥ずかしぃ……。
 がんばって5秒くらい見つめながら目的の物を探してみたんだけど、ざっと目に入っただけでも、幾つか数種類に分かれているのが見えた。
 しかも、目に入ったのはそれだけじゃない。
 い、いわゆる……その、なんていうのかな。
 こっ……こ、子作りに必要なアイテムというか、って違うか。
 反対よね、反対。
 子作り……を、成さないための重要アイテムというかまでが陳列されていて。
「ああもうっ! そうじゃないでしょっ」
 悶々とひたすら違うことを考えてしまい、慌てて首を振って否定する。
 ……うー。
 もう、なんかものすごく恥ずかしいんだけど。
 顔から火が出るとはこのことだ。
 この時点でこんなじゃ、レジに並んだら――。
「ひぇ」
 後ろに並んだお客さんの反応が恐ろしくバッチリ頭に浮かんで、赤面を通り越して火を吹きそうな勢いだった。
 …………はっ。
 いや、だからそんなことしてる場合じゃないんだってば!
 ぶるぶるっと首を振ってから、改めて……息を整えつつ、棚のブツを吟味する。
 うー。
 ……うー……うーうー。
「えぇいっ……もー、どれでも一緒!」
 すーはーすーはーと深呼吸を繰り返してから、目を閉じてばっと手を伸ばす。
 会社は違えど、中身は一緒!

「あ」

 伸ばした手で何かを掴んだ。
 ……取れた。
 ちょっとだけほっとしてから、恐る恐る目を開ける。
「っ……いよし!」
 ちゃんと、目的物捕獲成功でありますよ、隊長!
 ぱんぱかぱーんとファンファーレが響いた気がして、ほっとしたと同時に嬉しかった。
 ……あとは、コレをいかにしてレジに持っていくかよね。
 や、やっぱりアレ?
 よく、男の人がAVとかって代物をレンタルするときに使うような、常套手段。

 ほかのものに紛れ込ませる。

 まぁ実際は、ひとつひとつ店員さんが手にとってレジを通すんだから、意味ないと思うんだけど。
 でも、こればっかりは気分の問題だから、今回ばかりはそうしたようと思った。

「…………よし」
 ぐるりと店内を一周して、カゴに詰めた物多数。
 普段はまず食べることのないお菓子やジュース、そしてコーヒー。
 忘れちゃいけない、『神様の飲み物』こと、ココアもきっちり買っておく。
 ……うちの神様も、意外とうるさいのよね。
 このメーカーはダメだとか、あのブランドがいいだとか。
 ココアなんて、正直どれも一緒だと思うけど。
 だいたいこれ、砂糖がまったく入ってなくて苦いのよ!
 平然とした顔で飲む綜の隣で砂糖を3杯入れてやったら、ものすごく嫌そうな顔してたけど。
「……行くわよ」
 こくり、と小さくうなずいてから、レジへ向かって歩を進める。
 幸いなことに、敵の歩哨――ほかの店員さんとお客さん――は見受けられない。
 よし。行くなら、今しかない。
 いや、行くのよ! 今こそ!
 ぐっとカゴを持った手に力を込めてから、さっさと足早にひと気のないレジへ。
 ……あぁっ。
 今日ほど、変装用サングラスが欲しいと思ったことはなかったわ。
 このとき初めて、芸能人の気持ちがほんのちょっぴり理解できた気がした。
「いらっ……」
「お願いしますっ!」
「は……はい」
 にこやかな店員のお姉さんの言葉を途中で遮り、低い声で俯きながらカゴを渡す。
 ……見ない。
 見ないわよ、私は。
 お姉さんの手元も、お姉さんの顔も。
 ほ……ほほほっ。
 だってこうしちゃえば最後、アレを買う私の印象もきっと薄くしか残らないと思うから。
 ……あーうー。頼むから、やめてね。
 とちったりしないで、わざわざ確かめたりしないで、ぱぱっと袋に詰めてちょうだい!
 どきどきしながら『○○円』と丁寧に読み上げられていくのを聞きながら、心臓ばくばくはちきれんばかりのどきどきパニックタイムを味わう。
「108円」
「…………」
「97円」
「…………」
「108円」
「…………」
「108円が2点」
 ……私、何をそんなに108円のモノ買ったのかしら。
 正直、自分でも夢中でカゴに放っていたので、いったい何が入ってるのか……家に帰ってびっくりだわ。きっと。

「985円」

「ッ……」
 読みあげられた……!!
 値段を聞いたとき、びくっと肩が震えた。
 ……きた。
 来たわよ、ちょっと! 奥さん!
 やった……!!
 ついに、目的のブツが読まれた……!
 でも、大丈夫。もうお会計終わったから。
「以上で、お会計2415円になります」
「はいっ」
「……あ。それでは、3000円お預かりいたします」
「はい!」
 お姉さんの顔を見ないまま英ちゃんを3人突き出し、何度もうなずきながら小さくガッツポーズをとる。
 ……くっ! やったわよ、優菜!
 第一関門も、第二関門もきっちりこなせたじゃないの!
 レジの『ちーん』という音を聞きながら、にんまりと笑みが出てくる。
 これで、あとは最後の袋詰め作業を、ぱぱっと手早くこなしてもらえれば、私はそれで――……。

 ぽんっ

「……へ?」
「ゆーなっ」
「ぎゃああぁ!!?」
「なっ……!?」
 ぽむ、といきなり肩を叩かれてものすごい声をあげると、誰かの手がびくっと引っ込んだ。
 ……な……なっ!?
 それこそもう、口から心臓が飛び出しそうなくらい驚く。
「なんて声出すのよ、もー」
「え!? り……りっ!? 律花!?」
 だけど、張本人を見てさらにびっくり。
 な……んで……!? なんでここに、この子が居るの!?
 ビックリ仰天、それこそおったまげたわよ!
 ばっくんばっくんと鳴り続ける鼓動を必死に抑えるように胸を掴んだまま彼女を見ると、けらけら笑って私を指差した。
「もー。なにぃ? びっくりしたのは、こっちよ。いきなりそんな大声出して」
「……なっ……いや、いや、あのね!? だって、律花こそ何よ! 何してるの!? こんなところで!」
「やだな、もー。買物に決まってるでしょ? 今日ね、仕事休みなんだー」
「休みっ!?」
 いちいち、普通のことにものすごく驚いてしまう。
 いや、だって、だってさ!
 まさか、こんな平日の真昼間に知り合いに会うなんて思ってもないじゃない!?
 しかも、いつも住んでる場所ならともかく、ここは普段通うことのない場所のドラッグストアなんだよ?
 ……ありえない……。
 もう、これは運命のいたずらだとしか言えない。
 …………だって……だって、だって……!

 なんで、よりにもよって友達に会わなきゃいけないのーー!!?

 半分泣きそうな顔で、心の中では台風が渦巻いていた。
「それにしても、たくさん買ったねー。何? しばらく修行にでも行くの?」
「へ!? いやっ、そ……いうわけじゃ……ないんだけど……」
「そぉ? でも、洗剤とかコーヒーとか……」
「なっ、ななっ、なんでもないってば!!」
 人のカゴを覗き込むなー!!
 慌てて両手でカゴを覆うように、律花の視線からガード。
 なんてことを!
 ぷぷぷプライバシーの侵害よ!?
 内心ひやひやしながらなんとか律花の興味を逸らそうと、必死――。

「……あれ……?」

「ひっ」
 トーンのまったく違う声で、思わず変な声が出た。
 ゆっくりと……ゆらぁりと私を見つめる、その、瞳。
 それは、アレですか?
 やっぱり、ひょっとして……ひょっとしなくても…………アレ?
「ゆぅなぁ……? んんー? アレ? あれあれっ? ひょっとして……ひょっとしちゃう?」
「……な……ななななんのことかな」
「やだー、隠さなくてもいいってばー!」
 ばっちりきっちり視線を逸らしながら、律花に掴まらないように必死で抵抗する。
 ……ヤバイ。
 ヤバイヤバイヤバイ……!
 みっ……み、みみっ……み……見つかった!?
 汗をだらだらかきながら抵抗し、ようやく袋詰めしてくれたお姉さんから袋を受け取る。
 逃げなきゃ。一刻も早く、この場から脱出しなきゃ。
「じゃっ! また!」
「え? あ、優菜ー。ちょっと待ってよ!」
「待たないっ! ってか、待てない!!」
 そそくさと律花に別れを告げ、一度も振り返らずに出口へと向かう。
 自動ドアを開け、店外へ。
 そして、そのまま歩道に――。

 がしっ

「ひぇっ!?」
「……ふふふ。ちょーっとお話してくれてもいいんじゃないのぉ?」
 ぬらり、でろり。
 そんな雰囲気をばっちり背負った律花が、べたぁっと私の背中に張り付いてきた。
 こっ……こわっ!
 っていうか、ヤバイ。この状況は、そこはかとなく……!

「さぁっ。お昼おごってあげるから、おねーさんとたーっぷりお話しましょうね?」

「ひぃいいぃぃ!!!」
 にっこり笑ってるはずのその顔。
 だけど、声はまったく笑ってなかった。
 ……こっ……これは大ピンチってヤツですか。
「さっ! れっつごー!」
「いやぁあっ! 律花! ゆ、ゆるしっ、許してぇええ!!」

 結局。
 問答無用で、まったく逆方向へ引きずられるように連れ去られる羽目になったのは言うまでもない。


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