「よし! こうなったら、電話しかないわね!!」
そうよ! やっぱり、なんと言っても原因は彼にある。
私が悪いんじゃない。彼が……っていうか、別にまぁ悪いことじゃないんだけど。
だって、彼も思うところがあって……避妊してなかったんだろうから。
……遊びとかじゃないわよね。
そんなトンデモ事実が発覚したら、ツテを頼れるだけ頼って、最強弁護士味方につけるんだから。
ってまぁ、そんなヤツじゃないっていう絶対的な自信めいたものは、もちろんあるけれど。
「…………」
ごくっと思わず喉を鳴らしてから、スマフォを手にする。
……こんなことで電話したら怒るかな。
いや、でも、これまでだってどんな用事で電話したところで怒られることはなかったし……今回もきっと大丈夫だろう。
それに、今回に限っていえばある意味緊急事態だし。
「…………ごくり」
パネルを操作し、ゆっくりと耳に当てる。
すると、暫くしてから呼び出し音が響いた。
あー……どきどきする。
なんか、告るみたいな雰囲気じゃない? これって。
ってまぁ、私はこれまで電話ごしに思いを告げたことなんか一度もないんだけど。
『なんだ』
「うわっ」
突然、愛想の欠片もない声が聞こえて、思わず叫んでいた。
……あ……あぶな……。
下手に機嫌損ねると、二度と電話とってもらえなくなっちゃうかもしれないじゃない。
慌てて口を手で押さえながら首を振り、ゆっくりと息を整える。
……言うわよ。
言う、んだからね。絶対!
すーはーすーは何度か繰り返してからもう1度スマフォを握ると、何を話すかが明確になった気がした。
「あのね、綜」
『なんだ』
「私……妊娠、したかもしれないの」
そう。
まだ『かもしれない』という、あくまでも仮定の話。
実際の証拠なんて何ひとつ手元にはなくて、カレンダーや自分の体調から考えた推論でしかない。
だけど、かもしれないとはいえ、絶対に違うとも言えない状況。
不安な気持ちをわかってほしいと同時に、とても自分が喜んでいることも伝えたい。
そんな思いをこめて彼の言葉を待っていると、小さくため息が聞こえた気がした。
『不確定要素だらけで、結論を出すな』
「え?」
『かもしれない、って言ったな。確かめたのか?』
「いや……それはその、まだなんだけど……」
まさに、仰る通り。
っていうか、痛いところを思いきり突かれた。
「っ……」
このままじゃ、間違いなくダメだしされて会話が終わる……!!
そう感じて、彼のセリフを待たずに慌てて付け足す。
「で、でも! でもね!? まだ、今月生理来てないし……それに、体調もなんか悪い気がするし!」
『だったら、なおのことだ。とっとと病院にでも行って、ハッキリさせて来い』
「えぇ!? ちょ、直接病院行くの!?」
『それ以外に方法があるなら、それを試せばいいだろう?』
「……う」
……それはそうなんだけど。
っていうか、あれ?
なんか、私の想像とまったく違うのはどうしてだろう。
確かに綜が言う通り、今話しているのはあくまでも仮定の話だから、絶対ではないよ?
だけど、かもしれないって言ってるじゃない。
……だからてっきり……もっと、『そうなのか!? よかったな』とか、『そうか、俺もとうとう父親か』とか言ってくれるんじゃないかと思ってたからこそ、なんだか拍子抜けだ。
嬉しくないのかしら。
っていうか、声も機嫌も普段と変わらないみたいだし、もしかしたら……迷惑ぐらいに思ってるんじゃ……。
「…………」
思わず嫌な考えが頭をよぎり、言葉が詰まった。
『優菜?』
「え? ……あ。何?」
しばらく黙っていたら、名前を呼ばれた。
それで我に返るも、不安は未だ拭えない。
「わかった。それじゃあ……そうする」
『ああ』
ぽつりぽつりと言葉を紡ぐと、一気に冷静にされたせいか、先ほどまでのテンションは消えうせていた。
……どうしよう。もしも綜が迷惑だって思っていたら。
結果を出した途端、思ってもなかった言葉を言われたりしたら。
…………。
怖い……なぁ。
てっきり、一般的にいうおめでたいことだからこそ、いくら普段冷たい綜だからとはいえ今回ばかりはほかの人同様に、喜んでくれるものだと思ってた。
……だから、怖かった。
もしも違ったら?
結果を出してしまったら、冷たくなるかもしれない。
そう思ったら、結果……知りたくないな。
なんとなく気分が一気に沈んで、このままグレーゾーンから抜け出したくなかった。
『とにかく。結果がわかったら、また電話でもなんでもしてくればいい』
「ん。……そうする」
『じゃあな』
結果がわかりました、って連絡したとき、綜はどう言うつもりなのかな。
怖くてそれは聞けないけれど、でも――。
『……気をつけて行けよ』
「っ……」
耳に届いたものすごく優しい声で、瞳が丸くなった。
……な……。
「あ、綜っ!?」
だけど、言いかけたときにはもうすでに遅く。
ぷつっという切ない音とともに、電話は切れていた。
……綜が。
綜が! あの綜が、気遣ってくれた!?
「……うそ」
半ば信じられなくて、ぽかんと口が開いたままだけど、気持ちは違う。
さっきまでの、あの嫌な感じなんてどこにもなくて、すごくすごくあたたかい気持ちでほわほわしてる。
「うそぉ……」
しばらくしてから、実感する。
すごく……すごく、なんだろ……包まれてる気分だ。
もしかしたら綜は……やっぱり彼は、私が欲しい言葉をくれるのかもしれない。
準備してくれるかもしれない。
そう思ったら、なんだか嬉しくてほっとして、ちょっぴり涙が滲んだ。
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