「――っ……」
白い中、音がする。
耳に響くメロディ。
…………あー……電話か。
着信に設定してあるルパン3世のサウンドで仕方なく起き上がり、テーブルに置きっぱなしだった携帯を取る。
ちなみに、メールはドラクエのファンファーレ。
着信するたびにレベルが上がるという代物。
……ってま、どーでもいいけど。
「…………もしもし」
表示されていたお袋の名前を見て、欠伸交じりに出る。
すると、まだ朝っぱらだというのに相変わらずキンキンしたテンション高い声が聞こえて来た。
『ちょっと、荷物届いたわよ』
「……は?」
『ほら。今日、母の日でしょ? ウチのほうの宅急便屋さん、午前指定だと朝来るのよねー。あ、寝てた?』
「寝てた」
しょぼしょぼする目を擦ってから時計を見ると、7時半少し前。
いつもならとっくに起きている時間も、昨日が遅かったとあってはズレ込んで当然。
ちなみに、昨日は先日式を挙げたばかりの新郎を囲んで、いわゆる新婚さんいらっしゃい的なことをしていた。
アイツ、顔に似合わずヤることヤるよなー、なんて話から嫁さんの仕事まで、幅広くというよりは狭く深く。
ただ、当然といえば当然だが、どんな話をするときも顔はものすごく緩んでいた。
まるで、勝者の余裕めいた笑みを浮かべて。
「……あー……母の日な。届いた?」
『届いたわよー! ちょっと……アンタねぇ、どうするの? コレ。すごい大変じゃないの!』
「何が」
『何がじゃないでしょ!! えぇ? わざわざ送ってもらっちゃったりして……悪いわね』
「いや別に」
そんな大したモノを送ったつもりはない。
悩んで悩んで結局送りつけたのは、駅前の百貨店にある銘店の菓子。
つか、ぶっちゃけカステラ。
ご丁寧にもカーネーションと感謝の文字がプリントされているモノだったので、『あ、これだ』と瞬間的に思った。
今でも近所のおばちゃん連中が茶飲みに来るらしいから、そのお茶請けにもいいだろうと思って。
小さいころから、俺もよく食った記憶あんだよなー。
ザラメのガリガリいうヤツがうまくて、弟と……というよりはむしろお袋と取り合いをした気がする。
「まぁ、そんだけ喜んでくれりゃいーけど」
『喜ばないわけないでしょ! 馬鹿ねぇ』
「あ、そ」
いつもは当日であってもこんな早くから電話してきたりしない。
大抵、夜とかヘタしたら翌日以降。
電話するの忘れてたけど、母の日ありがとうね。届いたわよ。
そんなひとことが来るだけなんだが、今年はやけに気合が入っている。
……もしかしてアレか。
こないだ帰ったからか?
あんな程度で機嫌がよくなるなんて、相変わらず単純だな。ウチの親は。
ま、なんにせよ怒鳴られるよりはよっぽどイイが。
『それでね、電話番号教えてほしいんだけど』
「……は?」
何を言い出すんだ、コイツは。
人に電話かけてきておいてンなこと口走るなんて、大丈夫か?
思わず大きく口を開けて『は?』のまま眉を寄せると、電話の向こうからはため息が聞こえた。
『あのね。私は別にアンタにお礼言いたくて電話したんじゃないの。ええと、こないだの……そう! 瑞穂ちゃん? あの子の電話番号教えてほしいんだけど』
「は?」
いきなり聞こえた、葉山の名前。
それで、今度はまた違った意味の『は?』が出た。
「なんでそこで葉山が出てくるんだよ」
『なんでじゃないわよ! あのね、瑞穂ちゃんからカーネーションとマグカップ! それが届いたの!』
「……はぁあ!?」
頭が理解するまで若干の時間がかかった。
そりゃそうだ。
なんつっても、相手は俺の母親。
アイツが母の日に感謝する相手では決してないからだ。
「ちょ……待て。なんで葉山からンなモン届いてんだよ」
『一緒に手紙が入ってたわよ、とってもきれいな字で。……ええと? 先日は突然お邪魔してしまったにも関わらず、ご馳走していただきまして、ありがとうございました。ささやかではありますが、先日のお礼を兼ねて? 母の日のプレゼントを送らせていただきます……ですって!!』
「…………あっそ」
きゃーきゃーといきなりテンションが上がったお袋を前に、俺はいったいどうすればよかったのか。
棒読みかと思えばいきなり疑問系になったりして、相変わらずお袋の音読能力はウチのクラスの男子レベルだ。
なんだかある意味残念に思えた。
……いや、別にいーんだけど。
「つーことは何か? 葉山がお袋に母の日のプレゼントくれたってことか?」
『そーよ! あのね、こないだ来たときに話したのよー。別に欲しいとかって意味じゃなくてよ? もちろん。最近、部屋の中が殺風景で、花のひとつでもあれば違うんだけどー、って』
「いやいやいや、それって思いっきりねだってんじゃねーか」
『そんなつもりじゃなかったのよ!! それでね、そのときウッドデッキにあるテーブルでお茶を飲むのが、今の1番の楽しみなのよねー……なんてことも話したんだけど、ちゃんと覚えててくれたのね。かーわいいマグカップ、それもお揃いで送ってくれたのよ?』
「……ふぅん」
アイツらしいと言えばらしい。
真面目で、律儀で、人がいい。
それが、俺が担任やってたころの葉山瑞穂。
毎年必ず年賀状と暑中見舞いを送ってくれたし、俺の誕生日だってちゃんと覚えててくれた。
卒業後も何年かは年賀状を貰ったんだが、俺のほうがいっぱいいっぱいで出せなかったりしているうちに、残念ながら途切れてしまった。
……それでも。
アイツの誕生日になると、毎年必ず思い出してたんだよな。
覚えやすくて、絶対に忘れることのない日。
そんな日に、アイツは生まれた。
『……まったく、本当によくできたお嬢さんよね。で、壮士は? アンタ、何か母の日のプレゼントとかないの?』
「直接催促すんなよ。つーか、俺だって送ったっつの。まだ届いてねーの?」
『あらやだ。来てないわよ? 何? 何くれたの?』
「食いモン」
『……はー……やだやだ。わかってないわねー、アンタ。女ってのはね、いくつになっても花が欲しいものなのよ? まぁいいけど。ありがとう。先に言っとくわね』
「あっそ」
女は、つーか単にお袋が欲しいだけだろ? 花を。
誰もかれもが、ってのは当てはまんねーぞ。
実際、元嫁に花やっても喜ばれなかったし。
むしろ逆に、『花よりおいしい物食べたい』とか言われたしな。
まぁ……葉山なら、素直に喜びそうだけど。
つか、アイツなら何をくれても笑顔で『ありがとうございます』とか気持ちよく受け取ってくれる気がするが。
『……あ。だから、ねぇ! 瑞穂ちゃんの電話番号、教えてちょうだい!』
「わーったよ。メールで送るから、ちっと待ってろ。んじゃーな」
思い出したかのように言われ、ため息混じりにうなずいてから電話を切る。
アドレス帳から葉山を呼び出し、コピペでメール作成。
……で、送信っと。
完了の文字が出たのを見て携帯を閉じ、テーブルへ置く。
「…………」
もうじき8時。
すっかり起きた。頭が。重てーけど。
「……しかしマメだな。アイツ」
カーテンも閉めずに寝たせいで、部屋の中は明るい光で満ちていた。
天気はいい。
恐らく、窓を開けたら気持ちいいだろう。
……先日のお礼を兼ねて、ね。
アイツらしいといえばらしい気の回し方だ。
だが、お袋はかなり喜んでた。
あんなふうにされるの――……初めてだもんな。
弘香とは付き合ってすぐ結婚したから、両親へのプレゼントの類は一切していない。
誕生日はあったが、それは結婚式がお祝いってことでしなかった……というよりは多分忘れてたんだろう。
離婚したあとで、とんでもない誕生日プレゼントだわ、的なことを言われた気がするから。
「………………」
時間をずらして、電話をしてもいい。
だが、どうせだったら明日仕事で会うとき直接言ってやったほうがいい気がする。
せっかく、だし。
……アイツ、今ごろ困ってんのかな。
それとも――……。
「……ねぇな。それは」
葉山は、人に感謝されて困るヤツじゃない。迷惑がるヤツでもない。
たとえどんな時間、どんな形であろうと、笑顔でむしろ『こちらこそ』とか頭を下げるヤツだ。
騒々しいお袋に対しても、丁寧に話聞いてくれてんだろーな。
……あー、長そう。
俺と違って聞き上手な葉山のことだ。
あれもこれもお袋がどんどん話し出すに違いない。
…………。
やっぱ、明日の朝一で謝っとくか。
そんなことを考えると、小さくため息にも似た欠伸が漏れた。
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