「……しょうゆ大さじ2、酒大さじ1、みりん大さじ1……と、生姜ひとかけら」
 画面に出ているレシピをメモしながら、復唱。
 ……と、ごま油が小さじ1。
 夕方のニュース番組の中のコーナーでのひとこま。
 今日は、『プロ直伝! 生姜焼きの作り方』。
 正直、私はそこまで料理が得意というわけじゃなくて。
 社会人になった今も実家で暮らしているので、大半の家事は母がしてくれている。
 私がすることと言ったら、その手伝いとお弁当作りくらいなもの。
 これらは学生のころから変わっていなくて、だからこそ『このままじゃいけない』と思うようになった。
 ……ただしそれは、社会人になったからというよりも――……好きな人が、改めてできたからといってもいい。
 改めて、という表現はきっと適当じゃない。
 でも、学生のころよりもっと明確なものになったし、再会を果たせたことで改めて自分の気持ちが昔と何ひとつ変わってなかったんだとわかった。
「…………と、玉ねぎをスライスして炒める」
 ぼーっとテレビを見てしまい、画面が次に進んだところで慌ててペンを走らせる。
 料理がうまくなりたい、と思ったのはその人のお陰。
 彼のために、うまくなりたい。
 おいしく、食べてほしい。
 ……というのは建前で、褒めてもらいたかった、のかもしれない。
 本当は。
「……っ」
 セットしておいたキッチンタイマーが鳴り響き、慌ててコンロへ戻る。
 小鍋で茹でていた卵を取り出し、冷水へ。
 今日のメニューは、チキンと夏野菜のオイスター炒めと、ポテトサラダ。それに、きゅうりの梅あえとおふのみそ汁。
 ご飯が炊けるまで、あと10分弱。
 茹であがった卵を切ってサラダを仕上げれば、同じくらいの時間になると思う。
「…………」
 卵にヒビを入れて殻をむきながら、ふと……笑みがもれた。
 しあわせ、と独り言が漏れてしまいそうだった。
 自分が今ここにいること。
 こうして、料理をしていること。
 ……決して当たり前ではない、特別な時間。
 それを分け与えてもらうことができたのは、間違いなく彼の優しさゆえ。
 …………ううん、彼にしかできないこと。
 ふと時計に目をやると、18時少し前だった。
 まだまだこの時間でも外は明るく、お陰でキッチンも電気をつけるほどじゃない。
 もうじき、帰ってくるかな。
 それとも……まだまだ仕事は終わらない?
 どうしても彼のことを考えてしまい、自然と笑みが浮かぶ。
 携帯にはまだ、メールはない。
 もっとも、彼が自宅へ帰るときにメールをくれる人なのかどうかは、私にはわからないことだけど。
「っ……!」
 部屋に響いたチャイムの音で、危うく卵を落としてしまうところだった。
 来客……?
 ……いや。
 これは間違いなく、彼だ。
 慌てて手を洗い、簡単にタオルで拭いてから玄関に向かう。
 スリッパではなく、素足。
 いつもの自分とは違う足音が、どうしてもうれしい。
 だって……私が今居るのは、自宅じゃない。
 ここはある意味『ありえない』聖地のような場所だから。
「おかえりなさい……っ!」
 ドアスコープで確認すると、そこにはやはりあるべき人の姿があった。
 鍵を開けて、笑顔で迎える。
 すると、少しだけ驚かせてしまったのかわずかに目を丸くした彼が、一瞬あとに『ただいま』と小さく笑った。


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