「はー。やっぱ、ゴールデンウィークだけあんな。ちょー混んでる。……かったりー」
「……お前が言うセリフじゃないだろう」
「いーじゃん別に。減るモンじゃねーし」
「っ……減ってるだろう! 現に! 俺のガソリンが!!」
「あーいかーらずカテーなお前は。あ? そのくらい大目に見ろよ。俺よか給料いいだろ」
「それは関係ないだろう!」
そう。
俺が今居るのは、久しぶりの東名を走る紛れもなく人の車の助手席。
自分と同じ白い車だが、車種はまるで違う。
アクセラ、ね。
こいつにしちゃ、珍しく無難な車種を選んだもんだ。
……っつーかま、助言したのは俺なんだけど。
「堅いこと言うなよ。生徒にモテねーぞ」
「お前に言われたくないし、別に生徒にモテたいなど一度も思ったことはない」
……今鼻で笑ったろ。
うわ、ムカつく。
どーせな、どーせ俺だってひとり身だよ。独身だよ。
でもな、それがイイって思うときだってめちゃめちゃあるんだぜ?
…………逆に、すげー切ないときも、そりゃあるっちゃあるけど。
「だいたい、どうして自分の車で来ないんだ。高速を走るにはもってこいの車だろう?」
「たりめーだろ。でも、ほら。なんだ。最近、地球温暖化がどうのってやってるじゃん」
「……単にガソリンがもったいない、ということだな」
「ま、要約すりゃそんなトコだ」
むしろ、ぶっちゃけその通りなんだけどな。
……だって、おかしいだろ?
数年前までは、ハイオクが100円だったんだぜ? 100円!
それがどーだよ。
今じゃ、ガソリンが当時のハイオクより高いって。
……ありえん。
ホント、世も末。
きっといつまで経っても、ガソリンの値段は落ちないんだろうな。
「どーせ同じ目的地なんだし、いーだろ? ひとりで行くもふたりで行くも、ガソリンかかるんだし」
「別に俺は誘ってない」
「まーまー、堅いこと言うなって」
シートを深く倒してもたれ、足を組む。
……あー、すげー久しぶり。
こんなふうに、人の運転する車に乗んの。
だが、今日はある意味特別。
いわゆる、ハレの日ってヤツだから。
「車じゃ飲めねーしな」
「……それが本音か」
「まぁ、それもある」
ぶっちゃけ。
やっぱ、せっかくの披露宴あんど2次会っつー絶好の飲み場があるってのに、シラフじゃ俺もう帰れないし。
ああいう席で飲めないのは、なんか、切ない。
特に、俺みたいに飲むことが人生の半分くらいの生き甲斐みたいになってるヤツにとっては。
「初めに言っておくが、俺は1次会で帰るぞ」
「了解。ま、別にいーんだけど。帰りは実家泊まるし」
「……珍しいな。お前が自分から寄り付くなんて」
「しょーがねーだろ。……背に腹は変えらんねーし」
明日は、こどもの日の振替え休日。
だから、今日はそれこそ終電がなくなってもまったく問題ない。
……ま、さすがにお袋に迎え来てくれとは言わないけどな。
どーせ夜も遅くなんだろーし、タクシーでも拾って帰るつもりだ。
………………とはいえ。
実はまだ泊まると連絡しちゃいないって話だが。
今日結婚式に行くとは告げたものの、場所が地元なんて言ってねーし。
いや、なんか……な。
この年になって怒られるってのはどーかと思って。
去年も正月帰ってないし、いろいろぐちぐち言われそうでヤなんだよ。
「ま、そゆことだから。たんと飲めるってワケだ」
「……いつまで経っても子どもだな、お前は」
「うるせーな」
今向かっているのは、俺にとっては大学時代の友人の結婚式であり、隣のコイツにとっては同僚の結婚式ってヤツだ。
午後からってこともあって、出たのは昼ちょっと前だった。
同じ静岡市内在中のヤツだからこそ、実家とは目と鼻の先。
つーか、そもそも式場が駅からすぐそこだからこそ、ぶっちゃけまぁ、電車でも問題ないっちゃなかった。
それでも、どーせ同じ冬瀬から同じ目的地に行くヤツがいるからこそ、だったらガソリン代割り勘のほうがよっぽど安い。
そんでもって、気が楽。
ちなみに、隣で運転しているコイツは、小中高とそれこそまさに腐れ縁中の腐れ縁である高鷲 里逸。
この話をすると『腐れ縁じゃなくて幼なじみじゃん』とか言うやつもいるが、そんなキレイな間柄じゃない。
……それでもま、最初はコイツとこんなふうに二十年以上ツレとして付き合うなんて思っちゃいなかったんだけどな。
しかも、大学はまるで違うところへ進んだにも関わらず、就職先が同じ冬瀬とか。
ありえねーくらいのデキすぎた運命ってヤツに、正直噴くどころか『そこまでかよ!』と鳥肌だったぜ。
「あ」
「……なんだ。どうした?」
手を頭の後ろで組みながら、ふとあることに気づいた。
と同時に、声が出る。
「ヤバい。喉渇いた」
「…………」
「…………」
「……貴様に付ける薬はないな」
「うるせーな!」
思い切り真顔で言ってやったにもかかわらず、リーチは深々とため息をついてからカワイソウなヤツを見るみたいに俺を一瞥した。
失礼なヤツ。
別にいーじゃねーか。正直に言ったってよ。
なんつったって、俺は運転手じゃねーんだから。
「ほら、早めの休憩でリフレッシュって書いてあんじゃん」
「お前はさっきから休憩ばかりだろう!」
高架にかかっていた垂れ幕をそのまま読むと、即座にそんな言葉を返された。
……くそ。
そりゃ、確かに一服一服とヤツにたびたび停まってはもらった。
でもな。お前だって一緒になって吸ってたじゃねーか。
俺ひとりのせいみたいにだけは言うな。
「ほら。ちょうどあんだろ。次、寄れよ」
「……ったく。静岡へ行くまでに何度休憩する気だお前は……」
ちょうどよく見えて来た、富士川SAの案内看板。
それを指差しながら指示すると、なんともやる気のなさそうな返事が聞こえた。
……ま、別に気にするようなことじゃねーから、特につっこまないでおく。
「それにしても、また若い嫁さんもらったよなー。アイツ」
「そうか? だが、年はそんなに変わらなかったろう」
「いや、そーだけどさ。やっぱこー……アレだろ? 関係が若いじゃん」
「……関係?」
「だからー。嫁さんが実習生で来たときに、手ぇつけたんだろ?」
「…………ああ、そんなこともあったな」
俺は詳しくないが、同じ学園大附属高校に勤めているリーチによると、当時、まだ若手と呼ばれていたころに来た実習生と仲良くなっちゃった、ってことらしい。
つーかコイツ、本気で他人に一切興味ねーな。
そんなんで、よくもまぁ招待されたモンだ。
……ってことを言ったら『そんなもの義理でしかないだろう』と返事がきたから、相変わらずだなとしか言えなかった。
それにしたって、相手はぴちぴちの女子大生実習生だぜ?
だからまぁ……なんだ。何歳差だ?
…………まぁいーけど。
「……でもま、大人しそうに見えるヤツに限って、何かしらびっくりするようなことしでかすモンだよな」
「…………」
「……なんだよ。あ、アレだろ。お前もそのクチじゃねーか?」
「っ……何がだ」
「だってほら、いかにも! っつー感じじゃねーじゃん。……あ? もしかしてアレか? お前の彼女のほうが、実はよっぽど何かあるとか――……」
「う……るさい! 少し黙ってられないのかお前は!」
「あっれ、マジで。その反応とか、すっげぇ気になるんだけど。つか、マジ? マジで!? ちょ、おま、詳しく聞かせろって!」
「ッ……馬鹿!! 腕を取るな!!」
これまでそれなりに反応していたにもかかわらず、ここにきてあからさまに口をつぐみやがった。
その態度こそまさに『秘密保持』。
……つーか、ほんっとわかりやすいな。コイツ。
昔っから馬鹿正直っつーか、嘘をつけないっつーか。
数年前、コイツから初めて『付き合ってる彼女がいる』と聞かされたときはそれこそ天変地異の前触れかと思ったが、どうやら今でもその大事な彼女と続いているらしい。
……とはいえ、一度も会ったことはねーんだけどな。
なんでだかしらねーけど、紹介しろっつっても『嫌だ』の一点張りで。
ったく。
いくら俺だって、さすがにお前の彼女に手ぇ出したりしねーっつの。
「……ったく。ぶつけでもしたらどうするんだ!」
「なあ、お前アレは? 写メとかねーの?」
「………………ない」
「嘘つけ! 持ってんだろ、お前! ッ……もしかしてアレか。人様には見せられないような写真とか……!」
「馬鹿かお前は! そんなワケないだろう!!」
煽れば煽るだけ、出てくるんだよなー。コイツ。
減速レーンに入って、緩やかなカーブを道なりに進むと、さすがに曜日が曜日ってのもあってか、それなりに車が停まっていた。
そういや、高速に乗ること自体が久しぶりだ。
SAのなんともいえない活気めいた雰囲気が、ちょっと嬉しい。
……て、子どもか。俺は。
「あれ? なんだよ。お前も降りんの?」
「当然だろう。……何言ってるんだお前は」
散々文句タレてたから、てっきり何も用がないのかと思いきや、車を停めた途端いそいそと俺より先に下りて売店へ歩き始めた。
……なんだよ。
なんだかんだ言って、お前だって用足しすんじゃん。
早速煙草を取り出して喫煙所へ向かう姿を見ながら、つい噴きだしそうになった。
「……お」
停車している車の間を縫うように進むと、ちょうど目の前に黒のエボが停まった。
いいねぇ、この後ろ姿。
いかにもって感じの羽と、いかにもって感じのごっついリア。
たまに見ると若干羨ましくもなるんだが、自分の車に乗ってる状態ですれ違ってもあまり思わないから不思議だ。
コレはやっぱ、人間の心理ってヤツなんだろうか。
……いや、難しいことはわかんねーけど。
「……っと」
しげしげと見ながら横を通ろうとしたら、運転席のドアが開いた。
……あぶねーな。
せめて、後ろ確認してから開けろよ。
ぶつかったらどーすんだ? あァ?
そっちが無理矢理開けたクセに、あーだこーだ文句言うんじゃねーのか?
だいたい、こーゆー車に乗ってるヤツに限って、すげー目付き悪かったり、ごっつかったりであんまり――……。
「……え」
にゅ、と出てきた細い腕。
……だけじゃない。
先に持たれているのは、ヒールの靴で。
それこそ……いかにもってくらいの、女物。
「っ……な……!」
つい、大きな声が出た。
理由なんて、ひとことで済む。
運転席から降りて来たのが、紛れもなく葉山その人だったから。
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