どう言えばいいだろうか。
 この、驚きと興奮。
 ……いや、後者は誤解を与えかねないから、やめておく。
 それにしても、だ。
 なんつったらいい? この……ものすごく、見開いた目。
 偶然ってのが、こんなにもあっていいものか。
 正直、そんな所ばっかサービスしすぎだぜ、と神様につっこみを入れそうになる。
「……葉山?」
「っ……え……?」
 疑問になんて思っちゃいない。
 だが、口に出した名前は、恐る恐る確かめるかのように尻上がりだった。
「っ……あ、えっ!? 鷹塚先生!」
 ふわり、と軽いスカートを風になびかせながら振り返ったのは、間違いなくやっぱり葉山で。
 ……えぇええええ!?
 驚いた顔で口元に手を当てている彼女と、その隣にあるものごっつい黒エボとを、思わず何度も何度も見比べてしまった。
「おまっ……えぇえ? コレ、ひょっとしなくても今運転してたよな?」
「……あ……はい」
 びしびし、と人差し指を突き刺しながら訊ねると、まるで『見つかっちゃった、てへ』みたいな表情ではにかみながら小さくうなずいた。
 だがその途端、俺の中にあった何かがどーんと爆破されたような気になる。
 これまで、俺は葉山の愛車を見たことがなかった。
 理由は単純、彼女はいつもバス通勤だったから。
 だから、学校に車で来ることなんてなかった。
 しかーし。
 彼女がまさかこんな車に乗ってるなんて、誰が想像しようものか。
 見た目、いかにもかわいくて大人しくてのんびりしてるおねーさん。
 だからこそ、フツーはもっとかわいい車想像するだろ?
 確かに、あくまでも抱いてるイメージだけの話。
 なんの根拠もないといえば、ない。
 そりゃ、ないんだが……いったい誰が思うよ。
 かわいくて華奢な彼女が、めっさごっついエボを愛車にしていようとは。
「……うわー……。へぇ、エボか」
 苦笑を浮かべながら歩いて来た彼女を見てから改めてエボに向き直ると、なんかこうより一層圧倒的すぎる。
 話にすら聞いていなかったから、余計。
 まじまじ見つめると、エンジンが停まった直後のキンキンした音がときおり聞こえてくる。
 ……うーん。
 コレを今、間違いなく彼女が運転してきた。
 運転席から靴履き替えて降りて来たんだから、間違いないだろう。
 ……それにしても、コレを……この子が……か。
「………すげ」
「え?」
「いや。カッコイイだろー、コレは」
 うんうんと腕を組んだまま笑うと、驚いたように葉山が俺を見上げた。
「いや、だってさ。考えてみ? こんな華奢でかわいーいおねーちゃんが、こんなごっつい車運転してるんだぜ? ……うん。ギャップがイイ。たまんねー」
「っ……え! そんなことないですよ! あの、その……ただ、お下がりっていうだけなんですから」
「お下がり?」
「はい。姉の旦那さんが元々乗ってた車なんですけれど、去年買い換えたので……それで、貰ったんです」
 困ったように頬を染めて苦笑した葉山は、そう言って車を見つめた。
 だが、その眼差しは『単なるお下がり』ってモノじゃなくて。
 当然ながら、大事な愛車を見る目そのもの。
 ちょっとした誇りみたいなモンさえ、感じられる。
「コレで通勤すりゃいいのに」
「えっ!?」
「ほら。絶対子どもウケいいぞー。コレ。男子の間じゃ大人気間違いなし」
「や、あの……そんなことは……」
「いやいや、あるって。聞き飽きてるはずのウチのクラスの男子だって、未だに車の話すると食いついてくるし。そこを、このかわいい葉山先生がエボで現れてみ? ぜってー食いつくから。俺もだけど」
 下手したら、花山あたりは腰抜かすかもしれない。
 ふと頭にそんな姿がよぎって、思わず笑えた。
「で? 今日はドライブ、とか?」
 そもそも最初に聞かなければいけなかったこと。
 だが、ついつい『どうしてここに』よりもまず先に『その車はなんだ』が口から出て、聞くに聞けなかった。
 ……別に、忘れてたワケじゃ決してない。
「あ、今日は先輩の結婚式に行くんです」
「……結婚式?」
「はい」
 にっこり笑った彼女は、それはそれは柔らかい顔でうなずいた。
 俺とはまるで正反対。
 こっちは、思わず反射的に訝しげな顔になったから。
「鷹塚先生はどうされたんですか?」
「いや、どーもこーも。俺も結婚式、なんだけど」
「え! そうなんですか?」
「ああ。静岡駅前にある……なんつったっけ。ほら、今流行のハウスウェディングってヤツで」
「ええ!? 私もです!」
「うわ。そこまで一緒か!」
 どーなってるんスか、運命とやらを司る神様。
 そこまでカブんなくても、イイんじゃね?
 思わず『うわ』とか言っちゃった口を慌てて塞ぎ、ふるふる首を横に振る。
 だが、葉山自身もびっくりしたような顔で両手を口元に当てていた。
 ……そのとき。
「あ? ……あぁ、なんだよ」
「何じゃないだろう。……何をしてるんだお前は」
「お前には関係ない」
「…………やっぱり馬鹿なのかお前は」
「うるせーな!」
 葉山の向こうからやたら無愛想なヤツがくるな、とは思ったんだよ。
 そしたら、どーだ。
 リーチ、お前少しはその目つきやめれねーの?
 どっからどーみても、性格悪そうにしか見えねーぜ?
「………………」
「………………」
「え……高鷲先生……?」
「……何してるんだこんなところで」
「…………は?」
 まじまじと葉山とリーチが見詰め合ったかと思いきや、とんでもない言葉が聞こえた。
 『高鷲先生』だと……?
 いやいやいや、それどころか、リーチもリーチだぜ。
 お前のその言い方じゃ、まるで知ってるヤツみてーじゃねーか。
「え、ちょっ……ちょっと待て!」
「っ……なんだ」
「何じゃねーよ! はぁ? どーゆーことだ?」
 ばっ、と手を出してふたりの間を遮り、とりあえず葉山を背に回す。
 すると、訝しげな顔をしたリーチは、呆れた顔でため息をついた。

「どういうことも何も、葉山はうちの生徒だ」

「…………は……?」
「まぁ、正確には『だった』と付けるべきだろうがな」
 うちの生徒。
 ってことは……学園大附属高ってことか。
「え……お前、そうなの?」
「はい」
 首だけで振り返ると、うなずいてから『高鷲先生には、3年間英語を教わりました』と笑った。


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