……マジでか。
 つーか、ちょっ……ちょっと待て。
 だったらなおさら、疑問がある。
「リーチ」
「……なんだ」
「お前……葉山に手ぇ出したんじゃねーだろな」
「何?」
「んじゃ、なんでコイツを覚えてるんだよ! たかがイチ生徒だろ!? なのに、なんでパッと見て名前がすぐ出てくる!!」
 そもそも、お前は他人にまったく興味がないヤツだろうが!
 それなのに、なんで葉山のことだけはばっちり覚えてるんだよ!
 どー考えたって不自然だろ? おかしいだろ!
 しかも、高校なんてそれこそ何百人何千人規模のうちの、ひとりじゃねーか。
 よっぽど葉山が目立ちでもしないかぎり、コイツが覚えてるはずないのに。
「葉山は生徒会長だったんだ」
「…………は?」
「だから覚えている。それが何か問題か?」
 まさに文武両道の、な。
 そう付け足したリーチは、呆れて言葉も出ないとばかりにこめかみへ手を当てて目を伏せた。
 それを見て、葉山も苦笑しながらうなずく。
 …………生徒会長……だと?
 ってことは何か。
 それ以外のなにものでもない…………って受け取っていいんだな? お前。絶対だな!?
「…………ならいいけど」
「……どうして貴様が不満げなんだ。意味がわからん」
「別に」
 そうは言いながらも、どうしたって口が曲がる。
 面白くねぇ。
 まさか、このふたりが繋がっていたどころか、リーチにいたっては俺が知らない高校時代の葉山を知ってるなんて。
「……あ。この間はご馳走さまでした」
「いや……アレは俺じゃなくて……」
「いえ、高鷲先生から伝えてください」
「…………わかった」
「ッ……ちょっと待て!!」
 くす、と笑った葉山が小さな声でリーチに囁き、かつ、リーチはリーチで誤魔化すような咳払い。
 なんなんだその態度……!
 まるで『内緒』みたいなやりとりが、つくづく面白くなくて思わず手が挙がる。
「……だからなんなんだお前は」
「何じゃねーよ! この前!? この前ってなんだ!」
「……お前には関係ないだろう」
「ちょっと待てよ! あァ!? おまっ……今の話ぶりだと、当時どころか今でも葉山とやり取りがあるってことだろ!?」
「それがどうした」
「どうしたじゃねーよ! やっぱりお前っ……葉山に手を……!」
「ッ……しつこいぞ!」
 ぎり、と奥歯を噛みしめてリーチを睨みつけると、心底嫌そうな顔で手を振った。
 その顔!
 確かにその顔はまぁ嘘ついてる感じじゃねーけど、だったらなんだ! そのやりとり!
 すっげぇ気になる!!
「だいだい、お前はなんなんだ? 俺が葉山と関係があるのが、そんなに面白くないのか?」
「面白くねーよ!」
「……まったく。彼氏でもない貴様に、逐一教えてやる義務はないんだぞ」
「くっ……!」
 ぴしゃりと言ってのけられた言葉で、思わず何も言えなかった。
 あーそーだよ。そーだぜ? そりゃあな!
 でも、俺はこれでもコイツの元担任なんだぞ!?
 くっそ…………腹立つ!
「っち……!」
 舌打ちしてそっぽを向き、仕方なく話を打ち切る。
 これ以上はどうやらつっこめないっぽかったし、何より……葉山がくすくすと笑ったのが見えたから。
 ……お前がそういう顔するなら、まぁ、リーチとはなんでもねーんだろーけどよ。
 それでも、ぶっちゃけやっぱり悔しさはあった。
「ということは、葉山も同じ式場に行くのか?」
「はい。新婦さんが、大学時代の先輩なんです」
「ほう。なるほど」
 ……俺抜きで話すんなよ。
 そうは思うが、これ以上噛み付くといい加減リーチに『やっかむな、うるさい!』とかなんとか言われそうだから、黙っておく。
 大人だからな、俺は。
「…………」
 しかしながら、まさかここまで偶然に偶然が重なるとは思わなかったぜ。
 今日の目的地が一緒というだけでなく、まさか……リーチとも繋がってたとはな。
 改めて、話しているふたりを見ながら、なんだかものすごく不思議な感じはした。
 ……が、そんな様子を見ていて、ふ……とある言葉が思い浮かぶ。

 自分と関係の深い人間ほど、いろんな場面で偶然が重なる。

 いつだったか、それこそ学生時代にでも聞いたような言葉。
 買い物に行った先でたまたま会ったり、もう会えないと思っていたのにどこかでバッタリ再会したり。
 どれもこれも、それは縁が為せる業だと。
 たとえ1分違っただけでも、会わないかもしれない偶然。
 なのに――……コレほどの確率で重なって来るとは、これ如何に。
「……すげーな」
「え?」
「運命だな。俺たち」
「っ……」
 話が終わったらしく俺を見つめていた葉山の頭に手を置くと、それは驚いたかのように目を丸くした。
「だってそうだろ? もし、12年前。俺の赴任先が東小じゃなかったら、葉山と一生出会うことはなかった。今年だってそうだ。たまたまウチの学校の相談員に欠員が出たから、葉山が採用された。それに――……もし俺が今年異動してたら、こんなふうに再会することだってなかったんだ」
「それは……そうですね」
「偶然だとしても、すげーおもしれーよな」
 に、と笑うとそれを見てか、葉山も嬉しそうに笑ってくれた。
「鷹塚先生と、こうして会えて嬉しいです」
「お。嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「もちろんですよ。……だって私……去年、すごくショックだったんですから」
「ん?」
「だって、私がなりたかったのは……鷹塚先生と同じ、小学校の先生だったんです」
「そうなのか?」
「はい。5年生のとき鷹塚先生に会って、先生になりたいって思ったんです。それで教育学部に入って……でも、去年、採用試験で落ちてしまって」
「……そっか」
「すごく悔しくて……でも、当時からお世話になっていた適応指導教室の先生が、東小で相談員を募集するってお話を教えてくれたんです」
「へぇ」
 彼女の夢は、知ってる。
 ただ、それはあくまでも12年前の時点での話。
 ……そっか。ずっと同じ夢持ってくれてたのか。
 改めて本人の口から目標を告げられて、内心ものすごく嬉しくなる。
 俺のようなヤツを見てでも、教師になりたいと思ってくれた。
 それは、やっぱり何よりも今教師をやっていてよかったと、自信を持たせてもらえる言葉だ。
「適応、今も行ってるのか?」
「はい。月木は東小ですけれど、火金は適応指導教室で指導員をしてます」
「今の専任ってさ、山崎先生だろ?」
「ご存知なんですか?」
「あのセンセ、エロトーク大好きだから気をつけた方がいいぞ? 飲み行くと、いっつもそのテの話しかしねーから」
「あはは。……やっぱりそうなんですか?」
「うわ。もうすでに知ってるのか!」
「適応指導教室へは、一昨年から行ってますから」
「……そーか。気をつけろよ? 葉山。かわいいんだから」
「え! そ、んなことは……」
「いやいやいや。ほかの指導員はまぁ知らねーけどよ、少なくとも葉山は危ない。ふたりきりになるなよ?」
「気をつけます」
 くすくすと苦笑交じりにうなずかれたが、果たしてどこまで本気に受け取ってもらえたのやら。
 ……今度、山さんに会ったらひとこと言っとかねーとな。
 葉山は俺の教え子だから、って。
 それが多分、何よりの護符代わりになると思う。
「……貴様が言うな、と思うがな」
「っるせーな!」
 ぼそりと聞こえたリーチのつっこみへ、キッと睨んでおく。
 だが、まったく俺を見ずに缶コーヒーのプルタブを開け、やっぱりそ知らぬ顔で口づけた。
「それじゃ、そろそろ行くぞ」
「あ? ……って、俺一服してねーし」
「あ。私も、お茶……」
「……何?」
 あ、と口にした途端、それはそれは性格のよく出ている顔で睨まれた。
 あのな。そーゆー顔すんな、っつってんだろ。
 性格悪すぎだぞ、お前。
 よくもまぁそんなんで彼女が見切りつけねーもんだな!
 菩薩か! お前の彼女は!
 二次元とかじゃねーだろな!
 ……いや、あながちなくもない。
 コイツがそのテの方面に詳しい記憶はなかったが、もしかしたら……大学時代から社会人にかけて、どっぷりハマりこんだのかも……。
 あ、わかった。
 それでお前、俺に彼女紹介しねーんだろ。
 ははーん、なるほど。
 そりゃ、したくでもできねーよな。二次元じゃよ!
「ちっと待ってろ!」
「3分で済ませ」
「っ……してやんよ!」
 びし、と指さして葉山とともに売店方向へ足を向け、思い切り口を横にのばしてやる。
 手こそ繋ぎはしなかったが、一緒に小走りで向かったときふいに目が合い、どちらともなく苦笑が漏れた。
「…………貴様のほうが、俺よりよっぽど仲良すぎじゃないのか」
 ぼそりとリーチがそんなことを呟いたらしいが、俺にはすでに届かなかった。


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