「……しっかし、でけー式場だな」
静岡駅に近づくにつれて見えてきた、いかにも『洋館』めいた建物。
駐車場に停めて車を降りると、一層規模の大きさを実感する。
一時期から流行だしたこのテの場所での結婚式は、これまでに割と行く機会が多かった。
……ま、そりゃそうだよな。
俺の周りで結婚してないの、そろそろ限られて来たし。
とはいえ、別に焦ってまで結婚したいとはコレっぽっちも思っちゃいないが。
「……お」
入り口へ足を向けると、まだ普段着の葉山が先に入り口へ向かったのが目に入った。
…………。
……いいよな、若いって。
普段着とはいえ、ひらひらとわずかな風にも動きを見せる素材のスカートと、背中にもリボンがあしらわれているカットソー。
かわいいよな、ホントに。
ドアから中へ入る瞬間見えた、笑顔の横顔。
それが眩しく見えて、一瞬眩暈がした。
「ご結婚おめでとうございます」
「ありがとー。来てくれて、すごい嬉しい！」
待合室でのウェルカムドリンクを受け取りながら、華やかなドレス姿で現れた新婦を取り囲む大勢の人々。
鮮やかな色とりどりのドレスなので、間違いなくは『新婦ご友人席』に座る人間だろう。
……お。
さっきまでとは違うブルーのドレス姿の葉山を見つけ、思わず目がそこへ惹き付けられた。
鮮やかな深い色の、青。
それとは対極にある、ふわふわした素材の白いボレロを羽織っていて、頭にはパールのカチューシャ……と。
うん。
パーフェクト。
どこからどう見ても『品のいいお嬢さん』という雰囲気そのもので、独り腕を組んでうなずく。
……あー、ダメだ。
これじゃ俺、親戚のおっさんのひとりみてーじゃん。
『若い子はいいよな』とかうっかり口が滑りそうになり、なんとも物悲しくなる。
「っ……ンだよ」
「お前、さっきから葉山しか見てないだろう」
「なんだよ。別にいいだろ？」
「それは構わないが……手を出すなよ」
「っ……なんでお前に言われなきゃなんねーんだよ」
「当然だろう。あの子は俺の教え子だぞ」
「馬鹿ゆーな！ お前より先に、俺のほうが“恩師”の座はいただいてるっつの！」
早くもウーロン茶を飲んでいるリーチにつっこまれ、小声でしっかり訂正してやる。
けど、しょーがねーだろ、かわいいんだから。
つか、そーゆーお前こそ見てんじゃねーか。
ダメダメ。アイツだけはダメだ。
つか、犯罪だからな？ お前。
何歳年下かわかってんだろ？
ぜってー手ぇ出すなよな。
「わかったか、犯罪者！」
「っ……誰が犯罪者だ！ 馬鹿者！！」
「あ？」
「こういう場所でシャレにならないようなことを言うんじゃない！」
「……お前何かしたの？」
「っ……してないから言ってるんだろうが！」
「いやいやいや。その慌て方はあぶねーぞ？」
「うるさい！ そもそも、お前のほうがよっぽど犯罪者顔だろう！」
「うるせーな、余計なお世話だ！」
「お前のようなヤツが教職などについているから、クレームが多いんだぞ！」
「っ……俺は関係ねーだろ、馬鹿！ そもそも、俺はクレームなんぞもらったことねーっつの！」
「なんだと！？」
「なんだよ！！」
「……お前ら落ち着けよ。とりあえず」
「だっ……お前、ちょ、聞けよ！」
ぽんぽんと友人にたしなめられるが、ここまでヒートアップするとなかなか納まりがつかず。
結局、そのままの状態で第２ラウンドに――……。
「……俺の式なのに」
「う」
「わ」
ぼそりと低い声が背後から聞こえて振り返ると、ものすごいジト目をした本日の主役が居た。
……うわ。
すげぇ気まずい。
「……悪い」
「すまない」
ぺこり、とふたり揃って頭を下げると、周りからくすくす失笑が若干聞こえた。
……あーあ、やらかした。
「っ……」
ため息混じりに頭を上げたとき、葉山もこちらを向いて小さく笑っているのが目に入って、軽く頭が痛くなる。
……あーもー……。
威厳ってヤツが吹っ飛んだな。今ので。……間違いなく。
「……はー」
「ソウ、もうじき挙式始まるぞ」
「わーってる」
さすがに待合室で煙草を吸うことはできないので、中庭の喫煙スペースに出ての一服。
相変わらずなんだかんだ言って面倒見のいいリーチが声をかけてきたが、うなずいてから煙草をくわえる。
「…………」
人の結婚式に参列するのは、何度となくあった。これまでも。
そろそろ落ち着くんだろうが、もしかしたら今度は逆に教え子が結婚するようになるのかもしれない。
……自分よりも先に。
そう思うと切なくもなるが、初めて受け持って卒業させた児童らは今年23になる。
ということは、早ければそろそろ……なんてヤツが出てもおかしくはない。
「………………」
……あのとき、なんで結婚したんだろうな。
29になった夏、思い立ったかのように突然結婚式を挙げた。
考えてみれば、あのころ学生時代の友人や地元の友達が徐々に結婚し始めたころだったんだよな。
波が立ち始めた。
だから、乗りたかった。
『お前らしいよ』
結婚を決めたとき友人らに告げたら、そんなセリフが返って来たモンだ。
確かに、俺らしいと言えばらしい。
……ま、その同じセリフを離婚したときにも言われたんだけど。
友人の知り合いで出会った、元カノというか元嫁。
嫁っつっても嫁らしいことは何ひとつしてもらわなかったし、実際、実家に連れて行ったのもあいさつで行った一度きり。
母親はもう顔も覚えてないらしく、名前も最近危うくなっていた。
基本、ノリで付き合った女。
顔が好みで、身体の相性も悪くなかった。
……でも、違ったんだよな。
結局、新婚旅行に行くまで一緒に寝起きをともにすることがなかったせいか、わからなかったんだよ。
アイツが家事らしいこと何ひとつできなかったし、やりたくないヤツだってことを知ったのは、新婚旅行先で。
それまでも、泊まりに行ったこともあったし、ウチに泊まったこともあった。
でも、ヤることヤったけど食ったメシは……そういやファミレスばっかだったな。
アイツは一度もキッチンに立った覚えがない。
……あ、ないな。マジで。
今になってみればわかるが、ゼロだ。
つか、やかんで湯を沸かすことすらしなかった。
その点、俺のほうがまだ若干家事はできてたほうだろう。
学生時代からずっと独り暮らしだったし、自炊もそこそこしてたし。
あー、ホントなんで結婚したんだろ。
あの式の金、車に回せば相当弄れたのに。
「鷹塚先生」
「ん？」
「そろそろ始まりますよ？」
「サンキュ」
ギ、とガラス張りのドアが開いて、ドレス姿の葉山が姿を見せた。
俺の周りには世話を焼いてくれる人間が多いな。
……だから俺が成長しねーのか。
思わず、さっきのリーチとダブってしまい、小さく笑いが漏れた。
「葉山は、結婚式参列するの初めてか？」
「っ……どうしてわかったんですか？」
「いや、なんとなく」
さすがにその年で友人の式に参列するってこともまだ多くないだろうと踏んでの言葉だったんだが、どうやらドンピシャだったらしく、まるで超能力者でも見るかのように目を丸くした。
「結婚式って、いいですね」
「そーか？」
「なんだか、すごく……すごく、幸せな気持ちになります」
おすそわけをいただくみたいですね。
あまりにも素直というか純粋なセリフとともに微笑まれ、つい目を見張っていた。
……うわ、すげぇ純粋。
祝儀が飛ぶとしか浮かばなくなってきた俺と違って、彼女は本当に『おめでとう』と主役の幸せを願って参列している。
その差を実感して、不謹慎だなと多少は自分を律しようと思った。
「……ん？」
煙草を消し、代わりにポケットに入れていた粒ガムをひとつ口へ放る。
何やら、今までとは若干違う視線。
というか、『あ』とまるで何か言いかけたことを飲み込んだように見えて、促がすような表情に自然となる。
「その……スーツ姿も、ステキですね」
「っ……マジで？ 葉山だけだぞ、ンなこと言ってくれんの。サンキュ」
えへへ、とまるではにかんだかのように笑われ、悪い気はしない。
そーかそーか。
つか、『も』ってあたりがミソだよな。
てことは、普段のあの板に付きまくってるジャージ姿も悪くないって意味だろ？
あー、やっぱプロは違う。
人の喜ばせ方をきちんと理解してんな。
「ほかの連中は、散々『七五三』とか言うんだぜ？」
「そんなことないですよー！ ……あ。でも、ちょっとだけネクタイが……」
「あ、やっぱ？ ダメなんだよな、俺。学生ンときから、うまく結べねーんだよ」
ネットとかできれいな結び方を見つけて四苦八苦しながらやったんだが、当然自分でも気に入ってなかっただけに、他人から見たらひどいのは明らかなはず。
ため息混じりにネクタイを外し――……あれ。
どっちが上に来るんだっけな。
まず、その時点で眉が寄った。
「……あの。私でよければ結びましょうか？」
「マジで？ できんの？」
「はい。姉に教えられました」
おずおずと両手をこちらに伸ばした彼女に、目が丸くなった。
そういや、お姉さんいたんだったな。
受け持っていないので記憶にはさっぱりないが、恐らく彼女に似た人なんだろう。
「相変わらず、なんでもできるな。お前は」
「そんな、なんでもはできないですよ？ ただ、結べたほうが、その……いざってときに役に立つから、とか言われて」
「確かに。今はその『いざってとき』で間違ってねーぞ」
「あはは。かもしれないですね」
長くて細い指が、ネクタイを弄る。
弄る、という表現は違うか。
俺よりもずっと手際よくさばかれているようで、音が違った。
「キツかったら言ってくださいね」
「おー」
上目遣いに見られ、目線だけを下げて返事らしきモノを返す。
……久しぶりに近くで見たな。
相変わらずきれいかつ上品に施された、控えめなメイク。
でっ。
ぷるぷると柔らかそうな、光を纏った唇。
……いい女になったな、ホント。
つい目線がきれいな顎のラインから首筋、鎖骨へと落ち、うっかり胸元へ行きそうになって慌てて戻す。
あぶねーな。
どこ見てんだよ、こんなときに。
「…………」
「……っと……」
シュ、という小気味いい音が耳に届く。
ついでに、その息遣いも。
……あー。
結婚したら、本当はこんなふうにされたりすんだろうな。
いわゆる、新妻。
甘い甘い時期をすごすなら、こーゆーできた嫁じゃねーと無理ってことか。
「はい、どうぞ」
「……お。サンキュ」
「苦しくないですか？」
「ああ。全然問題ない」
ようやく笑みが戻った葉山に、うなずきながら笑みを見せる。
「っ……」
「サンキュ。助かった」
「いえ、そんな……」
ふ、と頭に手を伸ばしかけて、そこにあるカチューシャを見て手を止める。
きれいな長い髪。
普段ハーフアップで纏められているせいか、こんなに長いとは思いもしなかった。
いや、若干纏められてはいるんだが。
「瑞穂ー、行くよー」
「あ……」
先ほど彼女が出て来たドアから、どうやら知り合いらしい女性が顔を出した。
見ると、ガラス張りのその通路をハレの格好をした人間が列を成して歩いていく。
「行くか」
「はい」
とん、と肩を叩いて顔を覗くと、すぐ近くでにっこりと笑みをくれた。
その笑みに少しだけ昔の面影を感じて、ついなんともいえない懐かしさからか、こっちも笑みが漏れた。
