厳かな雰囲気の中、チャペルでの挙式は進んでいた。
 賛美歌と、結婚の宣誓。
 そして、指輪の交換。
 いつも思うんだが、どうしてこの場に居る神父はカタコトの日本語なんだろうか。
 ふつーに喋れるんだろうが、べらべら日本語で喋ったらそれっぽくないから敢えてカタコトを装っているのか。
 はたまた、本気で喋れないのか。どっちなんだろう。
 『チャペルの神父って、だいたいがバイトなのよ。しかも、たまにヘッタクソな英語喋るのがいるのよねー。参列者がわからないと思って馬鹿にしたような英語で。一度私、説教したことあるわ』
 以前、お世話になった英語の先生がとある有名ホテルでの裏事情を教えてくれたせいか、チャペルでの挙式が輝いて見えなくなったんだよな。
 そんでもって、毎度毎度、俺が参列する結婚式ってのはチャペルでのスタイル。
 ……つってもま、俺自身も挙げたときはチャペルだったんだけど。
 それが当時の流行だったと言えばそうなんだが、もし次に挙げることができるのであれば、友人らが散々やって来たチャペルではないスタイルにしたいと思う。
 目立ちたがりで、人と同じが嫌な性格。
 だからこそ、ここまで周りがチャペルばかりだと、逆に誰もやってないトコでしたくなるんだよな。
 天邪鬼。まさにソレ。
 ……そういや、神前式とか行ったことねーんだよな。
 あー、いいかも。
 こういう顔のせいか、袴が似合うらしいから。
 ……ま、決して褒め言葉じゃないのは確かだが。
「…………」
 賛美歌斉唱のために起立し、歌詞が書かれた式次第を手に取る。
 新婦側の列席者である、葉山。
 真剣に式次第を見つめて歌詞を口ずさむ姿がバージンロード越しに見え、つい歌うのを忘れてそちらに目が行く。
 ……アイツ、似合うんだろーな。
 何がって……白いドレスか。
 ふと、頭の中では白いヴェールを冠った葉山が居た。
 きれいな肌は、ドレスに負けることのないほど無垢で白く眩しくて。
 ……あーーー。
 ぜってぇきれいな花嫁だよな。
 間違いなく。
「…………っ……」
 なんてある意味不謹慎なことを考えていたら、賛美歌斉唱が終わった。
 やべ。俺今日ここに何しに来たんだ。
 もし集中してなかったって知られたら、多分怒られる。
 お前、ホントに祝う気でここに来たのか、って。
 ……やべやべ。
 こほん、と小さく咳払いして誤魔化し、式次第を畳んで元の場に戻す。
 いよいよ、1番の見せ場でもある参列者が最初に参加する儀式めいたモノ。
 いわゆる、新郎新婦退場後に行うライスシャワーでの祝福だ。
 つっても最近では、米ではなく花びらを渡されることのほうが多い。
 あとは、羽とか。
 そのへんはまぁ主役によって多少異なるんだが、昔のように米粒を撒くってことはなくなってきたように思う。
 それも最近の流行といえば流行なんだろうが。
「……お前、またぼーっとしてたろう」
「ばーか、何言ってんだよ。ちゃんと歌ってたろ?」
「そうか? 途中からまったく声が聞こえなかったぞ」
「感動してむせび泣いてた」
「…………よくもまぁ平気で嘘をつくものだな」
「うるせーな」
 ため息混じりに呆れられ、ち、と小さく舌打ちを返す。
 つーか、いちいち気づきすぎだお前は。
 じゃあ何か? お前は、ペッラペラの英語でオペラ並みに英語歌唱したのか?
 背を正していかにも『真面目』な顔つきをしているリーチを見ながら、小さく毒づく。
「こちらで、おふたりを祝福してさしあげてください」
「……あー、どうも」
 チャペルから中庭へ伸びている階段。
 そこの新郎側へ並んでいたら、かごを持ったキャストにひと掴みの花びらを渡された。
 淡いピンクのバラの花びらと、濃い紫の小さな花びら。
 うっかり握り締めてしまうと色づいて固まってしまいそうなコレが、実は結構苦手だったりして。
 ……うまく上に投げれねーんだよな。
 前回参列した挙式では、うっかり花婿に投げつける形になってあとで怒られたモンだ。
 まぁ、新婦じゃなくてよかったけど。シャレにならん。
「お」
「見ろよ。すげー澄ましてんぞ」
「どーしよっかな。投げつけてやんかな」
「馬鹿、お前それ前回鷹塚がやったって」
「あ、そっか」
「……ちょっと待て。別に俺は故意でやったわけじゃない」
「いやいやいや、あてつけだろ? アレは」
「ちげーよ!」
 階段の最上段に現れた新郎新婦が、ゆっくりと頭を下げてから一段ずつ降り始めた。
 途端、新郎新婦どちらの列席者ともなく『おめでとう』と声をかける。
 同時に空を舞う、幾つもの花びら。
 今日は天気がよかったこともあって、一層きらきらと映えて見える。
「おめでとー!」
「よかったなお前ー!」
「がんばれよー!」
「よっ! ケンジ!!」
 各々太い声で祝福しながら、手にしていたフラワーシャワーを主役へ注ぐ。
「あ」
 そのとき、俺の隣のヤツがひと握りの塊と化した花びらを花婿の頭に乗せた。
 ワザとじゃないのは、見てたからわかる。
 ……だが、きれいに弧を描いて空を舞ったソレが、ぽふんと拍子抜けするほど見事に乗ったんだよ。
 本人気付いてんのかな。
 笑顔を振りまきながら頭を下げつつ階段を下りて行く新郎を見ていたら、まったくその素振りが伝わってこず、ごくりと喉が鳴った。
「……あーあ」
「出たよ、鷹塚アピール」
「えー! やべぇ!」
「あーあ。しーらね」
「……ちょっと待て。人の名前を勝手に使うな」
「しょーがねーじゃん。アレは事件だぜ、事件」
「失礼だぞ!」
 どいつもこいつも、しれっとした顔で言いやがって。
 だいたい、事件ってなんだ。
 アレは間違いなく偶然の産物だっつの。
「これより、新婦によるブーケトスが行われまーす。どうぞみなさま、階段下中央へお集まりください」
 丁寧なアナウンスで、一同が階段下へ降りる。
 そして、ご指名を受けたかのように華やかなドレス姿の女性らを取り囲むように、ギャラリーで壁ができあがった。
 華やかなドレスを着てるのなんて、大半が新婦友人。
 その中に、当然ながらも葉山が含まれているのを真っ先に見つけ、思わず口元が緩む。
 ブーケトス。
 俺は何度となく見てきたが、葉山はこの結婚式が初めての列席だと言っていた。
 ドラマなんかでも目にするシーン。
 それのリアル版とあっては、わくわくして当然。
 にこにことそれは嬉しそうに満面の笑みで隣の女性らと話し合いながら、まさに憧れの眼差しで階段の中ほどに居る新郎新婦を見つめている。
「……若いっていいよな」
「…………ついに頭までキたか」
「うるせーな!」
 ぽつりと思わず呟いてしまい、うっかりリーチに拾われた。
 それにしても、ついにってのはなんだ。どういう意味だお前。
 悪かったな、急にガラでもねーこと口走って。
「それでは――……お願いします!」
 司会進行役の女性が、マイクを握り締めて大きな声をあげた。
 こちらに背を向けた新婦が、新郎に身体を支えてもらいながら両手で握り締めたブーケを……放る。
 きれいな投げ方だな。
 ホームビデオの投稿番組なんかでよくある爆笑シーンにはならず、宙を舞ったそれが悲鳴めいた声をあげている女性陣の中へ落ちて行く。
 トス、トス、レシーブ。
「え」
「……ぶっ!! あははははは!! なんだよお前! つか、何受け取っちゃってんの!?」
「あははは! うわ、ウケる! おめでとー、鷹塚! 結婚できんぞー」
「よかったなー」
「おめでとー」
「つか、レアケースだなマジで。お前、ほんっと神様ついてるよ」
「っ……ちょ、待て!!」
 取り合いのようなモノのせいで、ぽん、ぽん、と弾かれた純白のブーケ。
 それが、よりにもよって俺の顔めがけて飛んできたから――……手が出るのは仕方ないだろう。
 ……いや、やっぱ仕方なくなかったのかもしれない。
 友人らに大爆笑される中、目の前の女性陣がなんともいえない微妙な表情を一斉に浮かべた。
「……ソウ。ここはお前、空気読むところだろう」
「…………悪かったな」
「あはははは!! 謝っちゃうんだ! 謝っちゃうんだそこ!!」
「ぶふっ!! いつもなら、ちょーキレてんのに!」
「っるせーな……!」
 まじまじとブーケを見つめていたら、リーチがぼそりとつっこみを入れた。
 悪かったな、ああ、ああ悪かったよ!
 俺だって反省してるっつの!
「あらー、これは珍しいですね。ええと……新郎ご友人でらっしゃいますか?」
「……鷹塚。お前、もうちょっとないの?」
「だから、悪かったっつってんだろ!」
 司会が新郎にマイクを向け、ため息混じりに見下ろされてつい出たのは謝罪。
 さすがに、こんだけの人間が見てる前でキレるわけにはいかない。
 コレでも大人。イチ教師。
 教え子が見てるのに、失態は見せられない……ってまぁ、もうすでに見せてるよーなモンだが。
「…………」
 仕方なくブーケを手にし、ため息ひとつ。
 だが、することなんて決まってる。
「っ……え……」
 目の前で同じように驚いた顔をしていた葉山の元まで無言で進み、片手を掴む。
「やるよ」
「で、でもっ! せっかく受け取ったのに……」
 困ったような葉山のセリフで、またもや友人らが思い切り噴き出すのが聞こえた。
「いーんだよ。つか、俺が持ってたってしょーがねーだろ。頼むから。……俺を助けるためにも貰ってくれ」
 ごにょごにょと耳元で囁き、改めて顔を見てから『な?』と念を押す。
 もちろん、ブーケをしっかりと両手で握らせてやりながら。
「……ありがとうございます」
「いーえ」
 ほんの少し頬を染めながら微笑んだ葉山は、素直にきれいだと思った。
 今日の主役より、目立ってんな間違いなく。
 ……なんて、もうひとりの主役に言ったら絶対怒られるだろうけど。
「あらあらっ、ステキなブーケトスが行われましたね。みなさま、拍手をどうぞー」
「ステキな、だって……!」
「やべ、苦しー! 腹痛ぇ!」
「鷹塚お前、サイコー」
「うるせーよ!」
 まず、やることがひとつ決まった。
 ……コイツらに1発ずつ。
 げらげらと笑われながらも必死で堪えた俺は、それなりに大人の対応ができただろう。多分。
「鷹塚ー。お前、人の式でナンパすんなよー」
「っ……してねーよ!!」
 階段上から聞こえた声で、思わず反射的にデカい声が出る。
 ……あーー。
 くそ! つか、馬鹿!! お前のせいで、また笑われたじゃねーか!
 いくら相手が本日の主役とはいえ、友人であることに変わりはない。
 だから、お前もあとでヤる。
 隠れた場所で、こっそりと。
「それでは今ブーケをお受け取りになられました、葉山様。そして、鷹塚様。どうぞ、中央へもう1度お越しください」
 新郎新婦が階段下へ降りてくると、司会の女性が俺と葉山を呼んだ。
 ……なんでだよ。もういーだろ。
 どこかからくすくすと笑い声が聞こえて来た気がして、ため息が思いきり漏れる。
「っ……押すな!」
「ほらー、呼ばれてんぞー。早く行けよー」
「そーだぞー」
「お前らは小学生か!」
 口元に手を当ててワザとらしい声を出され、思わず睨みつける。
 あーったく、男ってのはいつまで経ってもホントにガキだな。
 どうしてもウチのクラスの男子とダブって、なんだか情けなかった。
 ……ってまぁ、恐らく俺も他人からすれば同じようなモンなんだろうが。
「おふたりとも、どうぞ新郎新婦のお隣へお越しください。記念ということでお写真を撮らせていただきます」
 だったら、なおさらどうして俺まで。
 つっこんでしまいそうになるのを必死にこらえ、新郎の隣へ並ぼうとすると、新郎までもが肩を揺らした。
「お前なぁ」
「……なんだよ」
「お約束過ぎ」
「うるせー!」
 くっくと笑われ、思わず舌打ちが出る。
 デカいカメラを携えたスーツ姿の男性が正面に立ち、『笑ってくださいねー』とありきたりなセリフを口にするが、笑えと言われてそう簡単に笑えるほど――……まぁ記念写真は撮られ慣れたけど。
「っ……」
 フラッシュが何度か焚かれ、ようやく『ありがとうございました』と言葉が聞こえた。
「おふたりとも、どうもありがとうございました。それではみなさま、今一度新郎新婦に大きな拍手をどうぞお願いいたします」
 頭を下げてからそこを離れ、拍手とともに元居た場所へ戻る。
 そのとき、ちょうど向こうに葉山が並び、拍手しながら目が合った。
「…………」
「…………」
 お互い、浮かぶのはなんともいえない笑み。
 それでも、葉山の手の中に先ほどのピンクのバラと白いカーネーションのブーケが収まっていて、より一層笑みが漏れた。
 やっぱ、似合うな。
 ……お前ならそうだと思った。
 無意識のうちにそう思っていたのは、多分クセのようなモノだったんだろう。


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