挙式後、盛大な披露宴が行われた。
 友人らによる出し物はなかったが、親族によるちょっとしたカラオケがあって、どこか昔ながらの披露宴めいたモノ。
 花嫁から両親への手紙では、なぜか途中新郎が泣き出してしまい、そっちを慰めてやりながら新婦が手紙を読む姿は逆に感動を呼んだらしい。
 ぺこりとふたりが頭を下げると、今までにない大きさの拍手が沸き起こった。
 花束贈呈と、新郎の父からの感謝の言葉。
 ……あー……。
 なんか、どれもこれも俺の式のときには省かれまくってたモノばかりだな。
 今になってなぜか思い出す、自分の結婚式。
 友人らメインで呼び、従兄弟などの親しい親族しか呼ばず、あとになってものすごく怒られた。
 結婚はふたりだけのものじゃない、家と家との結びつきなんだ。
 当時は若かったこともあってンなこと知ったこっちゃないと思っていたんだが、やっぱり非常識だったよな。
 ……家の結びつき、ね。
 当然式には両親も出席していたが、父親は『こんなフザけた結婚式では恥ずかしくて礼など言えない』とあいさつを拒否。
 仕方なく俺が簡単に済ませた。
 あー……親父、もしかして今でもそのせいで怒ってんのかな。
 俺が帰省するたび姿を決して見せないのは、恐らくその件があったせいなんだろう。

 お前の顔などもう見たくもない。
 どれだけ教師という立派な職を持っていても、人としてまったくできてないだろうに。
 情けないヤツめ。

 昔から頑固一徹できたってのもあるんだろうが、式後のそのセリフを境に親父と本当に顔を合わせることがなくなった。
 一昨年の正月に帰ったときは、海がシケで大変だってのにわざわざ釣りに行くという暴挙に出たほど。
 そのせいもあって、どんどん足が遠のいた。
 俺が帰らないほうが、親父には都合がいい。
 盆暮れ正月が近づくたびに母親から『帰ってこないの?』と電話があるが、言葉を濁して結局帰らないのはやっぱりそれが一番大きいんだろう。
 ……俺のせい。
 年を経るごとにその思いがどんどん強くなっていく。
「…………」
 ……すげー親不孝したんだもんな。間違いなく。
 この話を第三者から聞いたとしたら、恐らくハナからそう言っている。
「かんぱーい!」
「おめでとー!」
 1次会が終わって重ための引き出物を受け取ったあと、向かったのは2次会の小さなレストラン。
 先ほどまでの形式ばった雰囲気からは一変し、最初からカジュアルな雰囲気で始まった。
 幹事役の友人らが考えた、ビンゴゲームと新郎新婦クイズ。
 人数もそれほど多くなかったことがあって、まるで学生時代のノリのようだった。
「――……それではここからは、新郎新婦による出しもののスタートでっす!」
 しばらく飲み食いをしながら友人らと珍しく仕事の話で盛り上がっていたら、大声とともに拍手が沸き起こった。
 雰囲気の違うそれに話をやめ、そちらを見る。
 先ほどまでのタキシードとドレスではなく、もっとカジュアルなスーツ姿。
 新婦は先ほどまで友人らが着ていたようなドレスだったが、逆に葉山も含めた友人らはドレスではなく平素な服に着替えていた。
 俺はというと――……まだスーツ。
 しょーがねーじゃん。着替えンの面倒くせーし。
 もう十分煙草臭いのは承知してるから、敢えてどうとも思わない。
「それでは今から、2次会deねるとんを始めたいと思いまーす!」
 マイクなしの、新婦の声が室内に響いた。
 ……ねるとん。
 うわ、すげー懐かしい言葉だな。
 つか、それこそ若い人間は知らねーんじゃねーの?
 ふと昔テレビでやっていた番組が頭に浮かび、苦笑が浮かんだ。
「最初に、みなさんに配った番号があると思います。実は!! その番号をお持ちの方は、現在独身のかたのみとなっていまーす」
「……番号なんて貰ったか?」
「馬鹿、貰ったろ! なんだよ。もうなくしたのか?」
「いや、そーゆーワケじゃ……」
 スーツのポケット内を叩き、内ポケットも含めて探る。
 ……あ。コレか。
 尻ポケットに入っていた、安全ピンの付いているハート型の小さなプレート。
 そこに『24』と書かれていたので、恐らく間違いないだろう。
 今はもう、ここにリーチの姿はない。
 アイツは披露宴が終わると、宣言どおりとっとと冬瀬まで帰っていった。
 ……今ここにアイツがいたら、散々馬鹿にしてんだろーな。きっと。
 嫌味たらたらの馬鹿にした顔が一瞬目に浮かび、緩く首を振っていた。
「この2次会で出会いがほしい! という方は、そのプレートを胸に付けてください。これから携帯を使ってできるゲームをするんですが、そのゲーム中も含めて、プレートを付けている人にはアタック可能とします!」
「……またすげー企画思いついたな」
「アイツそーゆーの好きだからなー」
 嬉々として話している、新郎新婦。
 どちらも息巻いていて、力が入ってるのがわかる。
「どーする? 付け……って、はえーな」
「いーじゃん別に。ほら、鷹塚も早く付けろよ」
「……えー」
「なんでだよ! いつもなら真っ先に乗るクセに!」
「なんかなー。……まぁいいけど」
 別に俺、出会いを求めて2次会に来たワケじゃねーんだけど。
 ただまぁ、これから始まるのは全員参加のクイズだというので、そこまで『くっ付けよう』色が濃くない分、仕方なくピンを左胸に刺した。
 ……だが、友人ら数名。なぜか気合が入っている。
「……すげーな」
 正面に用意されたデカいプロジェクターに映し出された、まるでクイズ番組のようなタイトルに小さく笑いが漏れた。
 すげー凝ってんな。
 そういえば、先日新郎が『2次会楽しみにしてろ』と不敵な笑みを浮かべていたのを思い出し、ああコレがそうだったのかとようやくわかった。
「みなさん、お手持ちの携帯電話でプレートと一緒に配布したQRコードにアクセスしてくださーい」
「……そんなの貰ったか?」
「貰っただろ」
 お約束でもう1度聞くと、呆れながら友人が小さな紙を見せてくれた。
 そこに印刷されているQRコードを読み込む……と、サイトに繋がる。
 真ん中に現れた『スタート』ボタンを押し、恐らくコレで準備完了ってヤツなんだろう。
 正面に居る新郎新婦へ、顔が向く。
「それではこれより、クイズを始めたいと思いまーす! ちなみに、個人戦ですのでー」
「なお、上位3位までは商品が出ますのでがんばってくださーい」
 ふぅん、とうなりながら携帯を見つめていると、プロジェクターに映し出された数字が『20』から『25』まで増えた。
 恐らく、アレが参加人数。
 揃ったのを確認して、ぱっとプロジェクターの画面が4択クイズに切り替わった。
「正解だと思う番号を選んで、携帯でクリックしてくださいー」
 どこかの番組で聞いたかのような、BGM。
 ……コレ、なんだったっけな。
 今のクイズは『この写真の中で赤ちゃんだったころの新郎はどれでしょう?』なのだが、頭はすっかりBGMのほうを考え始めていた。
「へぇ。すげーな」
 プロジェクターの4枚の写真の下に、パーセンテージを示すバーが現れた。
 アレが回答数ってことか。
 すげぇ凝ってる。
 つか、おもしれー。
 こういう2次会はアリだな、アリ。
 どうやら同じことを友人らも思っていたらしく、『アイツすげーな』なんて声も聞こえた。
「……というわけで、今の正解は2番でした。正解者のみなさん、おめでとうございます」
 適当に選んだのに正解ってことは、若干まだ運が味方してくれてるってわけか。
 まぁ、そもそも赤ん坊のころの写真で新郎がわかるかっつったら、わかんねーっての。
 せめて、3歳ぐらいになればまだ違うだろうけど。
「続いて、第2問――」
 その後も、単純なゲームではあるのだが思ったより白熱したゲーム展開になり、2次会はかなりの盛りあがりを見せた。

「というわけで、優勝は――……葉山瑞穂さんでしたー!」
「おー」
「すげー」
「おめでとー!」
 ひゅーひゅー。
 ご丁寧に指笛で色を添えた友人らを見ながら、正面の新郎新婦に挟まれて恥ずかしそうにしている葉山へと視線が移った。
 まぐれなのか、はたまた天性なのか。
 総合成績97点という高得点をマークしての、堂々優勝。
 2位は90点だったんだから、それなりに圧勝といえば圧勝かもしれない。
 ……しかも、クイズの内容が微妙に新郎新婦のノロけ話ってあたりが、なんかこう……まぁ2次会だからしょーがねーんだろーが、なんかこう、むず痒くなる。
 これは男女差もあるんだろうな、多分。
 プロポーズの言葉はなんでしょう、なんてときは女性陣が盛りあがっていたようだったから。
「えー、ここでみなさまに重大なお知らせがありまーす」
 新婦が声をあげたことで、ギャラリーが一斉にそちらを見た。
 両手で葉山の肩を掴み、頬を寄せてにやにやと笑う。
 それは、まるで何かを企んでいるかのようにも見えた。
「みなさんお気づきだと思いますが……そう! この子も現在、彼氏募集中なのです!」
 胸に付けている『14』の数字を指差しながら、新婦が楽しげにまくしたてた。
 と同時に、男性陣からは息巻いた声があがる。
「この子はサークルの後輩なんですが、実はっ! 今まで、彼氏が居たことがありません!!」
「っ……マジ!?」
「おいおいおい、なんだよ鷹塚。すげー反応じゃん」
「いや、だって意外だろ? あんなかわいいんだぜ?」
「そりゃ意外だけどなー。……って、すげー零れてんぞ」
「……うわ!」
 思わず水割りのグラスを持ったまま動揺してしまい、テーブルに大き目の水溜りができた。
 やべやべ、確かに動揺しすぎかもしれない。
 いや、でもだな。
 あんだけかわいいんだから、学生時代に彼氏のひとりやふたり居たところで何もおかしくないのに。
 つか、今現在フリーってあたり、ものすごく引っかかるんだよな。
 あんだけかわいいのに。
 ……あれ、もしかして俺酔ってる?
 さっきから、同じことしか考えてねー気がする。
「何人か紹介したんですが、そのたびに断るので男性陣はかなーり未練たらたら……です、がっ!! 実は彼女!! もう、ずっとずーーっと昔から好きな人が居るんです!!」
「ッ……え!!」
「おおー! すげー!」
「誰ー!?」
 半分酔っ払った連中の中での、後半戦。
 やたらと野次が飛び交い、異様な盛り上がりを見せる。
 まぁ、無理もないよな。
 あんだけかわいい子がフリーだとわかれば、それなりにお近づきになれればなりたいと思うのが男のサガと言うもの。
「誰だー!」
 グラスの縁を摘むように持ちながら、自然と俺も声をあげていた。
 ――……が、どうやらそれで俺がここに居るのに気付いたらしく、顔色を変えた彼女が慌てて新婦に向き直った。
「先輩、だめっ……! だめです!」
「なんで? いいじゃんー。ほら、誰だっけ? えっと……あ! 思い出した!」
「やっ……! 先輩!!」
「実は彼女が好きな人は――……えっと……実習先の先生だっけ?」
「……え……?」
「なにぃ?」
 実習先と聞いては黙っちゃいられない。
 本日の新郎新婦のそもそもの出会いは、教育実習。
 葉山から実習のときの話を聞いていないので、興味が強く湧いたというのも当然あるんだろうが、もしかしたら酔っていたほうが大きいのかもしれない。
 先ほどまでと違って少しほっとしたような顔をしている葉山の元へ、気付くと歩み寄っていた。
「っ……鷹塚先生」
「なんだと? 聞いてねーぞ。実習どこ行ったんだよ」
「きゃ!?」
 ぐい、と腕を首にかけて引き寄せ、顔を寄せる。
 酒を飲んじゃいないんだろうが薄っすらと赤くなっている頬が、色っぽく見えた。
「つか、なんで俺ンとこ来ねーんだ。あ? どこ行ったんだよ」
「す、みません……え、と……実習は、南小に……」
「南小? 担当は」
「……加藤先生です」
「かとぉ……? ……加藤先生って、光子さんだろ?」
「あ、そうです」
「……そうですじゃねーだろ。女じゃねーか!」
「きゃあ!?」
「誰だよじゃあ! えぇ!?」
「や、あのっ……た、鷹塚せんせっ……!!」
 より一層顔を近づけ、ぐい、と葉山を引き寄せる。
 すると、さすがに見かねたのか、新郎が俺を引き離しにかかった。
「よいせっ」
「っ……てーな!」
「絡みすぎだろ。……大丈夫?」
「……大丈夫、です」
 とう! と思いきり頭を手刀で叩かれ、一瞬フラッシュが見えた。
 新郎が葉山を気遣い、そのまま新婦へ引き渡す。
 先ほどより赤くなった葉山の顔は、色づいてやっぱり艶っぽかった。
 ……つか、エロい。
 瞬間的にそう思ったが、さすがに口には出さない。
「お前なー、こんだけ絡むならちゃんと申し込んでからにしろよなー」
「申し込み? なんの」
「だから、それ」
 訝しげに眉を寄せると、俺の胸についていたプレートを指差した。
 ……プレート。
 ああ、そういや……ねるとんがどうのっつってたな。
 りょーかい。
 だったら、その方法に(のっと)るだけだ。
「14番、葉山瑞穂」
「っ……! はい……っ」

「俺の女になったら、毎日楽しいぞ。……だから、なれ」

「っ……え! ……あ……っ」
 『な?』と口元だけで笑ってからまっすぐに葉山を見つめ、手を差し出す。
 ねるとんってこんなんだっけか。
 ぼんやりとそんなことを考えていたら、周りから怒号にも似た歓声が沸き上がっていたのに今気付いた。
「……よろしく、お願いします」
「マジで? っし」
 困ったように笑いながらおずおずと添えられた両手は、思ったより小さくて。柔らかくて。
「っ……」
「コレならいいんだろ? 文句ねーよな?」
「……相変わらず強引だなー、お前」
 ぐいっと華奢な肩を抱き寄せ、新郎に鼻で笑う。
 だが、呆れたように呟かれた言葉よりも、鼻先に香った甘い匂いのほうへよっぽど意識が引っ張られた。

「……さて、と」
 散々盛り上がりを見せた2次会も、すでに0時近くになったこともあり、お開きへと一直線になり始めていた。
「はー……」
 残っていた水割りを一気に呷り、ゴン、と音を立ててグラスを置く。
 ……さて。どーすっかな。
 さすがに、今から東京方面への電車はない。
 あったとしても、熱海どまりってところか。
 となると、さすがに電車で帰るって選択肢はなくなるわけだが……今から実家に電話して泊めてくれって言うのも、なんか……めんどくさいことになりそうでナンだな。
 つっても、選択肢はひとつしかない。
 …………。
 いろいろつっこんで来るんだろーな、お袋のことだから。
 それこそしばらくぶりの突撃帰省とあって、酔いがいっぺんにさめた気もした。

「……鷹塚先生」
「ん」
 名前を呼ばれ、目を閉じたまま一応返事をする。
「……あぁ。葉山か」
 それから目を開けると、すぐそこに心配そうな彼女が居た。
「あの、もしよかったら……乗って行きませんか?」
「車?」
「はい」
 頬杖をついたまま答えたものの、徐々に彼女が今何を言ったか頭にしみて来て。
 ……乗ってく。
 てことは、車。
 イコール……助かる、ってこと。
「いいのか?」
「もちろんです」
 ホントは、こんなあっさり頼んじゃうあたり、どーかとは思うぞ?
 それでも、今の俺にはやっぱそれが一番確実で、近道。
 そのせいか、頬杖を解くと同時に即彼女へ両手を合わせていた。
「……悪いな。でも、助かる」
 だが、葉山はそんな俺を見てから、いつも通りの笑みを浮かべて『いえ』と静かに笑った。
 あーったく、ホント、人のいいお嬢さんだ。
 お陰ですげぇ助かる。
 つか、まぁこの場合はかなりの役得なんだろうけど。
 昔から、何かと『先生大丈夫?』と俺を気遣ってくれただけあって、当時から彼女の優しさは何も変わってないんだと改めて思った。


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