「……よし」
 土曜日の朝。
 テレビのニュースをつけっぱなしにしながらも、8時には支度完了。
 昨日の夜は学年主任に遅くまで捕まってたんだが、なぜか今朝は6時前に目が覚めてしまい、布団の中でごろごろしながらも2度寝することはなかった。
 お陰で、見ろ。
 俺にあるまじき、行動の早さ。
 朝メシをとっくに食い終わって、着替えと歯磨き完了。
 あとは靴を履いて出かけるだけ、という今現在。
 ……あー……。
 なんか、落ち着かねーな。
 ソファに座りながらも、そわそわする。自分自身が。
 まさに、心ここに在らず状態。
 ……うわ。
 なんか、アレか。
 遠足前の子どもたちは、多分こんななんだろうな。
 まさに、今の俺は同じ。イコール。
 デートみてーじゃんか。コレじゃ。
 …………。
 ……いやいやいや、アレだろ。
 ハタからすれば、間違いなくデートに見える。
 見まごうことなく。
「……うわー……」
 思わず両手を顔に当て、勝手にニヤつきそうになる頬を押さえる。
 デートって。
 なんだそのものすごく久しぶりな恥ずかしい響きは。
 うわ。うわうわ、マジかよ。
 俺、マジかー!
 ぎゃー、とまたもや絶叫しそうになり、そんな自分がものすごく恥ずかしくてイタい。
 …………あー……。
 年甲斐もなくテンション上がってしまった。ついうっかり。
「……はー」
 なんか、すげー疲れる。
 こんな自分に。
 それこそ、何年も見なかった姿だ。
 こんな……お前、そんなに何アガってんの?
 冷めた目をして鼻で笑ってる自分もいる。
 だが、そいつをねじ伏せてる俺もいる。
 ……あー。ヤバい。
 変だ。ここ最近、ずっと。
 ……いや。
 正確には、あの木曜日から。
「………………」
 金曜日は、葉山の出勤日じゃない。
 それはわかってるんだが、目の前の席に彼女がいないのが、ひどく落ち着かなくて。
 校内のどこかに居るんじゃないかと、目ではあちこち探していた。
 それが無意識ってーから、タチが悪い。
 ふっとなんでもない時間が手に入ってしまうと、やっぱり考えるのはアイツのことで。
 喋ったこととか、笑顔とか……いろいろ。
 俺の中で、彼女が動く。
「…………」
 約束は、9時。
 ……に、彼女の家まで行く。
 そこから混んでるであろう134号へ向かえば、まぁ、いい時間だろ。
「……洗車でもしてから行くか」
 窓から外を見ると、薄い雲に覆われていはいるが、太陽が見えた。
 白い車ゆえ、わずかな汚れでも目立ってしまう。
 だからこそ、なるべくキレイにしておきたい。
 乗っていくのが職場ではなく、思いっきり私的で行く場所ならばなおさら。
「……っし」
 思い立ったら即行動。
 テレビを消して携帯と鍵の束を持ち、とっとと玄関へ。
 そういや、ついでにガソリンも入れておかねーとな。
 玄関のドアを開けながらそんなことが浮かび、我ながらいい選択だったことに気付く。
 ……まぁ、もちろん浮き足立ってるから出てきたってのは捨てきれないが。
「あ。おはようございます」
「これは鷹塚先生。おはようございます」
 鍵がかかったのを確認してから階段を降り始めると、ちょうどマスターが店の前を掃除しているところだった。
 まだ着替えてはないようで、シャツにパンツというラフなスタイル。
 だが、彼がやるからカッコよく見える。
 俺も真似したいモノだが、彼のような上品さは生憎持ち合わせていない。
「あ。先日はありがとうございました」
「いえいえ、そんな。お役に立てたようで、何よりですよ」
 昨日の朝は彼の店で朝メシをいただかなかったので、例の件からしてみれば今日が初。
 腰から身体を折って頭を下げると、ほうきを手にしたままの彼が小さく笑った。
「今日はお仕事ですか?」
「あ、いえ。思いっきり……遊びに行ってきます」
「ほほぉ。それはよいことですね。鷹塚先生、まだまだお若い」
「あざっす」
 改めて頭を下げ、車へと向かう。
 今日もお仕事のマスターに遊びに行くと主張するのは申し訳ないのだが、事実は事実。
 この人に、嘘は言えない。
「デートですか」
「いッ……!?」
 はは、と笑った彼を見たまま歩いていたら、思い切り膝から車へぶつかった。
 へこみこそなかったものの、恐らく、このジーパンの下は内出血確定。
 ゴン、と鈍い音がしたせいであまり痛くなさそうだが、やった本人はかなり痛い。
 ……あー。
 なんか、最近注意力が足りなさすぎる。
 ダメだ、俺。
「……大丈夫ですか?」
「…………大丈夫っす」
 あんまり大丈夫じゃないが、そこをさすりながら車に乗るワケにもいかず、ははは、と笑いながら運転席のドアを開ける。
 エンジンをかけ、ギアをトップへ。
 フロントガラス越しにオーナーと目が合い、苦笑を浮かべながら手を上げる。
 俺は、彼の目にどう映っていたんだろうか。
 もしかしなくても、『デートで浮かれちゃってる鷹塚先生。まだまだ若いですね』という感じで間違いないだろう。
 恐らく、彼の中にある俺の相手ってのは、当然先日ケーキを持ってずっと帰りを待ち続けていた『彼女』で。
 …………。
 あながち外れてないってところが、若干なんとも言えない感じだが。
「…………はー……」
 未だにじんじんと痛む膝を軽くさすってから、まだ車通りの少ない道へ滑らせる。
 待ち合わせまで、あと50分弱。
 用足しするにはもってこいの時間とみた。
「……ワックスでもかけるか」
 久しぶりに。
 ハンドルを撫でながらそんなことを考えると、自然と笑みが浮かんだ。

「――……ッ!!」
 ヤバい。
 つーか、やっべぇ。
 すっげぇヤバい!!
 ハンドルを握りながら腕時計をチラ見すると、9時5分ってのはやっぱり変わらなかった。
 スタンドでガソリン入れて、洗車場へ向かって気持ちよく洗ってから――……ワックスがけに夢中になったのがやっぱり悪かったんだ。
 いつもやらねーから、つって細かいところまで丁寧にやってたら、時間がどんどん過ぎてたことにもまったく気付かなくて。
 ……うわ。
 うわうわうわ、俺サイテー!
 きっちりかっちり早起きしたクセに、なんちゅー失態。
 あるまじき行為。
「っ……!!」
 危うく、えらいスピードのまま住宅街へ突っ込みそうになり、慌ててブレーキ。急ハンドル。
 角を曲がれば、あとはもうわずか。
 ……だが、葉山の家の門が見えてきたところで、9時を10分過ぎた。
 教師が、遅刻って。
 時間守れねーって。
 何してんだ、馬鹿ー!
「……あー……」
 門の前に車を停車してサイドを引き、携帯から葉山の番号を出す。
 ……ふつーは、10分前行動だろ。大人なんだから。
 そんな言葉が頭にこだまする中、呼び出し音が3回で途切れた。
 待ってくれてたんだよな、絶対。
 それがわかるからこそ、かわいい声を聞きながらもまずは『ごめん』と謝罪を口にしていた。


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