「…………」
7月7日、七夕の朝。
布団の上で上半身を起こし、手を付いて身体を支える。
しっかり眠れたような、浅い眠りばかりだったような、けだるい感じ。
締め切った窓のせいで、室内がむっとする。
……あっつ。
立ち上がって1番近い掃き出し窓に向かい、勢いよく開け放つ。
途端、むっとする熱風が身体に当たって眉が寄った。
…………あっちぃ。
夏だから仕方ないのだが、これだったらまだ締め切っていたほうがいいかもしれない。
心地いいさわやかな風など入ってこないとわかっていたのに、どこかで期待していたらしい。
開ける前に聞こえていたセミの鳴き声がより近くでデカく聞こえ、ため息をつきながら窓枠にもたれるように座る。
――……昨日。
あのあとは結局、早々に帰って来てしまった。
途中で関谷先生に会ったので、例の子どもたちのことを伝え、あとはよろしくとある意味押し付けて。
……ヤル気がなくなった。キレイさっぱりと。
こればっかりは仕方ないだろう。
今まで自分の手の内にあった女が、ほかの男の所へ行ったんだ。
それを見送って、じゃあまた仕事を……なんてやれるはずがない。
そこまでデキちゃいないんだ。俺は。
子どもだから。
「…………」
彼女に求める目標は、俺を欲しがるようにすること。
俺無しじゃ生きられないようにすること。
俺色に染める、よりも濃く。
塗りつぶす。
俺で上書きする、ってところか。
我ながらよく言うよと思うが、そこまで実際思うようになってしまったんだから、仕方がない。
……俺にはもう、どうすることもできないんだ。
アイツが欲しくてたまらないんだから。
「…………」
さて。
今日の予定は、あると言えばあるし、ないと言えばない。
それは俺じゃ決められないこと。
アイツに連絡を取ってもしうなずいてくれたら、予定ができたことになる。
だが、先約があったとか無理とか言われて断られれば、そこで終了。
七夕の日曜は、何もないいつもと変わらない流れるだけの日に変わる。
……さあ、どっちだ。
床に手を付いてテーブルに置きっぱなしだった携帯を手繰り寄せ、開く。
葉山をアドレスから選び、携帯の番号を選んで――……静かに決定。
ほどなくして響いた呼び出し音を聞きながらゆっくり耳に当て、何気なく外を見る。
すぐそこに生えている木の枝に、スズメが止まったのが見えた。
……夏でも変わらないんだな、お前たちは。
毛こそ夏と冬とで生え変わるが、色はほとんど変わらない。
太るか痩せるかの違いか。
…………色が変わらないのは、俺と似てるな。
『もしもし』
そんなことを考えながら小さく笑うと、電話の向こうから彼女の声が聞こえた。
小さいが、決して戸惑ってはいない、いつもと同じような柔らかいモノ。
それが聞こえたとき、ガラにもなくどきりとした。
鼓動が身体に響いたのは、気のせいじゃない。
途端、わずかに息苦しくなったから。
「……もしもし。今、平気か?」
違うことを言おうとしていたのに、彼女の声を聞いたら気遣うようなセリフが漏れた。
くす、と小さく笑ったのが聞こえる。
彼女の息遣い。
それにすら、どきどきする。
……ガキじゃあるまいし。
普段ならそう言うのだが、今の自分にはそれができなくて。
口では強く出れても、ふとした瞬間弱いよな、俺は。
……情けねぇ。
「実は、今日なんだけど――……」
咳払いしてから用件を切り出すと、次第に鼓動は整っていった。
まだ、何もかも始まっちゃいない。
……すべては、これから。
何もかも俺次第。
『どうするかを決めるのは……私ですか?』
あの夜彼女に言われた言葉が蘇り、ふ、と口角が上がった。
……さすが、よくわかってるよな。お前は。
俺がそんな生ぬるいヤツじゃないってことをちゃんと知ってるのは――……きっとお前だけだ。
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