「…………」
 目を閉じれば浮かんでくる、葉山のあの顔。
 そんな目で俺を見るな。
 そんな顔を俺に見せるな。
 お前は――……俺にどうされたいんだ。
 目を開けると消えてしまう、表情。
 土曜の8時に起床という、我ながらのんびりしすぎというよりは自堕落な朝を、ソファで起きたときそのままの格好で過ごす。
 じりじりと過ぎていく時間。
 だが、まったく身体が動く気配はない。
 ……つーか、頭もな。
「…………はー……」
 ずる、と姿勢を崩してフローリングに背中をつけると、ひんやり心地よかった。
 ソファに頭だけをもたげ、テレビを眺める。
 入梅して大分経つが、今日も例に漏れず曇天。
 天気予報も午後からは雨だと言っているし、恐らく早まるだろうな。
 最近、休みになると朝メシを食ってないことが多いと、今日になって気付いた。
 前は、土日だろうとオーナーの店でメシを食うのが朝の始まりだったのに、いつからかそれが平日でも減り、今ではあまり足を向けていない。
 それよりもまず学校へ、と車を向ける。
 ……なんでだろうな。
 なんて、考えたところで答えはハッキリしてて。
 どうやら葉山が来る日に限ってそうらしいということも判明したので、因果関係はいかほどやら。
 ただ、気付いたときは我ながら『子どもか』と小さくつっこみが出た。
「……腹減った」
 さすがに昼近くというのもあって、ようやく身体も目が覚めたらしい。
 がっつりチキンのCMを見て独り言を呟き、身体を起こす。
 ……あー……何もすることがないってのは、ナンだな。
 我ながら、だったら人のいない職員室にでも行くかって思ってたりするんだから、若干病気かもしれない。
「……ん?」
 テーブルの端に放ってあった携帯が、震えた。
 もちろん、ルパンも流れる。
 …………なんだ。
 液晶に表示されたのは、小枝ちゃんの名前。
 初めて電話がかかって来たのは数年前だったような気がするから、どんだけ付き合い長いんだと自分でも思った。
「もしもし?」
 あとで恨まれてもめんどくさいので、一応出る。
 どうやらあちらは出かけているようで、ガヤガヤとバックがうるさかった。
『今、ヒマ?』
「……なんだそのセリフ」
『いーじゃない別に。で? ヒマ? ヒマよね?』
「ヒマヒマゆーな。失礼だぞ」
 デカい声が聞こえ、慌てて携帯を離す。
 つーか、どんだけハキハキ喋んだよ。小枝ちゃんは。
 相変わらず、腹から声が出てるな。間違いなく。
『あのさ。ごはん食べようと思ってるんだけど、来ない?』
「なんで俺が」
『いーじゃない、別に。ほら、ドリアふたつと目玉焼きハンバーグに焼肉プレート奢ってあげるから』
「……なんで」
『宝くじ当たったのよね』
「…………嘘くさ」
『いーでしょ別に! ていうか、奢ってあげるって言ってるんだから、素直に来なさいよ!』
「……えー……」
 めんどくさ。
 なんか、ものすごくめんどくさいことになってるぞ。
 奢ってあげるなんて言葉、出会ってから今まで彼女から聞いた覚えはない。
 なのに、こうも連呼されるとは。
 ……絶対に何かある。
 そう思えて仕方がない。
「……会計で『あとはよろしくー』なんて言わねーよな?」
『言わない言わない。それはないってば』
「…………」
 怪しさ炸裂。
 だが、確かにそのメニューを奢ってくれると言われるとこのまま断るのも惜しい気もする。
 さて、どっちを取るか。
 …………。
「……わかった」
『そ? んじゃ、待ってるわね。あ、ちなみにバイパスじゃなくてモールの中に入ってるほうのお店に居るから』
「あ? ……あー、わかった」
 通話を終える瞬間、小さな笑い声が聞こえたような気がしないでもない。
 が、切ってしまった以上確かめる術もなく。
 ……やっぱ怪しいよな。
 でも、行くけど。奢ってくれんなら。
 …………怪しいけど。
「…………」
 メシ、か。
 ファミレスとはいえ、あのドリアと目玉焼きハンバーグあんど焼肉プレートはうまい。
 もし本当に泡銭が入って奢ってくれる気でいるなら、なおのこと。
 ……小枝ちゃん、パチンコしたっけ。
 それとも競輪かボートか、はたまた競馬か。
 いや、どれもやらなそうだけど。
 よ、と小さく言ってから立ち上がり、ソファへかけたままだったジーンズに穿き替える。
 曇天。だが、蒸し暑さがある。
 よって、当然Tシャツに決定。
 ……つか、休みの日の小枝ちゃん見るのすげー久しぶりだな。
 相変わらず、すげぇ格好なんだろーな。きっと。
 随分前に、花柄ワンピを着てひらひらレース付き日傘をかざしていたのを見かけたことがあるが、うっかり2度見して怒られた覚えもある。
 …………今日はそんなんじゃありませんように。
 車の鍵と携帯を持ってそんなことを思うと、久しぶりに小さく笑いが出た。
 ……あー……俺、最近笑ってなかったんだな。
 どうりで、鏡見たとき眉間に跡付いてると思った。
 少し前まではそんなことなかったのに。
 いつだって馬鹿みたいに笑って、誰からも『鷹塚先生はいっつも明るいよね』とか言われてたのが当たり前だったのに。
 うっかり、昔の口癖が出そうだ。
 『あー、だり』
 今聞いたら殴りたくなるような、そんなひとことが。
「………………」
 なんでこんな顔ばっかしてんだよ。
 理由がわかってんだから、自分でなんとかするしかねーのに。
 この年で臆病、なんて言えるワケがない。
 弱虫、意気地なし、ヘタレ。
 自分と真逆にいそうなタイプそのものになりかかっていると気付いてるクセして、それでも動かない。
 頑固じゃない。
 ただの……ヘタレか。やっぱり。
「……メシ食お……」
 小枝ちゃんが直前でやっぱやめた、つってもいいや。
 がっつりメシ食って、嫌な自分をどっかへ押し込めたい。
 ……あー、最近肉食ってなかったな。
 ここ暫くメインが炭水化物ばかりだったことにも、ようやく気付いた。


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