「じゃあ…………もうひとつ、聞いてもいいか?」
「はい?」
 シフォンケーキをカットした彼女を見ながら、腕を組んで再度声をかける。
 ……お前は、いつでも俺に対して素直に反応してくれるんだな。
 俺を待たせても、何もバチなんて当たらないのに。
 いつだってそう。
 俺を何よりも優先してくれる。
「今、悩んでるんだよ」
「悩み……ですか?」
「ああ」
 もっと直接的に言ったほうがいいのかとも思ったんだが、さすがにそれを今した所でどうにかなる問題じゃない。
 むしろ、葉山を困りに困らせるだけ。
 だから、オブラートに包むという俺が嫌いな手段を取る。
「言おうか言うまいか、悩んでる。……こういう場合、相手に伝えたほうがいいのか?」
 まるで試すかのような問いをした自分を、意地が悪いというよりはダメなヤツだなと思う。
 何を言おうとしているのか、誰に言おうとしているのか。
 相談ならば、そこまできちんと情報として彼女に与えるべきだとは思う。
 なのに、それをしない。
 ……まぁ、できないってのもあるけどな。
 俺のこの悩みはすべて、目の前の葉山に対するモノなんだから。
「……ご存知ですか?」
 両手をテーブルの上に組んだ葉山が、優しい顔を見せた。
 それでいて、とても真剣な眼差し。
 ……仕事の顔、か。
 普段の穏やかさとは違う表情に、小さく喉が鳴る。
「悩むのは、答えが出ないから悩むんです」
「…………」
「そして、考えていることを『したほうがいいのかもしれない』と思っているから、答えが出ないんですよ」
 そういえば、そんな話をどこかで聞いた覚えがある。
 ただ、誰かに言われたのか、本で読んだのか、それともテレビで見たのかはわからない。
 そんな曖昧なレベルの話。
「鷹塚先生の場合は、『言わない』という考えよりも『言おう』と思っている割合のほうが大きいんじゃないですか?」
「っ……」
「言わないという思いのほうが強ければ、それで結果は出ますよね。でも、やっぱり言ったほうがいいのかもしれない……そう考えるから、結局答えが出なくて、悩みになってしまうんじゃないでしょうか」
 ……なるほど。
 さすが、本職。
 悩みの本質を告げてないのにこうも容易に答えを出されるとは、正直思わなかった。
 …………しかも、俺の悩みの対象である本人に言われるとはな。
 もし、俺が彼女に『お前のことなんだぞ』と言ったとしても、同じように的確な答えを出してくれていただろうか。
 なんて考えるのは、やっぱり性格が悪いからか。
「……そうか」
「答え、出そうですか?」
「ああ。サンキュ」
 今度は即答以外ない。
 本人に、答えを出してもらったんだ。
 俺がすることは、ただひとつ。
 改めて、彼女に告げることだけ。
 ……何を告げるか?
 ンなモン決まってる。

 もう1度、手を出す。

 それを、敢えて口にしてやる。
 ……とはいえ、さすがに今日じゃない。
 もっとあとで――……そうだな、せめて日は改めたほうがいいだろう。
 今日は、先日の礼も兼ねてただ単に食事に誘いたかっただけ。
 ひとりで食うメシほど、わびしいモノはない。
 ……と、ここ最近になって感じている自分がいるから、今夜はむしろ彼女のためと言うよりかは、俺自身のためみたいなモンだが。
「…………」
 すっかり冷めてしまったコーヒーのカップを持ち、半分ほど飲み干す。
 砂糖もミルクも入れたはずなのに、口内に広がるその苦さが、いろいろと考えすぎた頭をシャキっとさせてくれる。
 ありがたいモンだな。
 俺みたいに単純な人間にとっては。
「…………」
 同じように、ミルクティーの入ったカップを両手で持った彼女の、その指へと視線が張り付く。
 光る、シルバーのリング。
 プラチナかシルバーかは外してみないとわからないが、どちらにせよ俺にとっては気に入らないモノでしかない。
 ……無論、自分が贈ったなら話は違うけどな。まるで。

 その指輪のせいで悩んでる。だから外せ。

 そう言ったら外してくれるのか? お前は。
「…………」
 最後のひとくちを相変わらずうまそうに食べ切った彼女を見て、そんな疑問が頭に浮かんだ。


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