「……わぁ」
 葉山が、目の前に運ばれてきた皿を見て嬉しそうな声をあげた。
 チョコレートとカスタードのソースで描かれているマーブル模様と、薄桃色のソルベ、そしてシフォンケーキ。
 最後のシメはやはりデザートのようで、俺と彼女の前にはソルベの種類が違うだけでほかは同じプレートが運ばれてきた。
 前菜にスープ、そして魚料理と肉料理のメインのあとでの、コレ。
 意外とボリュームがあって、結構腹はいっぱい。
 俺でそうなんだから彼女はもっとそうなはずだが、ここまでの皿はすべて残さずキレイに平らげていた。
 前にも言ったが、やっぱりそれは見てて気持ちいいし素直に嬉しいと思う。
 連れて来てよかった、と思わせるモノを葉山は必ず返してくれるから、スゴいんだよな。
 『いただきます』と笑顔で小さく口にしてから、フィッシュソーススプーンでソルベをすくったのを見て、運ばれてきたばかりのホットコーヒーに口づける。
 すると、改めて俺を見つめた。
「……召しあがらないんですか?」
「ん?」
 まぁ、そりゃそう思うよな。
 手を付けていないどころか、シルバー類も一切動かさないまま。
 コーヒーを飲んだあとも、デザートほったらかしなんだから。
「食うか?」
「え?」
「いや、俺さ。別に甘い物が好きってワケでもなくて。食えないワケじゃねーけど、チョコ以外は別にってのが正直なところ」
「そうなんですか?」
「ああ」
 せめて、このケーキがどっしりしたチョコレートケーキだったらまた違っただろうが、見た感じだけでご馳走様ってのが本音。
 生クリームがかかってる時点で、ああもういいやって胃が白旗を揚げた。
「だから、食えるなら食ってほしいんだけど」
「……いいんですか?」
「ああ。助かる」
 正直、無理かなとは思ったんだがダメ元で言ってみたら意外にもいい反応。
 そこで、少しだけ皿を彼女へと押す。
「ソルベもだめですか?」
「ん?」
「おいしいですよ。すごく……なんていうか、さっぱりします」
 徐々に溶け始めたソルベにスプーンを伸ばした彼女が、俺の意思を問うように首をかしげた。
 ……あー。
「んじゃ、ひとくち」
「あ……じゃあ、こっちの――……っ」
 彼女の手首を掴んで引き寄せてから、手を重ねてスプーンを動かす。
 淡い黄色のソルベ。
 それをすくい、そのまま口へ運ぶ。
 もちろん、俺のスプーンじゃない。
 とはいえ、別に敢えてこうしたってワケじゃなかったが。
「……パイナップルか」
「え?」
「いや、コレ。そっちは?」
「あ、えっと…………桃、でした」
「ふぅん」
 別に欲しいワケじゃなく、ただ聞いてみただけ。
 ゆっくり手を離すと、ほんの少しだけ気恥ずかしそうに彼女が俯いた。
 スプーンを彷徨わせるように動かし、それでもほどなくして自分の皿へ。
 おずおずと溶け始めた桃のソルベに伸ばすと、静かにすくって口元へ運んだ。
「葉山」
「はい?」
 それを見てから、椅子にもたれるように座り直す。
 ずっと考えてた。
 ……彼女にどうしても聞きたかった。
 いつ切り出そうかと思ったんだが、微妙に区切りができた今ならいいかと思った。
「俺はひとりの身体じゃない。……この間、お前そう言ったよな?」
 風邪で寝込み、精神的にも参っていたあの夜。
 駆けつけてくれた彼女が、俺の枕元でそう言った。
 あのときはそこまで深く考えなかったんだが、改めて考え直してみると、いろいろな憶測を混じらせることができる言葉で。
「あれ、どういう意味だ?」
 だから、直接彼女に教えてほしかった。
 その意味を。
 そして、なぜあんなことを言ったのかを。
「これは……私の考えなんですけれど」
「ああ。それで構わない」
 ええと、と口を開いた彼女に大きくうなずく。
 それでいい。
 むしろ、それがいいんだ。
 俺が聞きたいのは、世間一般の話じゃない。
 葉山瑞穂その人の見解なんだから。
「ご両親には『息子』として、ご兄弟には、『兄』としての鷹塚先生がいますよね」
「……ああ。そうだな」
「そして、ご友人の方々にすれば『友達』の鷹塚先生。クラスの子たちには『担任』として、先生方からは『同僚』として、恩師の先生からは『教え子』として……そして――……私にとっては、『恩師』として」
 ……なるほど。
 そう言われてみると、確かに随分といろんな形での俺がいるモンだな。
 しかも、今挙げられたのは大雑把な分類で。
 さらに細かく見ていけば、『あのときこうされた』とか『このときこうだった』とかっていろんなモンが付いてくるだろう。
「…………」
 恩師としての俺、か。
 じゃあ、聞く。
 少し前までのように、『想い人』としての俺は今お前の中に存在しているのか?
 ……なんて、それができたら苦労しねぇか。
「鷹塚先生は、ひとりじゃありません。沢山のあなたがいて、あなたのそばには沢山の人間がいるんです。……だからみんなが心配するんです。病気になられたら、困るんです」
「……そうか」
「まだ万全じゃないですよね? 早く元気になってください。……ひとりじゃないんですから」
 まっすぐ身体ごと俺に向き直った葉山が、にっこり笑った。
 優しい笑み。
 いつもと同じ、柔らかくて、安心させてくれるようなモノ。
 そこに、果たして好意以上の何かは含まれているのか。
「…………」
 さすがに表情だけでは、何も掴み取ることはできない。
 まぁ、俺じゃ無理だよな。
 今のコイツの何を知ってるワケでもないんだから。


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