「……あー、そろそろ行くか」
 7月の第1土曜日。
 この日は毎年、冬瀬と茅ヶ崎の境目あたりにある神社で、祭りが行われる。
 冬瀬市内の駅前通りで行われる祭りもあるのだが、それはとっくに終わっていて。
 だから、この辺でのデカい祭りはこれが1番夏らしいといえばそうかもしれない。
 もちろん、平塚の七夕には及ばないけどな。
 それでも、子どもたちはやっぱりいつになっても祭りが好きで。
 子どもたちどころか、中学高校生であってもぞろぞろと何人かで遊びに出かける姿を見かける。
 ……だから、俺が行くワケだ。
 名目上は、自分の学校の児童の保護が目的。
 だが、実際行ってみると、元教え子なんてのがわんさかいて、お前ら相変わらずだなーなんて会話をしながら、個人的には楽しんでもいる。
 だから、毎年欠かさず行っている場所。
 俺にとっての夏の一大イベントってヤツかもな。
 近くに駐車場がないので、公共の足で出向く。
 てっとりばやいのは、バス。
 ただまぁ、この夕方の時間ともなるとかなり混んでるだろうが。
「……っし」
 ジャージからジーパンに履き替え、ベルトを通す。
 結局、今日も黒地のTシャツになったな。
 なるべくほかの色も着ようとは思うんだが、なかなかこれまでの習慣は抜けない。
 春先以降、オフなら常に裸足。
 それに、草履かサンダル。
 ……あー、そういや去年はその格好でコンビニ行ったら、保護者に見られたらしく翌日子どもからタレコミが入った。

 先生、一瞬どこのヤンキーかと思った、って。

 いやいやいや。別に何も悪いことしてねーし。
 それに、履いてたの雪駄じゃねーし。
 ただ、そのときは恐らくイライラしてたせいで顔つきがいつもの2割り増しでキツくなってたんだろうなとは思うけど。
 人間、誰でも腹が減ればイライラする。
 それが自然の摂理。当たり前。
 ……つってもまぁ、それは言い訳にしか聞こえないんだろうけどな。
 じゃあ何か。
 やっぱり『先生』たるもの、いつもにこにこ穏やかに、周りに気を配りながら生きなきゃダメなのか。
 …………しんどい。
 つか、無理。
 俺にそれはできない業だ。
「…………」
 祭りだから浴衣とか甚平で行ってもいい。
 が、それをすればさらに『先生』の2文字は失せるに決まってる。
 だから、常に私服。
 ただでさえ『あ、先生だ』なんてすぐ見つかるのに、ンな格好してたらどうぞ見つけてくださいと言ってるようなモノ。
 ……ま、別に隠れて祭りを満喫したいとかってワケじゃねーから、いいんだけど。
 バレたらバレたで、それも抑止になるしな。
 やましいことを防げれば、どっちだってイイし。
 ただ、去年は花山がどうしても行きたいっつーから一緒に連れてったんだが、アイツはまったく抑止材料にならなかった。
 だいたい、浴衣着て来ただけじゃなく、買ったりんご飴嬉しそうに持って歩くなよ。
 思いっきり楽しむ気満々じゃねーか。
 ……ったく。
 お陰で、俺が後日監督不行き届きがどうこうっつって教頭先生に怒られるハメになった。
 だから、今年はアイツは連れて行かない。
 どうしても行きたいっつってたが、だったら個人的に行けと釘を刺しておいた。
 ただ、この祭りは必ず俺たち教師が行って目っ張ってなきゃいけない決まりはない。
 つまりは――……仕事じゃない、まったくのオフ。
 ……だから、俺も花山のことはあんまり強く言えねーんだけど。
 自分も祭りは好きだ。
 地元の神輿祭りには、学生のときどころか教職に就いてからも予定が空けば必ず帰って参加していたほど。
 それで、ついつい自分もこっそり屋台で買ってたりする……んだが、決まってそれを教え子に見つかるんだよな。
 あとでめんどくせーことになるんだが、それでもやっぱり行かないという選択肢は俺にはない。
 小枝ちゃんに言わせると、馬鹿じゃないの? だろうが、まぁ別にいいだろ。
 好きなモンは好き。それは仕方ない。
「……行くか」
 ジャラ、と鍵の束を掴んで玄関に向かい、サンダルを引っかけて表に出る。
 むっとした、身体にまとわり付くような暑さと、暑苦しいアブラセミの鳴き声。
 そして、西の空を茜色に染め始めている夕日。
 どれもこれもが夏を表していて、温風を感じながらも頬が緩む。
 ……あー、夏はイイ。
 休みは少ないが、せめて海だけには行こう。絶対。今年こそ。
 鍵をきっちりとかけながら、そんなことを強く思った。


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