提灯の赤い灯りが、ずらりと両側に並んでいる参道。
その下には、いくつもの出店が同じように肩を並べていた。
普段は閑散としている境内も、今日ばかりはまったくの逆。
人の流れがあちこちにできていて、所狭しと人が行き交っている。
鳥居から50メートル以上はあろうかという参道に並んでいる屋台にも、当然のように人が集まっていて。
中には、行列をなしている場所もあったりで、相変わらず祭りはいつの時代もこういうモンなんだなと思うと同時に、そんな光景が今でも見られることに少しだけほっとしてもいる。
子どもたちの環境が変わっても、やっぱり子どもってのはこういうのが好きなんだな。
たこ焼きを買いながらヨーヨーつりで取った水風船をいくつも指に引っかけて走っていく姿を見ながら、つい笑みが浮かぶ。
「…………」
昨日は結局、当然だが何をするでもなく食事を終えたあと彼女を自宅まで送って行った。
車内での会話は、差しさわりのない日常会話。
……日常、って言っていいのかわからないけどな。
どちらかというと、お互いに相談めいたモノだったから。
彼女は指導員として子どもたちに関わっており、その目線で感じた疑問を『教師』である俺が答える。
一方で俺は、自分の受け持つ子のことや、学校内で目に付く児童の扱い方を彼女に答えてもらった。
心理を勉強してきた人間だから貰える答えと、現場で教員をやってるからこそ出る答え。
葉山と話していて、互いにないモノを補える相手なんだな、と改めて思った。
昔――……俺が彼女の担任だったときには、想像もできなかったこと。
彼女に悩みを相談されども俺が相談を持ちかけるなど、ありえなかったんだから。
「あれ、鷹塚先生?」
「ん? おー。なんだ、来てたのか」
「それはこっちのセリフだって。え、何? センセ、もしかしてひとり?」
「……なんだよ。ひとりで祭りに来ちゃマズイのか? 何かダメなのか?」
口々に思い思いのことを喋りながら、バタバタと落ち着きのない集団が通りすぎたなと思いきや、そのうちのひとりが振り返って俺に気づいた。
見覚えはある。
確か、5年の関口先生のクラスの子たちだ。
「せんせー、ひとりって! 祭りなのに、つまんなくない?」
「そうだよ。なんか寂しくね?」
「別に寂しくねーって」
ジャラジャラとチェーンを付けたデカい財布をハーフパンツのポケットにねじこみながら、買ってきたばかりらしいたこ焼きの袋を漁る。
……が、なぜかそこから出てきたのは駄菓子。
なんでだよ、と思いきりツッコミを入れそうになるが、その前にほかの子が口を開いた。
「ね、先生先生! カキ氷おごって!」
「はぁ?」
「いいじゃん! ちょっとだけ! ね、お願い!」
「あ、俺も! 先生、一生のお願い!」
出たよ、一生のお願い。
あわせた両手をすり合わせ、じりじりとこちらに近寄ってくる。
だが、俺から出るのはため息だけ。
とりあえず、その曲がった帽子のかぶり方が気に食わないんだが、直していいか?
「うわ! センセ、え! 何!?」
「何じゃなくて。いいか? ほかの先生見つけても、絶対奢ってーとか買ってーとか言うなよ?」
「えー、なんで? いいじゃん!」
「そうだよー!」
「けちー!」
「……誰だ? 今、ケチっつったヤツ」
「え! 俺じゃないよ?」
「俺もちげーって!」
「あ、コイツだよコイツ!」
「ちっが! 違うし! 俺じゃないし!」
キャップのつばを持って向きを直し、両手を組む。
まだまだ身長の差はデカいので、背を伸ばすと先ほどまでよりぐっと差が開いた。
「とりあえず。まだ時間早いからいいけど、18時までには帰れよ」
「えぇー!? なんで!? 無理だし! そんな時間、夜じゃないし!」
「そーゆー問題じゃないだろ。18歳未満は、18時以降フラフラしてちゃダメなんだからな? 知ってるか?」
「えー、知らなーい」
「あ、俺知ってる! ゲーセンとか入れないんだよね」
「そう。その通り」
腕時計を見てから彼らに向き直ると、一斉に『えーー』とブーイングを始めた。
それでも、ひとりの児童が手を挙げて言ったのを機に、ほかの児童もしぶしぶながら『わかったよ』なんて言い始めた。
この辺、まだまだ小学生らしい反応だな。
中学ともなると、こうはいかない。
……ま、反抗的なほうが俺はやりやすいんだけど。
そっちの気持ちのほうが、個人的にわかるし。
「それじゃ、気をつけて帰るんだぞ」
「はーい」
「あ、鷹塚先生ってまだいんの?」
「ああ。多分な」
ひらひらと手を振って見送りかけたところでひとりが振り返り、唐突な質問をしてきた。
当たり前のように答え、振っていた手を戻して腕を組む。
すると、にやりとしたそれはそれはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「んじゃ、あっちにいたヤツにも教えとくねー」
「何を」
「え、いーじゃん! 先生が何か奢ってくれるよって言っとく!」
「言うな、そーゆー嘘を」
だいたい、なんでそこまで俺に挑戦的なんだお前たちは。
担任を持ったこともなければ、まぁせいぜい昼休みに遊んだか? という程度でしかないのに。
……関口先生、何か俺のこと吹き込んでんのかな。
さすがにそれはないとは思うが、ふと彼の何か企むような顔が思い浮かんでしまうあたり、性格が悪いな。俺は。
わーわーと声をあげて走りながら行こうとした子どもたちに待ったをかけて『走るな』と忠告してから、改めて参道を奥まで進む。
さすがに、もうひとつの大きな鳥居の奥から本殿までの間には、屋台類は一切なかった。
そりゃそうだよな。
もっとも神聖な場所。
ずかずかといろんな人間が、踏み鳴らしていいところじゃない。
「…………」
石でしつらえられた3段を上り、本殿に向かう。
提灯の灯りはなく、そのせいか風も冷たく心地よかった。
灯りがほとんどない、開けた場所。
正面にある大きな賽銭箱が、やけに目立つ。
……まぁ、祭りに来ようって人間がわざわざこんな時間にお参りはしないよな。
自分も、敢えて狙ってここに来たわけじゃない。
ただ、見回りの一種。
暗くて人通りの少ないこういう場所を好んで行くようなヤツらも、やっぱりいないとは言い切れないから。
……現に今、ここには数人しか居ない。
さすがに家族連れではなく、どちらかというと人目を避けているようなカップルばかりだ。
「……っ……」
ジャリ、と大粒の砂を踏んだらしく、大きな音がした。
いつもだったら気にも留めないそんなことがやけに耳に残ったのは、もしかしたら理由があったのかもしれない。
……そうだな。
今、俺の目の前にあるありえないモノが、果たして本物かどうか悩んだせいだろう。
正面。
賽銭を投げ入れて拍手を打ち、頭を下げてから両手を合わせた――……浴衣姿の女性。
高い位置に作られたポニーテールの先が肩にかかり、艶やかな雰囲気を漂わせている。
……その後ろ姿に、かなり見覚えがあって。
だがそれ以前に、その隣に並んでいる男はしっかりと顔が見えている。
だから、なんでだって思ったんだ。
どうしてこのペアが、また揃いも揃ってこんな場所にいるんだ、と。
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