小川先生と、葉山。

 願い終えた葉山が、彼に向き直って笑みを浮かべた。
 2,3言葉を交わしながら、こちらへと戻り始める。
 ただ、彼女は彼を見つめたまま。
 俺に気づく気配はない。
「っ……」
 思わずきびすを返し、むっとするような熱気に包まれている屋台の並ぶ通りへ戻る。
 見つからないためには、人ごみに紛れるしかない。
 木を隠すなら……ってヤツと同じだ。
 それにしても、なんであのふたりがいるんだよ。
 ……本物、だろう。
 見間違うはずない。
 俺がアイツを見間違えるなんて、そんなワケはないから。
「…………」
 ただ――……ひとつ。
 アイツの髪が普段見ていたモノより随分と長くて、それこそ――……そう。
 以前、俺のそばにいたころの彼女と同じ長さだったのが、どうしても腑に落ちない。
 ……見間違えたのか?
 何かの影でも落ちてたのか?
 そうは思いながらもそうやすやすと引き返せるはずもなく、ただ、屋台の裏手へ回ってふたりが通りすぎるのを待つしかない。
「………………」
 息をするのもはばかるような時間は、遅々として進まない。
 それでも、ゆっくりと……本当にゆっくりと目の前の屋台と屋台の隙間から、ふたりが通りすぎたのが見えた。
「……はー……」
 途端、身体から思いきり力が抜けると同時に、目も閉じる。
 近くに生えていたデカい楠にもたれ、ひと息。
 どくどくと鼓動がガラにもなく速くて、どんだけだと我ながら突っ込んでいた。
「…………」
 それにしても、なんであのふたりがまたペアで行動するようになったんだ?
 最近どころか、ずっと見てなかったのに。
 ……ち。
 あんまいい気しねーぞ。
 つい面白くなさが顔に出て、ため息がもう1度漏れる。
 ……性格の悪い顔、か。
 確かに。まさにソレだ。
 とはいえ、いつまでもこんな場所にひとりでいるワケにはいかない。
 屋台の関係者じゃないしな。
 うろついてたら、いろいろ言われそうだ。
 絡まれても困るので、一応気にはしながらも参道に戻る。
 だが、これだけの人の出。
 そうやすやすと顔をあわせることも、そう簡単にないだろう。
 ――……が。
 それじゃそういうことで……とあのふたりを見なかったことにして帰るというのもナンで。
 つーか、気になる。ものすごく。
 ……あのふたりが付き合ってんのか?
 いや、だとしたらじゃあ、あの夜の男は誰だ。
 あっちが彼氏じゃないのか?
 それとも、小川先生が本命?
「……あーー……めんどくせ」
 考えているうちにややこしくなってきた。
 頭の中がこんがらがり、思わずがしがしと掻く。
 …………と。
 すぐそこの焼きそば屋の前に、浴衣のかわいいねーちゃんが並んでいた。
 手にはいちご飴が握られているように見える。
 ……恐らく、気のせいじゃない。
 意外。
 何がって、早速ひとりになってるのが、だ。
「…………」
 あたりをうかがうものの、小川先生らしき人影は見当たらない。
 ということは、別行動でもしたか?
 ……まぁなんにせよ、好都合ってのはこういうことを言うんだろうな。
 屋台が客を引き込む声と、あたりの人間の話し声でのざわめき。
 遠くからはお囃子も聞こえて、いろいろな音が混じってまさに『祭り』だと思う。
「…………」
 浴衣のたもとを気にしながら小銭を払う――……葉山。
 袋に入れてもらったそれを嬉しそうに受け取ると、店のおっさんも嬉しそうに頭を下げていた。
 ……まぁそうだろうな。
 こんだけかわいいねーちゃんにニコニコ言われたら、愛想は普段の倍になってもおかしくない。
 ま、それは俺にはできないけど。
 愛想なんてモン、とうの昔に恐らく置いてきたから。
「…………」
 彼女のほうへ、敢えて今度は近づく。
 黒い小さめのかごバッグに財布をしまっている今、まだこちらに気づいてはいない。
 だが、一歩踏むと先ほどよりも小さな砂利を踏む音がした。
 その音で気づいたワケじゃないだろうが彼女の顔が上がり、正面から目が合う。
 これだけの喧騒の中、それだけが強調されて聞こえるはずがないだろうが……もしかしたら何か雰囲気ってヤツでも感じ取ったのかもしれない。


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