「っ……! え、鷹塚先生……!」
「よう。奇遇だな」
……奇遇、ね。
自分で言っておいてナンだが、随分といい加減なセリフだなと思う。
彼女がひとりになったのを見計らって、こうして姿を現してるんだから。
そーゆーセリフ吐くなら、小川先生と一緒のときにしろって話なのに。
「……で?」
「え?」
「お前、その髪はどうした?」
「っ……!」
やはり見間違いじゃなかったらしい。
俺を見つめた彼女の肩には、髪先がかかっている。
切ったんじゃなかったのか?
それとも、それが何か違うモノなのか?
思わず腕を組んで彼女を見つめると、困ったように視線をあちこちへ移しながらも、口を開いた。
「ええと……これは、ウィッグなんです」
「ウィッグ?」
「はい。浴衣にはやっぱり、長い髪のほうがいいって言われて……」
苦笑を浮かべた彼女を見て、思わず瞳が細まる。
それは、いったい誰に言われたモノだ。
……相変わらず素直だな、お前は。
そいつの言いなりになってやるなんて。
「鷹塚先生はどうしたんですか?」
「いや、一応巡回だ。指導が目的」
「そうなんですか。……お休みなのに大変ですね」
「仕事だからな」
通り一遍のセリフを吐き、小さく肩をすくめる。
すると、葉山は『お疲れさまです』と小さく頭を下げた。
「そういうお前はどうした?」
「……あ……えと、私は……」
ふっ、と彼女の表情が変わる瞬間を見た。
はにかむように微笑み、心底嬉しそうな顔になったそのときを。
……そんな顔するな。
少し前までは、俺だけに向けられていたのに、今はまったく違う相手に向いているソレ。
あまりにも違いすぎる態度に、ギリと奥歯が鈍く鳴る。
「……あっ。すみません」
そのとき、彼女の携帯が鳴った。
取り出した携帯のパネルが光り、慌てて耳に当てる。
「もしもし。こんばんは。あ、今はえっと……わたあめ屋さんの前にいます。……え? あはは、すみません。そうですね。あの、入り口のほうではなくて、ちょうど鳥居のそばにあるほうです」
くるりと俺に少しだけ背を向けた彼女が、両手を携帯に当てながら、嬉しそうな顔をして話し続けている。
普段聞かないような、砕けた会話。
……俺にはない、態度。
それだけ心を許してる相手なんだろうが、正直、この差はカチンと来る一方で。
相手が誰かはわからない。
小川先生か、それとも別の男か。
だが、どっちにしろ面白くないのは同じ。
「すみません」
通話を終えた彼女が、携帯をしまって俺に振り返った。
同じように眼差しは優しい。
だが、それは俺だけじゃなく、万人に対するモノ。
……それが、悔しい。
俺は我侭だから。
断ち切るつもりが、今度は強引に手を伸ばそうとしているんだから。
「待ち合わせか?」
「はい。これから、ここに来るそうです」
「……ふぅん」
もし、小川先生ではなく相手があの夜の男とあれば、俺が一緒に居るのを見られたら相当マズいだろう。
……それとも、まったく関係ないような顔をするのか? お前は。
『こちらは、私が小学校時代にお世話になった担任の先生で――……』
そんなふうに、さらりと紹介でもしてくれるつもりか。
「っえ……!」
不意に手が伸び、携帯を再度取り出した彼女の手首を掴む。
途端、当然だが驚いたように俺を見上げた。
「あっ! 鷹塚先生っ……!?」
手首を掴んだまま、振り返ることなくずんずんと通りを外れるように歩き始める。
出店の間をすり抜けるようにして参道から外れ、提灯の明かりのない林のほうへ。
この先にあるのは、小さな池。
そして、休めるようになっている小さな東屋がひとつ。
「あのっ……鷹塚先生! 私、待ち合わせをしていて……!」
それは知ってる。
当たり前だろ? 今、俺の前でやり取りしてたんだから。
でもな。
だからこそ、俺は今こんな行動に出てるんだ。
どうしてもお前を、そいつに引き渡したくなくて。
どうしてもお前に――……俺を『恩師』だと紹介されたくなくて。
「せん――」
「来いよ。……いいから」
「っ……」
歩きながら顔だけでそちらを向き、小さく呟く。
そのときの俺は、もしかしたらあのときと同じような顔をしていたのかもしれない。
あの――……熱海のラブホへ、無理矢理連れ込んだときと。
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