「……あー、くそ!」
 むしゃくしゃする。
 言いようのない感じが身体に残っていて、それが無性に気持ち悪い。
 何してんだ、俺は。
 つーか、なんであんな店行ったんだ。
 花山が無理矢理に手を引いてまで連れて来たってのは当然あったが、だとしても店が店だとわかった時点で断れば幾らでも違う店に行けたのに。
 なのに俺は、敢えて踏み込んだ。
 あくまでも自分の意思で。
 それが、無性にイライラする。
「……っち……」
 バットが宙を大きく切ると同時に、後ろのネットに受け止められた球が前へ転がって行った。
 気持ち悪いまま家に帰ったら、ずっとそれを引きずる。
 そうわかっていたから、幹線道路沿いにあるバッティングセンターへ迷わず足を向けた。
 だいたい、なんであんなこと思ったんだ。

 なんで――……あの子と葉山を重ねた。

 似てないだろ。
 全然違う。
 ただ、髪型が似ていただけで。
 笑顔がかわいかっただけで。
 ……アイツとは違う。
 代わりなんて、いない。
 アイツは――……。
「くそ!」
 ど真ん中ストレートを受けたバットを振り切る。
 結果は、ファール。
 すげー場所に飛んで行って、ため息よりも先に悪態が出た。
 これで、25球分終了。
 3分の2が前に飛んだか。
 ……少な。
 我ながら、やっぱり野球には向いていないようだ。
「……はー……」
 バットをボックスに戻してからネット裏の扉を開け、外に出る。
 ちょうど、ドアが閉まりきる前、カーンといい音が響いた。
 ……それだけじゃない。
 ファンファーレにも似た音が響き渡り、天井から吊り下げられていた『ホームラン』のプレートが大きく揺れていた。
「…………」
 遠くから聞こえてくる、きゃあきゃあと騒がしい声。
 見ると、3人ではしゃいでいる若い連中がいた。
 どうやら、あのツレがホームランを打ったんだろう。
 係員が駆け寄っていって、拍手しながらちょっとした景品のようなものを渡していた。
「…………」
 カップルじゃない。家族じゃない。
 多分、友人。
 だが、バッターボックスから出てきたらしい、ねーちゃんの後ろ姿には見覚えがあった。
 長い髪。
 ふわりとした短いスカート。
 そして何より――……その、声。

 葉山 瑞穂。

 すごいじゃない、とか。
 やるなぁとか。
 高い声だけじゃなく低い声までもがこっちに聞こえてきて、思わず眉が寄る。
 ……友人、か。
 こちらに背中を向けている葉山と、その彼女にぴたりと寄り添うスーツ姿の人間。
 細身の短髪で、葉山よりも少しだけ背が高い。
「ッ……」
 にこにこと笑いながらはしゃいでいた葉山の、その肩へそいつが腕を回した。
 無理矢理に引き寄せ、そのまま――……唇を、頬へ当てる。
 ……咄嗟に、ざわつく。
 空気が、じゃない。
 自分の身体の中が、だ。

 誰だ、ソイツ。

 出そうになった言葉を飲み込み、代わりに拳を握り締める。
 切り残した爪が手のひらに食い込み、鈍い痛みになった。
 だが、コレ位でちょうどいい。
 じゃなきゃ、当然のツラして間に割り込みそうだったから。
「………………」
 まんざらでもないような葉山の表情を見た瞬間、喉が鳴った。
 今さら。
 その言葉そのものなのに、俺は何をしようとした。
 結局、俺は何がしたかったんだ。
 自分から突き放しておいて、今さらそれはねぇだろ。
「……っ……」
 視線を逸らし、大股で自動ドアから外へ出る。
 ダサくて、情けなくて、みっともなくて、カッコ悪くて。
 最低だ、俺は。
 アイツを離したことに、未練しか感じてない。
 ……アイツを傷つけておいて、今さら未練かよ。
 最低だな、お前は。
「くそ……!」
 渡ろうとした横断歩道の信号が赤に変わり、思い切り舌打ちする。
 止まれねぇだろ、今さら。
 決めたのにな。確かに。
 止まるって決めたのにな。

 とりあげるわよ。

 ……上等だ。やってみろ。
 再び小枝ちゃんの声が頭に響き、は、と短い笑いとともに奥歯を噛み締めた。


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