「当スタッフにて追跡調査を行いましたところ、やはり奥様のおっしゃるように、浮気とおぼしき事実が明白となりました」
間仕切りのある応接スペースにて、先ほどから始まった結果報告。
ガラスのテーブル越しにソファへ浅く腰かけている女性は、書類を差し出した鳴崎さんを見ることなく、食い入るように紙面を見つめている。
ドギッシュ・アシスト。
学生の私が“バイト”という名目で在籍しているこの会社は、人材派遣サービスを行っている。
相談内容は本当にさまざまで、家事の代行から、お年寄りの話し相手、そして子どもの送迎などなど、挙げようと思えばきりがない。
今回私が携わった依頼は“浮気調査”。
この手の素行調査も、家事代行なんかと並んで割と依頼が入るあたり、正直どうなのかとは思うものの、結局人間なんてそんなもの。
口ではなんだかんだ言いながらも、最後のところでは他人を信じきることができない。
たとえそれは家族であっても叶わないんだから、仕方ないんだよね。
「…………」
2週間前に訪れた彼女は、開口一番『旦那が浮気している』と言い放った。
正直、この会社で初めて素行調査なんかをしたときは驚いたし戸惑いもしたけれど、もう慣れたもの。
今じゃ、普通の人なら『えええ』と引くような依頼も、淡々と引き受けることができるようになった。
けれど、それを社長はよく思ってないのもわかっている。
『人を信じることで、人は生きていけるのよ』
彼女はいつも、私たちにそう言っているから。
「どうしますか? これ以上の調査は恐らく意味がないでしょう。離婚を申し立てるのであればこれらは十分立派な材料になりますし、弁護士につきましても、ご用命でしたら事務所をピックアップいたしますが」
隣の席で表情も変えずに淡々と喋る鳴崎さんは、笑ったりしないことで有名だ。
黙っていればいい男。
だけど、もしかして前職は警察官かはたまた真逆のドンパチするほうの人かわからないような雰囲気があって、何を考えているのかわからない。
そもそも、毎回パートナーがこの人っていうわけじゃないけれど、まぁ、別に異議を唱える出来事もないから、変わらないっていうだけ。
……まぁ確かに、この会社では割と常識人だとは思うけどね。
きっと。信じてる。
「え……?」
泣くか喚くかどっちかだろうと踏んでいたら、目の前の彼女が肩を揺らして笑い始めた。
狂ったように、ではない。
淡々と、静かに…………まるで、思い出し笑いのような静けさに、まばたきが出る。
「ねぇ。その浮気相手の写真とかある?」
「ええ。証拠写真として押さえてはありますが……ご覧になりますか?」
「見たいわ」
俯いていた彼女が顔を上げたとき、くっきりとした笑みが口元に浮んでいた。
それは、これまで見た“浮気された奥さん”の顔じゃなくて。
どちらかというと、ウチの社長にもよく似た“デキる女”の顔だった。
「……馬鹿な男」
鳴崎さんが差し出したスナップ写真を見た彼女は、くす、と赤い唇で笑ってからテーブルに放った。
足を組み、その上に組んだ両手を置く。
「ひとつお願いっていうか、提案があるんだけど」
「なんでしょう?」
「依頼内容、『浮気調査』から『復讐』に変えてもらえる?」
交互に私たちを見やったあとで、彼女は『どうかしら』と小さく笑った。
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