「……鳴崎さん。ホントにこないんですか?」
「別に俺が顔を出す必要はないだろう」
「うーん……でも私、あんまり今お腹空いてなくて……」
「そういう問題か?」
「それは……や、違いますけど……」
 黒のオデッセイの車内は、いつにも増して圧迫感がハンパなかった。
 というのも――……。
「こんなモンかな」
「いつもカッコイイですね」
「あはは。それは、みーくんも一緒でしょ?」
「うーん……なんかこう、最近イマイチって言われましたけど」
「そうなの?」
「ええ。社長と御原(みはら)先生には『イマイチ』って」
「それはほら、最近きれいになったからじゃない? 女子力アップ、みたいな」
「……だといいですけれどね」
 2列目のシートに長い足を伸ばして座っているふたりは、どこからどう見てもその辺の読者モデルなんかよりずっとカッコいい。
 背だって高いし、腰は細いし、髪はさらさらだし。
 何より、その顔立ち。
 運転席に座っている“いかにも”な鳴崎さんとはまるで違い、どちらかというと“美青年”風だからこそ、いろいろな内情をわかっていてもついニヤける。
 2ヶ月ほど前、ふたりがスーツ姿で事務所にいたのを見たときにはもう、卒倒しそうだった。
「……センリさんばっかり、ずるい」
「出た、亜沙(あさ)の“ずるい”」
「だって! 私も瑞穂さんとべたべたしたいです!」
「そう言われてもねぇ……ていうか、これからベタベタできるからいいでしょ」
「よくないの!」
 助手席からめいっぱい身を乗り出して両手を振るものの、センリさんは口角を上げて笑いながらこともあろうに隣の瑞穂さんを引き寄せた。
 や、違う。
 それは抱き寄せてるって言うんです!
「もう! 触らないでください!」
「なんでそこで妬くかなー。いいじゃない、外ではベタベタしてあげるから」
「でも! なんかシャク!」
「……あはは」
 艶やかな表情で長い指をわざと瑞穂さんの顎に当てながら、センリさんがシートにもたれる。
 うぅ。ずるい。
 なんでセンリさんばっかり!
 私だって、きっと男装すれば同じくらいカッコよ……く、ならない…………けど。
 そう。
 瑞穂さんが男装するとき必ずセンリさんがパートナーになるのが悔しくて、私も志願したことがあった。
 でも――……なってみて、後悔。
 自分じゃ案外いけてる!? って思ったのに、スーツ姿でみんなの前へ登場した途端、大爆笑された。
 中でも、今日は七ヶ瀬大学の講義に潜入という名の単位補習してる美坂なんて、お腹を抱えて『中学生みてぇ!』と言い出したほど。
 瑞穂さんに止められなかったら、あのまま膝蹴りを再度食らわしていた。
「あーちゃん」
「う。なんですか?」
「あとで、おいしいケーキ食べれるからね」
「……はい」
「なんでいつもみーくんの言うことは素直に聞くのかな」
「しょうがないじゃないですか! なんかもう、全部まとめてモロ好みなんですもん!」
 けらけら笑ったセンリさんに眉を寄せると、瑞穂さんはくすくす笑いながら『ありがとう』と呟いた。
 はぁもう、その声たまらないんですけれど、どうしたらいいんですか。
 瑞穂さんは、もちろん女性。
 普段はめちゃめちゃかわいいお姉さんで、外見と同じく声も高くてかわいい。
 だけど、こうしてたまに男装するときは、変声用のチョーカーのせいで声が低くなる。
 それこそ、男性だとちょっと高いかな? くらいには。
 だから、その声が……とってもいいんだよね。
 てかもう、基本的にかっこいいし、もろ好み。
 ううう。どうして瑞穂さんってば女性なんだろう。
 や、あの、女性の瑞穂さんも好きなんだけど! かわいいのに中身イケメンだから!
 この間だって、美坂とペアで依頼者の面接していたとき、いきなり鷲づかまれて慌てたっていうのに、ヤツにいたっては私を置いて部屋の隅へ逃げ出してくれやがって。
 でも、瞬間的に動いてくれたのが――……何を隠そう。瑞穂さん。
 中学まで空手をたしなんでいたのもあってか、身体の動きがとてもきれいでキレがある。
 本当に、瞬間的な速さ。
 ぱちくりしている間に依頼者が椅子へ押しのけられていて、私の目の前には彼女の背中があった。
 …………はぁあああもう、超かっこいい。
 『大丈夫?』と優しい笑顔で振り返ってくれた瞬間、何度目かの恋に落ちた気すらした。
「……動いたな。そろそろ頼む」
「了解です」
「あーちゃん、行こう?」
「はいっ!」
「……なんか、亜沙って犬みたいに見えない?」
「仕方ないだろう。そういう種族だと割り切れば支障はない」
「ひど!」
 道路を渡った反対側にある喫茶店へ、ターゲットが入ったのをフロントガラスから確認し、鳴崎さんが指示を出す。
 すぅ、と息を吸い込んでから外に出ると、日差しがまぶしいよりも先に熱くて痛かった。
 もう、夏が来る。
 この仕事を始めてから、3度目の夏が。


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