「何食べたい?」
「えー、カルボナーラもいいけど、でもナポリタンかなぁ」
「じゃあ、カルボナーラ頼むから。半分こする?」
「いいのぉ? やだ、ちょー嬉しい!」
 ここは、藤沢の駅にほど近い大通り。
 広い車線の両側にはビジネスマン向けのファストフード店がずらりと並んでいる。
 平日の昼時というのもあって、この喫茶店に入っている人間も8割がスーツを着込んだビジネスマン。
 私服の私たちと、保護者談義で盛りあがっている奥のテーブル席にいる主婦たちのほうが、よっぽど異な感じだ。
 ――……けど。
 異なのは、それだけじゃない。
 その奥のテーブルの隣にある大ぶりの観葉植物のお陰でちょっとした目隠しになっているテーブルには、明らかに異色なふたりが座っていた。
 かたや、スーツを着込んだビジネスマン。
 かたや、私と同じようなふりふりした服を着ている、どう見ても相手より10歳以上は年下だろうと思えるようなお姉さん。
 平日の昼時に、デートなんかしちゃうの? と周りに勘違いさせかねないふたりは、周りの空気を完全無視でひそひそと語り合っていた。
 ……うーん。語り合う、で果たして合っているだろうか。
 いや、間違ってる気がする。
 だって、いくらなんでも内緒話とばかりに耳元へ手を当てて喋りながら、『やーん、もぉー』なんて声出さないでしょ?
 さっき、一瞬そんな大きな声が聞こえて、カウンターに座っていたおじさんが盛大にパスタを噴きだしていた。
「……亜沙は相変わらずうまいね、そういうぶりっ子」
「センリさんに言われたくないです」
「別に、僕はぶりっ子してないけど?」
「その格好でぶりっ子したら気持ち悪いじゃないですか」
「それもそうだね」
 ひそひそのやり取りは、こっちも一緒。
 だけど、内容はまったく違う。
 瑞穂さんはずっと彼らを注視しているけれど、手元には小さなミニノートがある。
 さっきから、カタタ、とキーを叩く音は響いているものの、店内がかなりザワついているので誰も気にしていない。
 それに、ここはオフィス街。
 きっと、テーブルにパソコンを広げていても誰も不審には思わないだろう。
「金曜18時、北口で」
「あ。割れました?」
「うん。行き先もわかったけど……見る?」
「や、いいです。なんとなく顔見たらわかった気がしました」
「そっか」
 今まであの人の口元を読んでいた瑞穂さんが息をついてから、私たちへ視線を戻した。
 あの男の人が、でへへ、と崩れた顔で笑ったのがばっちり見えた瞬間『気持ち悪い』って思っちゃったんだけど、どうやら相手の女の人はそう思わなかったらしい。
 再度『やーんえっちぃ』なんて声が聞こえて、パスタを噴いたおじさんが今度はお冷を噴きだした。
「……なんで男の人ってああなんですか」
 運ばれてきたナポリタンを早速フォークでくるくるしながら誰にともなく呟くと、目の前に座っていたセンリさんが肩をすくめた。
「そういうふうにできてるからでしょ」
「何が?」
「だから、子孫を残したいっていうのがそもそもの目的だけど、人間の場合はいつしかそれが快楽にすり替わったっていうだけ。犬とか猫が繁殖期以外しないのと違って、人は進化しちゃってるからね」
「……はぁ」
「人は、一度経験したことは次も……って期待する生きものだから。こればっかりは、仕方ないかな」
 大きな口でカルボナーラを食べたセンリさんの言っている意味がよくわからず反射的に瑞穂さんを見ると、苦笑しながらBLTサンドに手を伸ばした。
 ……経験したことは、期待する。
「え、それってつまり……」
「ようは、ヤってみたらすっごい気持ちよかったから、もう1回やりたいなーってことでしょ」
「……ふぅん」
 そんなの気持ちいいものでもないと思うけど、そのへんはどうなんだろう。
 それとも、アレなの?
 センリさんとか瑞穂さんが相手だったら、あの人みたいに『やぁんもぉ』とか言えちゃうくらいの気持ちよさなのかな。
 うーん。

「え、ちなみにじゃあ、ふたりもそう思うってこと?」

「ごほっ!?」
「わ! ちょ、ごめんなさっ……!」
 センリさんはともかく、そういえば瑞穂さんは女性でしたっけ。
 赤い顔をして胸元を叩いている姿を見て慌てるも、手を振りながら『大丈夫』とだいじょばない感じの声が聞こえて申し訳なさが先立つ。
 ……うぅ。
 もしかしなくても、センリさんは楽しそうに見ちゃってるし、なんだかなぁ。
 ため息を漏らしながらもついついあの男の人へ目が行き、まだ崩れた顔してでへへと笑っているのが見えて、ついついセンリさんに指摘されるような顔になってしまった。


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