外に出ると、夜風が心地よかった。
昼間はかなり暑いけど、夜は涼しいんだよね。
田代先生と祐恭先生のマンションはそんなに離れてないとはいえ、こうしてふたりきりで外を歩けるなんて、すごく特別。
えへへ。嬉しい。
「……さっきのは、さ」
「え?」
交通量が少なくなった幹線道路沿い、車道側を歩く彼が口を開く。
「あれは羽織ちゃんの本心?」
「っ……」
まっすぐ見つめられて、思わず足が止まった。
さっきの、っていうのは私が言ったあれだよね。
違うとは言えない。
でも……。
「そう……とも言えますけど、女の子みんなそうなんじゃないかな、って」
つい、視線が逸れたのは恥ずかしいのともうひとつ、ちょっとだけ偉そうだったかなと思ったせい。
逃げたように聞こえちゃうかな。
だとしたら違うから、訂正しておきたいけれど……と思ったら、立ち止まった祐恭先生が私へ手のひらを差し出した。
「え?」
「手、繋いでなかったなと思って」
「あ……」
優しく笑って伝えられた言葉に、目が丸くなる。
確かにまだ、手を繋いだことはまだなかった。
抱きしめてもらったことも、キスをしたこともある。
……それだけじゃない。
キスからさらに……というところまでいったこともあった。
でも、手を繋いで歩くことは、まだしてなかったんだよね。
「嬉しいです」
嬉しくて思わず両手で手を取ると、そのまま引き寄せられた。
身体が寄り添い、気持ちまであたたかくなる。
「……小さいな」
「もぅ。先生の手が大きいんですよ」
とても、あたたかかった。
安心する、大好きな人のぬくもりがじかに伝わってきて、ただただ嬉しい。
「……えへへ」
ぎゅっと力を込められて、さらに嬉しくなった。
単純かもしれない。
でも、やっぱり特別な人だもん、特別な気持ちになるのは当然だよね。
にまにま笑ってしまいながら彼を見ると、そんな私を見てか小さく笑った。
いつものように部屋へ戻ってから、手を繋いだままソファへ腰をおろす。
だけど、祐恭先生は隣に座ることなく、目の前のフローリングへ膝をついた。
「……祐恭先生?」
不思議に思ってまばたくと、穏やかな笑みはそのままに、だけど心なしかいつもと違う雰囲気に少しだけど、どきりとする。
「愛してるよ」
「……え……っ!」
心臓が大きく跳ねた。
かぁっと顔が熱くなっただけじゃなくて、思わずソファへもたれるような格好になったのは身体に力が入らなくて。
目を丸くしたまま彼を見つめていたら、どきどきと心臓が大きく鳴っていた。
こくん、と喉も動いて、それこそ彼に全部聞こえそうなくらいどきどきする。
「…………」
両手を口元へ当てたまま、何も言えなかった。
むしろ、真剣な面持ちで伝えてくれた言葉に、どう答えていいのかわからなかった。
力の入らない身体が、ソファからフローリングへと下がり、ペタンと膝を崩したままの格好になる。
どうやらよほど身体が熱くなっているらしく、太腿に床が当たるとやけに冷たく感じた。
「祐恭せ、んせ……」
「好きだよって言葉は何度か言ったけど、これはまだだったなと思って。羽織ちゃんは俺のことを『大好き』って言ってくれるけど、俺が言うにはちょっとかわいすぎるっていうか……そのせいで、ちょっと不安にさせたかなと思って」
「そんなことっ……!」
「だからせめて、違う形で俺の気持ちが伝わればいいなと思ったんだけど……なんか恥ずかしいな」
苦笑を浮かべた彼は、そう言うと私の隣へ座った。
あ……ほんの少しだけ、ね?
ほんの少しだけど、祐恭先生の頬が赤くなってる気がする。
すごくすごく特別な言葉なのは、私だけじゃなくて彼にとってもそうなんだよね。
……どうしよう、すごく嬉しい。
頬が緩んだまま戻らなくて、顔がずっと笑顔だ。
「っ……え、何か嫌だった?」
「あ、ちがっ……違うんです! なんか、嬉しくて、すごくどきどきして……すごく、すっごく嬉しかったんです」
目の前の彼が驚いた顔をしたから、こっちも慌てる。
笑顔なのに涙が溢れるって、なんだかすごく困る。
悲しいんじゃない、ただただ嬉しくて、幸せで。
感情がすごく昂ぶると、予想外の反応が身体に起きるらしい。
「っ……」
首を横に振ったら、彼が抱きしめてくれた。
ああ……もしかしたら、どこかで不安だったのかもしれない。
自分より年上の大人の人で、なんでもできて、かっこよくて、特別で。
私が持っていないものをたくさん持っている人を好きになったら、私のことを好きになってくれた。
笑顔をくれて、触れて、キスを……してくれて。
ありえないと思っていたことが現実になって、なのに、私はいつまでも自信がもてなくて。
だって、彼のように特別な何かを持っていない。
勉強だって胸を張れるほどできなくて、絵里のように注目を浴びる人じゃない。
なのに、そんな私を好きになってくれたことは、すごく特別で……でも、どこかではいいのかなって不安だった。
大人っぽいわけでもなく、何かが秀でているわけでもない、子どもっぽさしかない私を、本気で好きになってもらえたのかなって……不安だったの。
いつか、『冗談だよ』と言われるんじゃないか、って。
彼といる時間が長くなればなるほど、そんな不安に駆られることが多くなって。
だからこそ、今の言葉はすごくすごく嬉しくて、不安から救い出してくれる大きなものだった。
不安はただの思い過ごしだった。
そう思えて、何よりも嬉しかった。
だって、言ってもらえると思ってもなかった言葉を、目の前で大好きな人からもらうことができたんだもん。
今の私は、誰よりも幸せものだ。
「っ……ごめ、なさ……」
抱きしめられて背中を撫でられると、涙が止まらなかった。
彼へ身体を預け、涙を拭う。
……あったかいなぁ。
規則正しく伝わってくる鼓動が、自分のものなのか彼のものなのか……どちらともなく混ざり合っているように感じて、不思議な気持ちだった。
「不安にさせて、ごめん」
「っ……!」
そんなことない。
精一杯その気持ちを伝えるべく、首を振る。
だって、祐恭先生は……彼は、私のことをちゃんと考えていてくれたんだから。
「ん?」
涙を拭ってから身体を少しだけ離し、そっと彼を見上げる。
……どう言えばいいだろう。
なんて、ちょっぴり悩みはしたけれど、でも、彼が今私にしてくれたことを、すればいいんだよね。
「祐恭さん」
一瞬だけ視線を外したあと、もう1度瞳を合わせて……彼の名前を呼ぶ。
特別な響き。
普段呼びなれていないせいか、なんだかすごくどきどきする。
……不思議な感じ。
なんだか、幸せの魔法の言葉みたい。
「私も、愛しています」
「っ……」
ちゃんと、笑顔で言えたかな。
彼の目をまっすぐに見つめ、囁くように口にする。
特別な言葉。
大事な人にしか、言えないこと。
……彼しかいない。
私にとって特別な人は、彼だけ。
「っ、ん……」
一瞬瞳を丸くした彼が、頬を包むように両手を当ててから……口づけた。
いつもと同じ。
柔らかくて、あたたかな唇。
……でも。
『愛してる』と言ってくれた彼は、いつもと同じなんかじゃない。
私にとって初めてで、とっても大切で特別な人だ。
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