「ばっかじゃないの、あの顔! あーーーもー、腹立つ!!」
 昼食を食べ終えて早々に着替え、とっとと帰りのタクシーを捕まえる。
 その車内。
 絵里の発言で、運転手さんが驚いた顔をしたのをバックミラー越しに羽織は見たものの、今回は何も言えなかった。
 自分とて、同じ気持ち。
 ショック、という一言では決して済ませない。
 言い表せないほどの、嫌な気持ち。
 もちろんその原因は、あの海の家での件。
 いくらほかのことを考えようとしても、頭から離れないでいる。
 純也も祐恭も、ナンパなどに引っかかるような類の人間ではないし、逆にナンパするような人間でもない。
 だからこそ、だ。
 まさか、あんなにもあっさりと目の前でほかの女性を受け入れるなど思ってもなかったので、予想以上にショックを受けた。
 もちろんそれは、絵里とて同じ。
 だが、彼女は自分よりも羽織のほうがずっと心配だった。
 自分のように、強く相手に言葉をぶつけられれば、それだけで随分と違う。
 とはいえ、羽織は決してそんなタイプではない。
 ちらりと隣を伺うと、眉を寄せたまま俯いていて。
 内に秘め、なんでも我慢してしまう節があることを知っているから、絵里は心配だった。
「羽織?」
「……え? なぁに?」
 気付いて笑みを作るが、やはりぎこちなさが強い。
 それを見て、絵里はたまらず眉が寄る。
「ね、宿帰ったらこっちの部屋に来なさいよ。でさ、そっちの部屋は純也と祐恭先生に渡しちゃいましょ」
「あ……うん。そうだね」
 力なく笑う羽織の頭を引き寄せてから、彼女へ自分ももたれる。
「……馬鹿……」
 そう小さく呟いた絵里の寂しそうな声を、羽織は聞き逃さなかった。

「……あー……」
 ようやくあしらうことができてパラソルまで戻ってみると、見事に彼女らの荷物だけがなくなっていた。
 代わりと言ってはなんだが、砂にでかでかと“大馬鹿”の文字。
 それを見て大きくため息をついてから、ふたりは顔を見合わせる。
「……参ったな」
「ですね」
 彼女らが怒るのは無理もないし、断りきれなかったこちらに非があるのは十分にわかっている。
 ……だが、なんとなく断り切れなかったのだ。
 どことなく、絵里と羽織に似た雰囲気だったから――とはもはや、今は口が裂けても言えない。
「はー……」
 もしも。
 もし、彼女らが自分たちの前でナンパを断らなかったら、恐らくは口だけでなく手を出してまでも引き離していただろう。
 なのに、自分たちはどうだ。
 そう思うと、ふたりに対してただただ申し訳なかった。

 旅館に戻った絵里と羽織は、簡単にシャワーを浴びてからそれぞれの荷物を入れ替えて備え付けの浴衣に着替えた。
 同じ部屋に移り、お茶菓子をバリバリ食べながらテレビをつける。
「あ、これ見逃してたんだよね」
 ぱきん、とどこから取り出したのかせんべいをかじった絵里が、チャンネルを変える。
 どうやら、関東圏ではすでに放送された番組が、この時間帯に放送されているらしい。
 羽織も見たことのある番組だっただけに、彼女の視線もテレビへ。
「おもしろかったよ、この回」
「うっそまじで。やば、楽しみ」
 羽織が笑ったのを見て、絵里は正直ほっとする。
 少しとはいえ、いつもの羽織に戻ったことが嬉しかった。

「ねえ、卓球勝負しない? 卓球」
「卓球? うーん……でも絵里には勝てないもん。前みたいに、何か賭けたりしない?」
「えー? せめてジュースぐらい賭けましょ。じゃなきゃ、おもしろくないじゃない」
「……もぅ、だめだよー。体育のときで痛い思いしたもん。ハンデくれるなら、考えてもいいけど……」
 見逃した番組を30分ほど見たあとで、思い出したように絵里がテレビを消した。
 くすくすと笑いながらお茶菓子をつまんで、緑茶をひとくち。
 すっかり、ふたりとも彼らのことは考えないでいられるようになっていた。
 さっきのことは、なし。
 お互いにそう思っているのがわかるからこそ、あえて口に出すことはしない。
 幼いころから気心が知れてる仲だからこそ、である。
「今の時間なら、台もまだ空いてるでしょ。温泉といえば卓球よ。ほら、行きましょ」
「もぅ、しょうがないなぁ。でも、夕食まで時間もちょっとあるし、行こっか」
「っし! じゃあ決まり!」
 すっくと立ち上がった絵里が羽織を手招きし、部屋の鍵をかけてから、エレベーターまでスリッパを響かせて走る。
 途中、どちらともなく笑いが漏れ、次第にその声は大きくなっていった。
「……あ」
「あ」
「あ」
「あ」
 待っていたエレベーターが口を開けた途端、4つの声が聞こえた。
 無理もない。
 中からは、帰ってきたばかりらしい祐恭と純也が出てきたのだから。
「なんだよ。どこか行くのか?」
「関係ないでしょ? ……フン。あのお姉さんたちと遊ぶふたりには、な い しょ」
 ふんっと顔を逸らして入れ替わりにエレベーターへ乗り込み、彼らを追い出してから“閉”ボタンを連打。
 だが、純也と祐恭が平然と扉を押さえつけたため、ボタンの効力は発揮されなかった。
「ちょっ! 何するのよ! 早く荷物置いてくればいいでしょ!」
「何をいつまでも怒ってんだよ! 少しは人の話を聞け!」
「……はぁ? 何を怒ってる、だぁ? っ……そーゆーのは、自分の胸に手を当ててから言え! 馬鹿!!」
「うわっ!?」
 純也の一言で絵里が表情を変え、どんっと突き飛ばした。
 その手が離れた隙に、扉を閉めることに成功。
「あっ!」
「こら!」
「いーだ!」
 閉まる瞬間に思い切り『あかんべ』を見せた絵里を、羽織がくすくすと笑い始めた。
「あのね。笑ってる場合じゃないわよ!」
「あはは、ごめんね。でも、田代先生の必死な顔って、絵里といるときにしか見ないから」
「……な……」
 かぁっと絵里の頬が赤くなるのを見逃さなかった羽織は、そのまま悪戯っぽい笑みを浮かべて彼女の顔を覗きこむ。
 立場逆転。
 普段の強気な彼女と違って、こういうときの絵里がとてもかわいくてたまらない。
「お馬鹿っ! 違うっつの!」
「んー? 絵里ちゃん、かーわいいぃー」
「あーもー! 羽織!」
 つんつんと頬をつついてやると、案の定彼女は照れたままだった。
 かわいいなぁ、もう。
 きっと、田代先生も絵里のこういうところがたまらなく好きなんだろうな。
 まったくもう、と言いながら頬に片手を当てている絵里を見ながら、羽織はもう1度小さく笑った。
「あ。やっぱり、誰もいないわね」
「ホントだ」
 着いたことを知らせる音とともにエレベーターから降り、すぐそこにあった卓球台へ近づく。
 見た途端、お互いにぱっと表情が明るくなるから、不思議だ。
 温泉といえば、浴衣。
 浴衣といえば卓球。
 絵里の中には、なぜかそんな図式が成り立っているらしく、早速そばに置かれていたラケットを手にすると、ピンポン玉を握り締めながら不敵な笑みを羽織に見せた。
 地下1階の遊技場。
 ここには、卓球台のほかにビリヤードの台と子ども向けのゲーム機が設置されており、通りの向こうには大浴場もある。
 そのため、まばらではあるものの、それなりに人通りがあった。
「じゃ、ハンデとして私はペンのラケットにするから。あ、羽織はシェイクでいいわよ」
「……あんまりハンデになってないような気がするんだけれど……。それで、何点勝負?」
「21点。文句なしな」
「え?」
 うしろからかかった声に振り返ると、そこにはニヤリと不敵な笑みを浮かべた祐恭と純也がいた。
 それぞれ手にしたラケットを、こちらに向けている。
 だが、気のせいだろうか。
 ぜいぜい、と肩で大きく息をしているように見えるのは。
「……もしかして階段で来たの?」
「いーだろ別に」
「若くもないのに無理しちゃって」
「うるせーな!」
 ラケットを口元に当てて、絵里が瞳を細めた。
 やはり、図星だったらしい。
 ぶんぶんとラケットを振りながら、純也がわずかに頬を染めた。
「21点1本勝負。負けたら、何も言わずに部屋の鍵を渡して、大人しく話を聞くこと。いいな?」
「ヤダ」
「……お前な。もう少し猶予ってモンを……」
「ダメよ。だいたい、私は羽織とやるんだから」
 取りつく島もないな。
 顔を見合わせた純也たちは、そのままため息をつく。
 ……こういうときはどうするか。
 といえば勿論――強行突破のみ。
 それしかない。
「行くぞー」
「あっ!? ちょ、待ちなさいよ!!」
 平然と純也がサーブの構えをしたのを見て、反射的に絵里と羽織もラケットを構えた。
 ……しまった。
 絵里がそんな顔を見せるが、すでに遅い。
「あ、ちょいまち。じゃあ、私たちが勝ったらこのままでいいってことよね?」
 タイム、とばかりに絵里が手を挙げると、ふたりは顔を見合わせてからにっこりとうなずいた。
「いいぞ、別に。そもそも、負けること前提に話してないしな」
「……あ、そ。言ってなさい」
 一瞬眉をひきつらせてから、絵里がラケットをペンからシェイクハンドに変えた。
 羽織相手ならばハンデをやるつもりだったが、このふたり相手にはそんなつもり毛頭ないらしい。
 コンコン、とラケットの縁で台を叩き、思い出したようにニヤリと今度は彼女が不敵な笑みを浮かべる。
「絶対打てないサーブ。純也ならわかるわよね?」
「……アレはお前、卑怯だろ」
「勝負に卑怯も何もないの。だいたい、文句なしって言ったのそっちでしょ?」
 ふ、と笑ってから構えると、祐恭が早速サーブをしてきた。
 ――……が。
「甘いわ!!」

ガ・コンッ

「……え」
「ふ」
「さすが、絵里。いいラインどりだったね」
「おほほほ。まぁね!」
 一瞬、純也と祐恭は何が起きたのかわからなかった。
 きらり、と絵里の瞳が光った瞬間、線がふたりの間に引かれた、という表現がいちばんしっくりくるかもしれない。
「……えーと、サーブは5回交代だよな?」
「何回交代でもいいけど、ラリーだからガンガン点入れるわよ」
 汗を浮かべて純也が呟くと、絵里が呆れたようにさっくりと切り捨てた。
 どうやら、やる前からすでに結果は目に見えているようだ。
「とりあえず、あと4回は私のサーブかしら? ほら。早くよこしなさいよ」
「うわ……きっつ」
「そっちが勝負持ちかけたんでしょ。甘いっつの!」
 にっこりと絵里が浮かべた笑みには、かわいさに反してある種の恐怖を感じさせるようなモノで。
「とう!」
 妙なかけ声とは反対に、真剣にラケットを構えた絵里が、サーブを打つ。
 それらは、どれもこれも打ち返す寸前でくくっと曲がる不思議玉だった。
「……スライダー……?」
 そう、小さく祐恭が呟くのも無理はなかった。

「……嘘だ」
「ま、これが実力ってヤツよね。私がシェイクを持ったら、右に出る者は冬女にもいなかったわ」
「絵里、かっこいー!」
「おっほっほ。惚れたでしょ」
 羽織に抱きつかれたままで絵里が『ふ』と笑って見せ、ラケットを元の場所に投げ入れた。
 結果は、パーフェクト。
 絵里の勝ち誇った顔は、ある意味男前だった。
「それじゃ、男ふたりで仲良く眠ってね」
「あ、ち、ちょっと待て! 卓球じゃなくて、麻雀とかでやり直そうぜ!」
「ぶぁかじゃないの。麻雀なんてできないわよ。ドンジャラしか」
 慌てた純也に、絵里がにっこり笑ってその場を去ろうとすると、向こうから見たことのある顔が歩いてきた。
 ……そう。
 今の絵里にとっては天敵以外の何物でもない、先ほどのあの女性ふたりだ。
 どうやら向こうも彼らに気づいたらしく、隣にいた羽織と絵里には目もくれず、ぱたぱたと小走りで近づいてきた。
「こんばんわぁ」
「あ、卓球ですかー? ねえねえ、だったら一緒にやりましょうよー」
「は……?」
「……な……」
 ぱたぱたとスリッパで走ってきて、ぴたり、と彼らの横につく。
 胸の前で合わされた、両腕。
 胸を強調しているような姿勢に、絵里の表情が険しくなる。
「よかったら部屋にきませんか? おいしいお酒あるんですよー」
「飲みましょうよー!」
 いかにも、という声。
 こんなのに付いていくようでは、たかが知れている。
 だから、敢えて何も言わずに放っておけばいい。
 それはわかっているのだが――……やはり、悔しさはあって。
 こんなのにか、と。
 こんな連中に、自分の彼氏が揺れ動いているのか、と。
 そう思うと、腹が立つわ、情けないわで、どうしようもなかった。

「ツバ付いてるけど、それでもよければどーぞ?」

 にっこり、というよりは嘲るように。
 両手を腰に当てた絵里が、彼女らに笑った。
「な……」
「何この子……」
 途端、彼らを見ていたふたりが絵里へ向き直った。
 嫌そうな顔。
 だが、どこか焦りのような悔しさを滲ませているようにも見える。
「そんなに欲しいの? オネエサン」
「……何? 急に」
「あぁ、そっちの彼もよ? 悪いけど、私たちがとっくに手も足もぜーんぶ出しちゃってるから。ねー?」
「わっ」
 ひらひらと手を振って見せてから、絵里が羽織の肩を引き寄せた。
 驚いたのは、彼女も同じ。
 ……それでも。
 自分たちを睨むようにして見ている女性らに対して、胸を張るように背を伸ばす。
 負けない。
 そして、負けるはずない。
 羽織の中にある小さいながらも“彼女”としての自負が、そうさせていたのかもしれない。
「なんなら、今ここでチューのひとつくらい見せてあげてもいいけど?」
「なっ……」
「でも、刺激強すぎると思うなー。……タマりにタマって、逆ナンするようなオネエサンたちにはね」
「っ……この!」
 ガキのクセに。
 そう言い出そううとした彼女らの前に、笑いながら純也と祐恭が割り入った。
「言うようになったな、お前」
「まーね」
 そういう女にしたのは、アンタでしょ?
 くすっと笑いながら、絵里が純也を見上げる。
 その顔。
 誰にも負けない、という強気な態度の中にある彼女らしい笑みに、また純也が小さく笑った。
「っん……!?」
 片手で引き寄せ、彼女らの目の前で唇を塞ぐ。
 一瞬のことでまったく反応できなかった絵里は、暫くして唇を離されたとき、それはそれはかわいらしい顔をしていたという。
 なんで……?
 まるで、そう言いたげに。
「頼む相手、間違えたね」
「え……?」
「悪いけど、俺はコイツしかいらないから」
 興味もないし。
 絵里の肩を引き寄せた純也が、彼女らに向き直ると同時に肩をすくめた。
 その腕の中にいた絵里も、ようやく我に返り、彼女らを見つめてからニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
 それが、一層彼女らにとっては屈辱的だった。
「あ……」
「がんばったね」
「……せん――……っ」
 ぽん、と羽織の頭に手を置いた祐恭が、ふにゃん、と泣きそうになった彼女の唇に指を当てた。
 目を見たままゆっくりと首を振り、小さく笑う。
「名前で呼んで?」
「っ……祐恭さ、ん……」
 一瞬驚いた顔を見せた羽織も、彼を見て笑みを浮かべた。
 目の端へわずかに涙をためたまま、ゆっくりと彼の首に両腕をかける。
 その背中を撫でてやりながら、祐恭もまた彼女らに向き直った。
「遊びもいいけど、早めに本気出したほうがいいんじゃない?」
「っ……」
「若いうちに本気でかわいがってもらったほうが、幸せだと思うよ」
 瞳を細めて笑った、顔。
 それは、先ほどまで羽織に見せていた笑みとは、まるで違って。
 どこか、ぞくりとする怖さがあるモノだった。
 そのまま彼女らに背中を向け、それぞれの彼女を抱き寄せたままエレベーターのボタンを押す。
 すんなり開いた扉から身を滑り込ませると、すぐにドアが閉まった。
 そのとき、向こう側にいた自称大学生ふたりは、それはそれは悔しそうな顔になっていたという。

「……あんなトコでキスしなくてもいいじゃない」
「なんだよ。満足したろ?」
「馬鹿じゃないの!?」
「あてっ」
 4人揃って部屋に戻った途端、純也の足元に絵里の蹴りが炸裂した。
 だが、今の彼女は決して本気で怒っているわけでもなければ、本気で言っているわけでもない。
 現に、その顔は笑っていた。
「しょーがねーだろ? ああでもしなきゃ、お前殴りかかりそうだったじゃねーか」
「殴ったりしないわよ。馬鹿ね」
「……お前、さっきから馬鹿しか言ってないな」
「しょうがないじゃない。馬鹿なんだもの」
 ふん、と両手を腰に当てた彼女に、純也がため息を漏らした。
 だが、羽織と祐恭は揃ってそんなふたりを楽しげに見つめる。
「……で? なんであの人たちのナンパに乗ったワケ?」
「だから、乗ってないだろ? 単に、礼がしたいって言われたんだって」
「なんのよ」
「ほら、ジュース買いに行ったろ? そんとき、車のバッテリーが上がったって言うから、直してやっただけだ」
「……バッテリー?」
「ああ」
 眉をひそめた絵里に、腕を組みながら純也が大きくうなずいた。
 ――……が、彼女の表情は相変わらず晴れない。
「それにしては、ずいぶんと突き放しもせず付き合ってたように見えたけど」
 瞳を細めるや否や、やはり絵里の口からは厳しい指摘が出た。
 たとえどんな理由であれ、気持ちはよくないのだ。
 なんと言っても、自分の彼氏がほかの女にベタベタされていたのだから。
「しょうがないだろ。……似てたんだよ。どこか、ふたりに」
「……は? 私たちに?」
「まぁ、話してるうちに随分違うな、とは思ったけど」
「ったり前でしょ? うちらとあんな人たちを一緒にしないでよね」
 ぽろりと純也が漏らした途端、物凄く嫌そうな顔で絵里が口をへの字に曲げた。
「ふたりのほうが、よっぽど魅力あるよ」
 そんな姿を見て、祐恭が笑う。
「こんなにかわいい彼女、そういないからね」
「……先生……」
 ぽん、と頭に手を置いた祐恭が、羽織の顔を覗き込むようにした。
 驚いたように目を丸くし、頬を染める。
 ホント、かわいいな。
 照れる様子を見てさらにその思いが強くなるのを、彼女はわかっているだろうか。
 ……いや、当然わからないだろうが。
 などと、祐恭はひとり笑みを噛みしめた。
「……あ、そうだ。今思い出したんだけど」
「え?」
 ようやく納得したのか、いつものような顔で絵里と羽織がふたりを見つめた。
 思わず純也と祐恭も顔を見合わせ、首を傾げる。
 聞きたかったこと?
 ……って、なんだ?
 そんな顔をしたふたりに、予想外過ぎる言葉が飛んできた。

「「スワッピングって、何?」」

「ぶっ」
「ごほっ!」
 純粋な顔でハモられ、思わずむせかえった。
 そんなことを真面目に聞かれるとは思っていなかっただけに、ふたりをまっすぐ見ることができない。
 それもそのはず。
 その意味を言えば恐らく軽蔑されるだろうし、なぜ知っているのかという問題にもなる。
「つーかおま、なんでそれ!」
「聞いてたからに決まってんでしょ。自分らの彼氏と何話してんのか、気になるじゃない」
「うわ、おまっ……こわ!」
「うっさいわね! で? あのとき、検索しようって思ったけど、今まですっかり忘れてたわ。えーと、スマフォスマフォ……」
「うわ!! よせ!」
「はぁ? なんでよ。べつにいいじゃない」
「よくない! あーあー、ほら! 夕飯食い行こうぜ!」
「あ、ちょ! はぐらかすんじゃないわよ!」
「いーんだよ! 腹減ったろ! あ、祐恭君今日生ビール半額らしいぜ。行こ行こ」
「へー、それいいっすね」
「だよなぁ! ははは!」
「ちょっと!!」
 絵里と目を合わそうとせず……どころか、羽織を見ることもなく、互いが互いにうんうん頷きながら廊下へ向かう。
 慌てたのは、絵里と羽織。
 あからさまに話をそらしているのはわかるが、置いてかれては困るのもあるわけで。
「…………」
「…………」
『内緒にしておこう』
 顔を見合わせて深く頷いたふたりの瞳は、そう語っていた。


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