夕食を終えてテレビを見ていたとき。
JRのCMから天気予報へ画面が切り替わったのを見て、あることを思い出した。
「……あ。俺、明後日出張だ」
「えっ! そうなんですか?」
「うん。しかも、泊りがけで。……参ったな。台風と重なるなんて困る」
画面いっぱいに広がる、天気図。
沖縄から九州にかけて台風のマークが見え、眉が寄る。
出張先は、京都。
明後日、京都の大学で行われる研究発表会に出席するため、台風にわざわざ向かっていくかたちだ。
ただでさえ新幹線は雨や風に弱いのに、台風が上陸なんてことになったら……。
「台風もくることだし、ひとりで留守番は心配だからさ。明後日は、家に帰ったほうがいいかな」
「え! ……でもっ……」
提案に対して、彼女は浮かない顔を見せた。
だが、ひとりきりで台風の中留守番しているのは、もっと心配だ。
「すぐに帰ってくるから。駅に着いたら、連絡するよ」
「だったら、ここで待ってます。……ダメですか?」
「でも……」
「大丈夫! それに、ほらっ。もし何かあったとき、家に誰かいたほうが安心でしょ?」
にっこり笑って提案する彼女に、ふっと苦笑が浮かんだ。
どうしても、ここにいたい。
彼女の瞳は、そう語っていた。
「……わかった。じゃあ、お願いするよ。でも、もし危なくなったら、すぐ家に帰るんだよ?」
「はいっ! ちゃんと、留守番してますね」
またもや、彼女に負けた。
強情というわけではないのだが、なんとなく彼女には強く出れない感じだ。
うまく丸め込まれているような気もする。
……まぁ、いいか。
「それに……先生と離れるんだったら、先生を感じられるところにいたいんです。……やっぱり、寂しいし」
ふっと切ない顔をした彼女が、あまりにも小さく感じられた。
……この子は、本当にかわいいことを言ってくれる。
「……離したくないな」
「え?」
「できるだけ、早く帰ってくるから」
「うんっ」
彼女の頬に手を当てて呟くと、小さくではあるが笑みを浮かべてくれた。
やはり、彼女をひとりにするのは心苦しい。
学会などでなければ、一緒に連れて行きたいところだ。
「お土産、期待してますね」
「あはは、わかった。喜んでくれそうなの買ってくるから」
彼女の強がりだということはわかっている。
これ以上、俺に心配をかけたくないから。
……そういうとき、彼女はいつにもまして明るく振舞う癖があった。
だから、こちらも彼女に対して明るく返すことにしている。
彼女を追い詰めてしまわないために。
やはり、彼女と過ごす時間は特別だ。
しばらくテレビを見ていたのだが、夜がふけてきたこともあり、さっさと風呂に入ってしまうことにする。
なんとなく、眠い。
もしかしたら、ここ最近きちんと寝ていないからかもしれない。
昨夜も、寝たのは結構遅かったし。
その前も、なんだかんだで寝れなかったな。
腹がいっぱいになったからか、ついうとうととしかかる。
――……と、そんなときに風呂のお湯張りが終わったことを知らせる電子音が響いた。
相変わらず、この手の音は頭に響く。
「さて。それじゃ、風呂入るか」
「あ、そうだ。……はいっ」
「え? ……あー」
彼女が嬉しそうに渡してくれたのは、例のパジャマ。
にこにことあまりにもかわいらしい笑顔で、ついこちらもつられてしまう。
……が、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
とはいえ、今さら着ないワケにもいかないので、受け取るしかないんだが。
「じゃあ、お先に」
「はぁい」
あくびを噛み殺しながら洗面所に向かい、ぼーっとした頭を軽く振ってから服を脱いで浴室に入る。
先にシャワーでざっと洗ってしまってから湯船につかると、自然にまぶたが閉じてきた。
……ヤバい。
相当、眠い。
だが、今寝てしまうと……。
……。
…………。
…………っは。
どれ位瞳を閉じていただろうか。
ふと気付くと、結構入っていたような、数分のような。
だが、額に少し汗をかいていることから、長い間浸かっていたようでもあった。
慌てて浴室から出てから、ざっと水滴を取ってパジャマを――……あの、パジャマを着ることにした。
髪を拭きながらリビングに行くと、テレビを見ていた彼女と目が合った。
「……どれくらい入ってた?」
「えっと、30分くらい……かな?」
「そっか」
いつもより少し長いくらいか。
てっきり1時間近く経ってしまったんじゃないかと思っていただけに、それを聞いて少し安心し、冷蔵庫から先ほど買ったアイスティーを取り出す。
それからリビングに戻ると、嬉しそうに彼女が俺を見上げた。
「ん?」
「……かわいいなぁと思って」
「……あぁ、これ……ね」
苦笑を浮かべて彼女の視線を理解し、そっとソファに腰をおろす。
自分とは違い、それはそれは嬉しそうに見てくる彼女に対して、さすがにその気持ちを踏みにじることはできない。
「じゃあ、私もお風呂いただきますね」
「うん。ゆっくり入っておいで」
「はーい」
言ってからパジャマを持つと、どこか嬉しそうに姿を消した。
まぁ、気持ちはわからないでもないが。
かくいう自分も、彼女のあのパジャマ姿は楽しみだったし。
「はー……。ふぁ」
テレビを見ていたところで、大きなあくびに涙が滲む。
……しかし、眠い。
なんだ? 普段使わない部分の脳を使ったからか?
あぁ、お袋と話したからかもしれない。
……しかしまいったな。
こんな……。
…………。
………………。
「……っと、寝てる時間はないんだった」
とはいえ、脳は寝かかっている。
むしろ、まぶたも重い。
だが、例の学会に持っていくための論文がまだ上がっていなかった。
ゆっくり立ち上がってパソコンをつけ、椅子に深く座る。
……あー、そういえばこの前録画したF1もまだ見てなかったな。
これだから、見ない番組がたまって行くんだけど。
頬杖をつきながらマウスを操作し、先ほどの論文を開く。
書きたいことは山ほどあるが、それを打つだけの気力はない。
あともう少し、というときに限って出る悪い癖。
書き始めは意気揚々と何時間でも向かってられるが、最終的にまとめる部分になると、激しく飽きる。
むしろ次の論文のテーマに対してのことが膨らんでしまい、ついついないがしろになってしまうのだ。
これは直さなければいけないところだとは思うのだが、やはり書きたいことがたくさん出てくることと、自分の性格上、どうにもならなかった。
「……はー」
……とりあえず、まとめるか。
ため息をついてからキーボードを叩き始めると、次第に頭が冴えていく。
あー……つくづく研究馬鹿だな。
ふと手を止めてそんなことを思うものの、ふたたびタイピング開始。
いくら眠くても、こうして論文を書き始めると結局朝までやってしまうのだから、ホント、どうしようもないのかもな。俺は。
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