土曜日の朝。
久しぶりに、俺は遠くまで車を走らせていた。
遠くといっても、まぁ、高速を使っているのでそこまで気分は出ないが。
しかも、助手席にはかわいい彼女――……ではなく、妹の紗那。
里美さんに言われて実家に行ってみると、やはりふたりから御殿場に行きたいと言われた。
紗那は、彼氏に……彼氏なのか? あれは。
まぁいい。
彼氏に、誕生日のプレゼントを買うために。
涼も何か買うとは言ってたが、まぁ口実だな。
俺と車で勝負するための。
……しかし、いい度胸だな。
まぁ、俺がいろいろ弄っていたセリカだけあって、ノーマルに比べればずいぶんと力もある。
でも、この車には勝てないだろ。
だからといって無駄にスピードを出して吹っ切るような真似はせず、普通に100を越えるか越えないかのスピード。
普段より、ずっと遅い。
「ねえ、聞いてる?」
「は? あぁ、なんだ?」
「何よ、やっぱり聞いてないんじゃん! もー。なんなのっ。隆耶さんとは全然違う」
「当たり前だろ。俺はアイツとは違う」
「そうだけどっ。……はぁ、もう羽織ちゃん可哀想よねー」
「っ……」
彼女の名前が紗那から出て、思わず喉が鳴った。
「……なんで可哀想なんだよ」
「だって、お兄ちゃんじゃ話だってまともに聞いてくれないし。運転も、どうせ荒いんでしょ?」
「あのな。俺が彼女乗せてそんな運転するわけないだろ。涼とは違う」
「そう? でも、話は聞いてあげてないでしょ」
「……聞いてるつもり」
「やっぱり」
いまいちうなずけず、ぼそっと呟くと、ため息をつかれた。
……なんなんだよ、どいつもこいつも。
俺は悪くないってのに。……多分。
ここで、『絶対』と言い切れないあたり、自分でも切ないところだが。
「でも、羽織ちゃんのこと早く見たいなー! ねぇ、早く実家に連れてきてね」
「そのうちな。今忙しいから」
「忙しいの? なんで?」
「夏期講習中。まぁ、考えとく」
「あー、懐かしい響きー」
にやにやと笑う紗那に苦笑を漏らすと、うしろを走っていた涼が、ぐいっと車を近づけてきた。
「……なんだよ。やる気か?」
バックミラー越しに振り返ると、身を乗り出していかにも煽ってますという雰囲気。
「……まったく。馬鹿だなアイツは」
「学校の先生が、そういうこと言わないの」
「お前まで、里美さんみたいなこと言うなよ」
「いいじゃない、別に」
肩をすくめた彼女へため息をつき、追い越し車線に車がいないのを確認してからウィンカーを出す。
すると、涼もそれに続いてきた。
「しっかり掴まってろ」
「え? ……っうわぁ!?」
車線変更と同時にアクセルを踏み込み、ギアを一気に変えていく。
途端、涼と差が大きく開き、遥か後方、バックミラーに小さく映った。
「……って、付いてこないのかよ!」
「お、お兄ちゃん! ちょっと、乱暴すぎ!」
「乱暴じゃないだろ。まだそんなに、スピード出してないし」
拍子抜けしてスピードを緩めると、ようやくセリカが追いついてきた。
「……なんだよ」
涼が右ウィンカーを焚いたのを見て、瞳を細まながらため息をつく。
どいつもコイツも、俺に対していい度胸だな。
さっき付いてこれなかったクセに、俺を煽るなんて。
高速の1番右は追い越し車線なので、それ以上右はない。
つまり、前を走っている車に対して右ウィンカーというのは、煽っているもの以外の何ものでもなかった。
……でも、最近コレやってる車見ないけどな。
「……ったく。アイツは……」
仕方なくアクセルを踏み込むと、今度は珍しく離れずに付いてきた。
……さては、とっさのことで、さっきはついてこれなかったんだな。
苦笑を浮かべてバックミラーを見ると、何やら勝ち誇ったような顔が見えた。
まったく。
だから、まだまだだって言うんだよ。
少し車間距離を取ってスピードを保つと、うしろから涼が近づいてくる。
そして、1mほど近づいたところで……。
「っくわ!?」
軽くブレーキを踏んでやった。
「ち、ちょっとぉ! お兄ちゃん、なんてことするの!?」
ぎゅっ、とシートベルトが食い込み、一瞬息が詰まる。
――……が。
案の定、涼が慌てて車間距離を取ったのが見えた。
まったく。
煽ってるからこういうことになるんだよ。
その姿を見てから走行車線に車を戻し、すぐに見えてきた御殿場インターの看板でスピードを緩める。
そのまま出口へ向かい、ETCのゲートを通って一般道へ。
「……やっぱ楽だよな」
「あ、ETCなんてつけたの? いつの間に!」
「この優越感は、イイぞ。小銭のわずらわしさもないし、何より、料金所で一般レーンに並んでる車の横を抜けていくのは、快感」
「……お兄ちゃんって、結構黒いよね」
「なんだそれ」
苦笑を浮かべてゲートを通ると、しばらくして涼が一般レーンから出てきた。
さすがに空いている料金所でも、時間の違いはありありと出ている。
そのまま、看板どおりにアウトレットに向かうと、昼を少し過ぎていたせいもあってか、かなりの車が停まっていた。
まだツアーで訪れる客も少なくないらしく、観光バスも多い。
「っはぁーーー。疲れたぁ。やっぱ、乗ってるだけでも疲れるよね」
「まぁな」
車を降りて鍵をかける。
……と、すぐ隣に停めた涼がものすごい顔をして降りてきた。
「兄貴っ! 何も、あんなことしなくてもいいだろ!!」
「お前が煽るから悪いんだろ? 煽るのはマナー違反だぞ」
「でも!」
「それに、車間距離開けないお前が悪い。突然前の車がああやってブレーキ踏んだら、お前、ぶつかってたよ?」
「だけどっ! あれは兄貴が悪くて――」
「俺は何も悪くない」
肩をすくめてからそそくさと先を歩き始めると、ぶちぶちと文句を言いながらも涼が着いてきた。
まったく。
最初に仕掛けてきたのはそっちじゃないか。
「で? どこを見るんだ?」
「えっとねー。私はシャツを見たいのね。涼は?」
「俺はキーケース」
「え、彼女に?」
「なんだよ、悪いのか?」
「別に悪くないけど……。でも、かわいいの持ってるんじゃない?」
「うるせーなぁ。ほっとけ!」
にやりと紗那が笑い、それはそれは嫌そうに涼が眉を寄せた。
センスに関していえば、恐らくは彼女のほうが上だろう。
あとは、涼よりも紗那のほうがセンスはいい。というか、俺と似ているぶん、嫌いじゃない。
「じゃあ、見てこいよ。俺は外にいるから」
「え? じゃあ、お兄ちゃん付き合ってよ。隆耶さんの趣味、聞きたいし」
「……俺にあいつの趣味がわかるわけないだろ。お前が選んでやれば、なんでも喜ぶんじゃないのか?」
「そうだけどっ。どうせヒマなんでしょ? なら、付き合って」
「……わかったよ」
ため息をついて店に入ると、あれこれ言いながらいくつかの候補を挙げてきた。
だが、正直なところどれでもいいんじゃ……といういい加減な感想しか出てこない。
そんな、男のために選べるわけないだろ。俺が。
大事な彼女のためならともかく、今の俺はそんな余裕を持ち合わせてない。
何より、2回も授業をサボった彼女に対して、やはりふつふつとした怒りがあったし。
しかも、だ。
ほかの生徒が言っていたとおり、俺の授業以外は学校で見かけたことがあった。
それだけに、明らかに俺だけを避けているのがわかって、当然腹が立った。
そこまで、あからさまな態度を取らなくてもいいだろうに。
……ったく。
「うん、こっちにしよっ」
やっと決めたらしき紗那が青いシャツを手にすると、会計を済ませにレジへと向かった。
そこに、涼もやってくる。
「なんだ、もう終わったのか?」
「もちろん! 前に、あそこのブランドのキーケース欲しがってたんだよ。だから、すぐ買えた」
「なるほどね。……いいよな、そうやって欲しいもの言ってくれると」
「そうそう! 女って『なんでもいい』とか言うからさ、困るんだよなー」
「お待たせーっ。あ、ねえねえ、橋の向こう側にさぁ、結構おいしいホットドッグ屋さんがあるんだぁー。ねえ、お昼そこにしない?」
「いいよ、別にどこだって」
「ああ」
「……んもー。結局、『どこでもいい』なのよね。男の人って」
さっき話していたことの逆を言われて、思わず涼を顔を見合わせて笑っていた。
それを、不思議そうに紗那が見ていたが、首を振ってあえて何も言わずに歩き始める。
さすがは兄弟、とでも言えばいいのか。
なんだかんだ言っても、俺たち3人には同じ血が流れてるんだな、と改めて思った。
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