橋を渡ってしばらく歩くと、両側に店が立ち並ぶ中、ぽっかりと口を開けた広場があった。
そこで、移動販売車のホットドッグ屋が店を広げている。
自販機と椅子が多いこともあり、結構な人数が休んでもいた。
その中でも、やはり目立つのは男。
……なるほど。
どこも世帯でも、買い物は女性が主体らしい。
「じゃあ、ホットドッグ3つね」
「よろしくー」
「……ちょっと待て。なんで俺に言うんだよ」
「だって、お兄ちゃん社会人じゃない。それくらい奢ってよ」
「そうそう。別に何千円ってワケじゃないんだからさ」
「……ったく。こういうときばっかり年下面しやがって」
……まあいいけど。
仕方なくホットドッグを買いに行ってから愛想のいい店員に告げ、受け取って席へ戻る――……が。
「……あれ。涼は?」
「あ、早かったねー。涼なら、あそこ」
大した時間もかかってないのに、紗那が示した先を見ると何やら一生懸命話しこんでいるうしろ姿があった。
「……何してんだ、あいつは」
「ナンパ」
「……は?」
「だから、ナンパだってば」
呆れた紗那が頬杖をついていた手を外し、ホットドッグを受け取る。
そして、こちらへは無糖紅茶の缶を差し出した。
……へぇ。
珍しく気が利くな。
多少は、彼氏ができたことで変化でもあったか。
「サンキュ。でも、ナンパって……あいつ、彼女はどうしたんだよ、彼女は」
「さぁ? 男の人ってみんなああなわけ? だらしないなぁ」
「俺はしない」
缶を開けて紅茶を飲んでから椅子に座り、早速ホットドッグをひと口。
「あ、うまいなこれ」
「でしょー? ここ、結構評判いいんだもん」
やたらと嬉しそうに笑ってから、紗那もそれを食べ始めた。
だが、互いの視線の先には涼。
よくやるな……。
我が弟ながら、そのバイタリティに呆れと感心が半分ずつ。
「でもね、ちょっと気持ちわかるかなーって思ったの」
「何が?」
「だから、涼がナンパしちゃう気持ち」
「……珍しいな。お前がナンパするヤツの肩持つなんて」
「別に持ってないよ。ていうかね、正確にはナンパじゃなくて、あの子がキーホルダー落としたの。それを届けてあげたんだけど、かわいい子だったらしくて、戻ってこないってだけ」
「……よりタチ悪くないか?」
いい話なんだか、つじつま合わせてるだけなんだか、よくわからない。
だが、紗那は『でもでも』とドリンクをひとくち飲むと、息巻いて続けた。
「なんかねー、かわいかったの。こー……守ってあげたくなっちゃう! みたいな」
「ふぅん」
「あれ、興味ないの?」
「まったく」
だが、あっさり返した俺に少し眉を寄せた紗那は、意味ありげに『へー』と口にした。
……なんだ、その返事は。
つーか、その顔お袋そっくりだぞ。
「ま、お兄ちゃんは顔を見てないからそんなことが言えるんだよ」
「違うだろ」
「違わないもーん。お兄ちゃんも、その子の顔見ればきっと涼みたいにナンパしてるよ」
「俺は、そういうことしない」
「そうかもしれないけど! でも――……あ」
「ん?」
涼を見ながら声をあげたので、つられて視線を向ける。
すると、どうやらその子には連れがいたらしく、キャップをかぶっていた男が寄ってきて涼の肩を叩くのが見えた。
「あーあ。怒られるよねぇー」
「だろうな。ま、自業自得」
まるっきり、第三者の発言をしながら最後のひと口を食べ終えると、そこに慌てた様子で涼が戻ってきた。
「びびったー。まさか、ホントに男がいるなんて思わなかった」
「……お前もそういうことを言うのか。ナンパするヤツの定型句なのか? それ」
「? 何が?」
それこそつい最近も同じセリフを聞いた覚えがあったので、思わず苦笑してしまった。
アレは、海での話。
ついこの間のはずなのに、ずいぶんと前のようにも思う。
「でもさー、かわいかったんだよー。なんつーかこー、純粋っていうか……あぁもう俺がやってやるよ! って、手を出したくなるっていうか」
「あー、わかるー」
うんうんとうなずきながら紗那も最後のひと口を食べきった……かと思いきや、突然俺の腕を叩いた。
それこそ、勢いよく。
「っ……なんだよ。痛いだろ」
「ちょっと! ほら、あれ! あの子!」
紅茶をひと口含みながら紗那を見ると、口に手を当てて一生懸命中身を飲み込みながら、指をさした。
「ほら、ほらほらっ! あの子! ねっ? かわいいでしょ?」
眉を寄せてそちらを見ると、確かに『かわいいんじゃないか?』と思えるような格好の子だった。
とはいえ、うしろ姿しか見えないから、なんとも言えない。
が、まぁ服の感じは悪くないと判断される。
「まぁ確かにかわいいかもしれないけど――」
瞬間。
その子が、横を向いた。
「ッ……」
顔が見えた瞬間、喉が鳴る。
男に腕を引かれていく彼女は、まさしく……俺の彼女その人だったから。
「な……!」
「え?」
「兄貴?」
音を立てて椅子から立ち上がり、食い入るように見つめる。
……なんだよそれ。
そもそも誰だそいつ。
男……?
どういうことだ。
胸がざわざわと嫌な音を立て始める。
まさか、授業に出てこなかったのは……ほかに男ができたから……?
だから、家に帰るなんて言い出したのか……!?
「? お兄ちゃん?」
「どうしたんだよ、兄――」
ふたりの声を無視して、人を掻きわけるように彼女のあとを追う。
背中へ、慌てたような声がかかったが、今はそれどころじゃない。
……なんだよ……!
聞いてないぞ!!
「っわ!?」
ようやく追いついたところで、彼女の腕をうしろから掴む。
すると、慌てたように彼女が身体を震わせた。
「あ? おい、羽織?」
……羽織、だと……?
なんだお前。
ずいぶん親しげに呼び捨てしやがっ――……!
「あ!?」
「って……祐恭じゃん。何してんだよ、こんなとこで」
「それはこっちのセリフだ! なんでお前がここに……!」
「っ……せんせ……?」
腕を掴まれたままの彼女が、視線を合わせてきた。
その瞳は、驚き一色。
……当然だ。
まさか、こんなところで会うなんて思ってもないだろうし、俺だってそうだったんだから。
「お兄ちゃんっ! どうしたの?」
「兄貴、どう……あ」
うしろから追いかけてきたふたりが、俺たちに声をかける。
だが、涼は気まずそうで……。
「……あぁ、なんだ。涼君だったのか。ワリ、ずいぶん会ってなかったから気付かなかった」
「え! もしかして……孝之さん!? うわ、すんません。まさか妹さんだなんて思わなくて!」
「いや? 全然。こいつが、ぼーっとしてんのがワリーんだし」
「え? えぇっ!? じゃあじゃあっ、その子が……羽織ちゃん?」
「……え……?」
「うわっ、ごめんなー! まさか、羽織ちゃんだなんて思わなくって……。ナンパしたりしてごめん」
「え、とっ……いえ! あの、大丈夫です。……もしかして、紗那さんと、涼さん……ですか?」
「うわぁー! うそうそ、私の名前知っててくれてるの!? やだぁ、嬉しいー!」
「わぁっ!?」
俺が掴んでいた手を振り切るように紗那が彼女へ抱きつくと、困ったようにしながらも笑みを浮かべていた。
……なんだコレ。
何がなんだか、まったくワケがわからない。
「おい。……おい? 祐恭?」
「え……? あ、ああ」
「とりあえずさ、どっかでメシでも食わねぇ? 俺たち、まだなんだよ」
「じゃあ、そこのホットドッグ屋さんがオススメっ! おいしいですよぉー」
「へぇ」
紗那が嬉しそうに羽織ちゃんの手を握ったまま案内を始め、空いていた椅子を寄せてみんなで座ることになった。
まさに、偶然としか言いようのない出来事。
……だが、これこそまさに縁あってのモノなんだなとは思った。
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