いつしか力が抜け、こちらにしなだれてきた彼女の艶っぽいうなじに目が行く。
 肩に手をやって彼女を支えると、当然の如くそこに唇が向かった。
「んっ……ぁ」
 舌で軽くなぞってやると、それだけでいい声を出す。
 きゅっと握られた手の感触を感じて小さくほくそ笑みながら、舌を首筋から鎖骨へと這わせてやる。
 そのたびにぞくぞくと身体を震わせ、一層こちらへもたれてきた。
 そんな彼女の耳元に唇を寄せながら、帯に手をやる。
 ――……が。
「………?」
 うまく解けてくれない。
 ……あれ? 普通に縛ってあるんじゃないのか?
 彼女を抱きしめたままあれこれやっていると、こちらに気付いたのか彼女が手を回してきた。
「……外じゃ……やだ」
「今さら、我慢できない」
「っ……もぅ……だって……」
 そっと手を握ってやりながら彼女を見ると、困ったように目を潤ませてこちらを見ていた。
 月の光を受けて、きらきらと輝く瞳。
 ……それはあまりにもきれいで、吸い込まれそうな色だった。
「……泰兄と嬉しそうに話すから」
「え……?」
「カズには、何されても平気だったし」
「そ、それは……だって!」
 眉を寄せて呟くと、困ったように視線を外した。
 そっと頬に手を当てて視線を強引に合わせてから、瞳をまっすぐに見て囁くように続ける。
 こうすれば、彼女が何も言わなくなることを、知ってるから。
 ……相変わらず俺は、ズルいな。
「だから、言うことは聞いてもらう」
「そんなぁ! あ、あのっ、せめて家に帰ってから――」
「無理。……っていうか、もたない」
「……うぅ」
 そっと頬を撫でるようにしてやると、瞳を伏せがちにして小さく息をついた。
 赤い顔して。
 ……かわいい子だ。
「……先生……」
「ん?」
「…………どうして私を好きになったの?」
「……え?」
 ふ、と落ちていた視線が上がったと思いきや、突然の言葉に思わず瞳が丸くなる。
 この状況下でそんな言葉が出てくるとは、思いもよらなかった。
「どうしてって……」
「泰仁さんに聞いたんです。……先生、年下の子……好きにならないんでしょ?」
「……あぁ、それか」
 小さくため息をついて彼女を見ると、どこか不安げに瞳を揺らしていた。
 そんな不安そうな顔をされると、結構つらいんだけど。
 彼女にはいつも笑っていてもらいたい。
 常にそういう考えが働くからか、こんな顔を見ると眉が寄る。
「ずっと紗那の面倒を見てきたからさ、年下の子に対して世話を焼くっていうのが……正直嫌だったんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。アイツ、なんでもかんでも人に頼って自分でやろうとしなかったし。だから、年下の子ってそういうふうに、すぐに甘えてくるもんだと思ってた。事実、今まで会った年下の子は甘えるっていうか……なんていうんだろうな。人に頼るのがうまいっていうか、自分のことすらやらないっていうか。だから、俺は好きにならないって思ってたんだよ」
 大学時代を思い返してみても、年下の子にはどうも甘えられて頼られて……という印象しかなかった。
 それは、男女問わず。
 そのせいか、自然にため息が漏れた。
「…………」
 すると、彼女が視線を逸らした。
 ……なるほど。
 それが引っかかってるワケね。
「けど、羽織ちゃんは違ったんだよ」
 そっと頬を両手で包み、鼻先をくっつけてやる。
 途端、驚いたように目を丸くした。
「え……? で、でもっ! 私も先生に頼ってばっかりだし……」
「だけど、俺に対して意見をしっかり言っただろ?」
「……意見?」
「そう。遠足のときもそうだし、それ以降の授業連絡のときも。だから……」
 額をつけてから瞳を閉じて思い出すようにすると、浮かんでくるのはあの泣き顔。
 そして、数多くの屈託のない笑顔だった。
「だから、好きになったんだよ。この子にはもっと甘えてほしいって、そう思った」
「っ……」
 そこまで言うと、彼女が驚いたように瞳を丸くした。
 何か言いたそうな唇に親指をあてがい、なぞりながら続ける。
「いつも自分ひとりでやろうとしてるでしょ? 困ったことがあっても、周りを気にして全部自分で背負い込んで。もっと自分のこと考えればいいのにって、ずっと思ってたんだ」
 いつも、そうだった。
 これまで見てきた彼女は、自分よりもまず人のことを気にしていて。
 気を遣うことができるのはすごいと思うものの、あまりに自分を犠牲にしすぎたままがんばる姿を見て、つい手を出したくなった。
「だから、俺が羽織ちゃんにとって甘えられる存在になれれば、って。そう思ってるうちに……目が離せなくなった」
「……先生……」
 彼女の瞳が、心なしか潤んでいるような気がする。
 それを見て苦笑が浮かび、気付くと抱きしめていた。
「好きになるはずがないと思ってたから、余計に惹かれた。ずっと愛しくて……俺が守ろうって、そう決めたんだよ」
「っ……」
 唇を噛んだ彼女が、ふっと瞳を細めてから背中に腕を回してきた。
「ありがとう……っ」
 背中に回された手に力がこもると同時に、彼女が胸元で小さく囁いた。
 その声は、いつもの彼女のモノよりも、少し芯が強かったように聞こえて。
 たったひとことの、短い言葉。
 だが、俺にとっては十分すぎるほどの意味を持っていた。
「……ん」
 そっと口づけをすると、彼女もそれに応えてくる。
 甘い痺れが伝って、それが全身へと広がっていった。
 ふっと離して彼女を見ると、同じように今にも食べてしまいたくなる顔。
「……だから……」
「だから……?」
「今すぐ、欲しいんだけど」
「っ……! もぅ、だからっ!!」
 にっと笑って続けてやると、眉を寄せてぶんぶんと首を振られてしまった。
 そうは言っても、1度味わってしまった今、そうやすやすと承知いたしかねるというのが本音。
「あ。じゃあ、こうしようか」
「……え?」
 にっこりと笑って、人差し指を立てる。
 我ながら、なんていい案を思いつくんだ。
 ……ふ。
 口角が上がりそうになるが、彼女にバレると口にする前に拒否されそうなので、踏みとどまる。
「その1、ここでこのまま続ける。その2、実家に戻ってから俺の部屋で続きをする」
「な……っ! そ、そんなっ……」
「2択ね。どっちがいい?」
「……うぅ。どっちもやだぁ……」
 案の定、『こっち』という返事はなかった。
 まぁ、そうだろうとは思ったけど。
「ふぅん。選択権放棄、ね。……せっかくの、チャンスだったのにな」
「だ、だって! どっちも極端すぎて……」
「じゃ、俺が決める」
「……な……」
「さて、と。それじゃあ、まずは帯を解いてもらおうかな」
 にっ、と笑って彼女を見ると、口を少し開いて今にも文句を言いそうな顔をしていた。
 だが、もちろんそんな許可は与えない。
 問答無用の笑顔で、圧力をさらにかける。
「………だって……ここじゃ……」
「誰にも見つからないよ。……それに、みんなも忙しいみたいだし」
 ふっと周りに視線を向けると、少し頬を染めて彼女が俯いた。
「……でも、やっぱり……」
「…………しょうがないな」
「え? ……っん! や……ぁ!」
 ため息を大げさについてみせてから、そのまま彼女を引き寄せるようにして胸元に唇を寄せる。
 肌蹴た裾から見える、彼女の太腿。
 そっと手を差し入れながら触れると、滑らかな感触が心地よかった。
 ……ま、帯があってもなくても、正直なところ、どちらでもいい。
 手を胸元に移して肩を撫でるようにすると、するりと浴衣が滑り落ちる。
 両肩を同じようにして露わにさせると、何ともこう……つい、笑みが漏れた。
 それに気付いた彼女がこちらを見上げ、責めるような目線で軽く睨む。
「……いいね」
「えっち……!」
 呟かれた小さな声に、笑みが漏れた。
 だが、顎に手をやりながらまじまじと見ると、きゅっと襟元を掴んで合わせてしまう。
 とはいえ、肩が出ていることに変わらず、むしろ色気が増したようにすら思う。
「っ……」
 意地悪く笑ってから、困ったように視線を逸らした彼女の手を掴んで引き寄せる。
 わずかに見える白い肌。
 そして、胸元。
 露わになったままの……太腿。
 ……こんだけ見せつけられて、今さらお預けを食らうなんて御免だ。
「……さて」
 彼女を膝に座らせて、その足に草履を引っかけてやる。
 当然、擦れてしまった部分に当たらないように。
「立てる?」
「……うん」
 そっと彼女を降ろすと、目の前に立ち上がった。
 それを見て小さく微笑んでから、自分も立ち上がって――……彼女を東屋の隅へと追いやる。
「っえ、わ、わっ……!?」
 ちょうど、角の柱へ寄りかかるようにしてから、腰に手を回して崩れないように支え……やることはもちろん、ただひとつ。
 不安げな瞳を向ける彼女に微笑んでから、そっと口づけるだけ。
「ん! んっ……ぅ、ん」
 角度を変えて、何度も。……何度も。
 喉から漏れる小さな声でわずかに唇を離すと、潤んだ瞳でこちらを見上げた。
 指で頬を撫でるようにしてやりながら、耳へ髪をかける。
 くすぐったそうに微笑む彼女の姿は、なんともかわいらしくて。
 つい、罪悪感からか手を出しにくくなる――……が、もちろん離してやるつもりはこれっぽっちもない。
 ……残念ながら。


ひとつ戻る  目次へ  次へ