「……あ」
「お父さんと、お母さんのところに行くんですか?」
「まぁ、うん……」
「だったら、あっちですよ」
 振り返ると、にっこりと笑みを浮かべてそちらを指差してくれる羽織ちゃんがいた。
 ……これはこれは。
 彼女の口から『お父さん』、『お母さん』という言葉が出ると、結構どきりとさせられる。
 ……実際に聞いたら、あのふたり喜ぶだろうな。
 やけに彼女のことを気に入っているせいか、ふと笑みが漏れる。
「私も、行かなきゃと思ってたんです」
「なんだ。いいんだよ? うちの親には気を遣わなくて」
「そういうわけにいかないのっ! ……これでも……彼女だもん」
 頬を染めた彼女に、少し目が丸くなった。
 ……だが、自然と笑みへと変わる。
 すると、安心したように彼女も微笑んだ。
「喜ぶよ。羽織ちゃんのその格好見たら」
「……そうかなぁ?」
「うん。やけに羽織びいきだからな。あのふたりは」
 苦笑しながら呟くと、不思議そうな顔をした彼女も小さく笑った。
 ……やっぱり、かわいいよな。
 見た目ももちろんだが、考え方がかわいい。
 うん。
 ホント、俺はいい彼女を見つけたよ。
 しみじみそんなことを考えながら、彼女にエスコートされてテーブルへ向かうことにした。
「……弱いんだから、そんなに飲むなよ……」
「おっ。羽織ちゃんじゃないかぁー! いやぁ、久しぶりだねー」
「ご無沙汰してます」
「ははは、いいよそんな気を遣わなくて。しかし、どこのきれいなお嬢さんかと思いきや……そうかそうか、羽織ちゃんかぁ」
 にっこりと笑って大きくうなずいた父に照れた笑みを彼女が返すと、ひょっこりと母も顔を出した。
 こちらは、父とは違って酒に強い。
 見れば、テーブルの上には幾つもの空瓶が立っている。
 ……つーか、これは飲みすぎだろ。
「あらぁー、羽織ちゃんっ! こんにちはー」
「お久しぶりです」
「もー、ほんっとにいつもかわいいわねぇ。祐恭にはもったいないわっ」
「そ、そんなこと……」
 酔ってるんだか酔ってないんだかわからない、彼女。
 いつもと同じ調子で彼女にひと通り絡み終えると、迷うことなくグラスを渡した。
「はいっ。シャンパンどうぞー」
「あ、いただきます」
「こらこらこら! お袋が酒を勧めてどうすんだよ!」
「いいじゃないのよー。ちょっとだけだもんねー」
「あはは」
 ……やっぱり酔ってんのか?
 苦笑を浮べたままでシャンパンを受け取る羽織ちゃんを見ると、自然にため息が漏れた。
 まぁ、グラスもらっただけで口をつけてないからいいけど。
「また、遊びに来てね」
「もちろんです! ぜひうかがわせてください」
「楽しみにしてるわね」
 うなずいてから彼女の笑みで嬉しそうに笑ったお袋は、そのまま父に絡まれ始めた。
 ……ったく。どいつもこいつも……。
 このままだと羽織ちゃんにまで絡み始める危険が出てきたので、そのまま友人席へ引っ張ってくることにした。
 どっちみち、彼女を知らないヤツはいないみたいだし。
 ちょうどよく椅子がいくつか空いていたので、そこに座らせてしまう。
「随分と、椅子が空いてるな」
「あ、おかえり。羽織、いらっしゃーい」
「お邪魔します」
 くすっと笑ってからアキの言葉で席についた羽織ちゃんが、シャンパンのグラスを置く。
 そんな彼女の姿に、ついため息が漏れた。
 ……ったく。
 未成年の彼女に酒を勧めんなっつーの。
 再び漏れたため息をそのままに自分の席へ座ると、アキが近くのテーブルを指差した。
「ほら。あそこが、タケの同僚の席なんだって。小学校の先生達」
「へぇ」
 男女混ざったそのテーブルに、大学時代の女友達がちらほら見えた。
 ……相変わらず、コンパに精出してんだなぁ。
 しかし、どこの結婚式でもこういう場面ってあるんだな。
 そんなことが頭に浮かび、苦笑が漏れた。
「祐恭」
「……ん?」
 ふいに呼ばれた、名前。
 その声で振り返ると、そこには父と見知らぬ男性が数人立っていた。
「息子の、祐恭です」
 なんとなくいつもと違う雰囲気に、自然と椅子から腰が上がる。
 そして、父の隣に立って軽く頭を下げると、名刺を差し出したそれぞれの男性にあいさつをされた。
「初めまして」
「お噂はかねがね」
「いやぁ、立派な息子さんですなぁ」
「……とんでもない。まだまだ駆け出しですよ」
 先ほどまでのへべれけな父ではなく、いつもの彼。
 ……弱いんだか強いんだかわからないな。
 名刺をざっと見る限りでは、瀬尋製薬の関係者のようだ。
 しかも、重役といったところか。
 ……ふむ。
「……自分はただの教師ですから」
 あえて、それだけ言っておく。
 俺に取り入っても何もメリットはないと伝える代わりに。
 まぁ、あったとしても大学関係ってトコで、恐らく彼らには縁もないだろう。
「いやいや、立派な息子さんじゃないですか」
「とんでもないですよ」
 こういうやり取りは、肩が凝って疲れる。
 父親の仕事関係は堅苦しいし、俺に対しての見方が変わるから昔から好きじゃなかった。
 ……俺は関係ないんだけどなぁ。
 などとため息をつくものの、増える増える、見知らぬおっさん。
 中には、女性の姿もいつのまにか現れ、最終的には結構な人数になった。
 ……勘弁してくれ。
 俺は関係ないんだってば。
 露骨に嫌な顔をすることもできず、適当にあいさつを済ませて話を区切る。
 ――……と、ほどなくしてやっと解散になった。
「……俺は関係ないだろ」
「すまないな。……まぁ、社交辞令ってやつだ」
 苦笑を浮かべた父にため息が漏れるが、まぁ、それがわからないくらい子どもじゃないけどな。今は。
「……なんだよ」
 父を送って改めて席に着くと、友人らが好奇の目を向けているのに気付いた。
 ……なんなんだ、その顔は。
「相変わらず、お坊ちゃまは大変だなぁと思ってな」
「だから、違うっつーの」
 恐らく、俺が妙に冷めていたのはこの手のせいもあったのだと思う。
 瀬尋というデカい名前のせいで付きまとわれ、関係ないのにあれこれ口を出される。
 両親や祖父がそういう人間じゃなかったのがせめてもの救いだが、周りはそう取ってくれないから厄介で。
 ため息をついて飲みかけのウーロン茶を含むと、始まっていた余興であるカラオケの順番が回ってきた。
「お、よし。んじゃ、そろそろ行くかぁ」
「おー」
「いっちょ、盛り上げてやろうぜ」
 楽しそうに男連中が立ち上がり、意気揚々とそちらへ向かう。
 もちろん、その中には優人の姿もあった。
「ほら。祐恭行くぞ」
「あ? ……ああ」
 うなずいてから立ち上がると、羽織ちゃんが驚いたようにこちらを向いた。
「……先生、歌うの?」
「まぁね。……そこで聞き惚れてて」
「はぁい。じゃあ、写真撮っておきますね」
「……それはいい」
 デジカメを構えた彼女に苦笑しながら背を向けると、山内さんのアナウンスでひときわ明るくライトアップされた場所へと向かう。
「……せーの」
 小さく声を合わせてから、武人に向かって声をかける。
「タケー!! 結婚おめでとー!!!」
「幸せにしろよー!」
「棗さん、泣かされたらチクっていいからー!」
 あれこれ叫んでやると、本人らはもちろん、会場からも笑いが漏れた。
 たまには、結婚式でもこういう馬鹿な催しがあってもいいだろう。
 などと考えていたら、曲のイントロが流れ始める。
 曲はしっとり系ではなく、あえて活気付ける方向で『バンザイ』。
 そもそも、あの曲は実際に結婚のときに作られた曲らしいしな。
 ふたりを見たまま、マイクを持った数人と歌い始める。
「「イェーイ!!」」
 そこを全員で叫ぶと、会場からも声が飛んできた。
 そうそう。
 これくらいの合いの手は欲しい。
 冒頭のサビ部分。
 そこをマイクを使わずにみんなで歌い上げると、結構ノリのいい列席者からも拍手が入った。
 これこそ、披露宴の醍醐味ってヤツだ。
 イントロが入った、次の部分。
 ここはもちろん、本日の主役に対して歌っているつもりだ……が、ついつい思い浮かぶのは羽織ちゃんで。
 それがなんとも、おかしかった。
 どうしても、こういう曲は……今の自分を重ねてしまうんだが、仕方ないよな。
 そして。
 歌詞に出てくる“Baby”のところは、しっかりと全員で新婦を指差してやる。
 ……すると、一瞬驚いた顔をしてから楽しそうに笑ってくれた。
 つーか、武人も呼ぶべきだよな、これは。
 よし。
 会場がサビを歌ってくれるのをいいことに、こっそり孝之に耳打ちして相談。
「……ほー。そりゃいい」
「だろ?」
 にやっと笑った彼の肩を叩くと、早速武人を連れ出しに雛壇へ向かってくれた。
 何がなんだかわかっていないらしい彼を引っ張り込み、早速次のフレーズを歌う。
 ……何をさせるか?
 んなことは決まってる。
「――……グッとくるほどの女は――」
 そこを歌ってからマイクを渡すと、驚いた顔をしてから新婦を見た武人が笑った。
 そう。
 このセリフは、お前のモンだろ?
「たったひとり、棗だけだぁー!!!」
 まさに、絶叫。
 びっくりしたように彼女が両手で口元を覆ってから、嬉しそうに微笑んだ。
 その反応で、全員が手を叩く。
 ノリのいい新郎新婦で、ホントによかった。
「いよっし、よく言った!!」
「タケ、カッコいいー!!」
「おおーっ」
 会場からもいい声が上がる。
 そうそう。
 やっぱ、ここはコイツに言わせないとな。
 再び、歌詞に出てくる“Baby”の場所。
 そこでも、先ほどしたのと同じように全員で新婦を見つめて指をさす。
 すると――……。
「おぉおおーっ」
 なんと、新婦までもが武人の隣に並んだ。
 『ここにおいでよ』
 そういう歌詞だったとはいえ、まさか本当にそうなるとは。
 これはいい展開になった。
 今にも泣きそうな彼女を武人が支え、肩を抱き寄せる。
 ……ったく。
 幸せそうで何よりだ。
 サビを歌い終えての、フレーズ。
 そこを、わざとふたりだけにしてやってから言ってやる。
 ――……と。
「うわぁーーー」
「きゃーー」
「おめでとー!!」
 武人が新婦へキスをした。
「やるなぁ、タケ!!」
 全員で肩を叩くと、照れたような笑みとともに彼が『まぁな』と答える。
 さすがは、友人。
 ここまでノッてくれると、ものすごく気分がいいし、何よりもやってよかったと思える。
 最後に拍手をしてから、ふたりに『おめでとう』をもう1度。
 盛大な拍手をもらって、ふたりが席に戻――……。br> 「お姉ちゃん、待って」
 ろうとしたとき。
 こそっと羽織ちゃんが横から新婦を呼び止め、にっこりと笑みを浮かべた。
 ……何をするつもりだ?
 いつもと違ういたずらっぽい笑みでまばたきをすると、ぞろぞろと女性群が俺たちと入れ替わった。
 ……あー、今度は彼女たちの番なのか。
 それじゃ、ここからは高みの見物だな。
 いつものように、それはそれは楽しそうな顔をしている羽織ちゃんを見ながら、小さく笑みが漏れた。


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