厳かな雰囲気の中、式は着々と進んでいった。
ふたりの誓約、指輪交換、そして模擬結婚式では行わなかった、結婚証書への署名。
まるで自分のときの再現を見ているかのようで、なんとも居心地が悪い。
そんな中、親族である彼女は新婦側の2列目に座って、何やらお袋さんと話しこんでいた。
で。
兄である孝之は、なぜか新郎側の友人席にいる。
……まぁ、いいならいいけど。
隣で式次第を読んでいる彼に苦笑を浮かべてから自分もそれを手にすると、結婚宣言のあとにいよいよ誓いの口づけが行われることになった。
新郎新婦側の友人席にいた数人がそれぞれ通路に出て、カメラを構える。
見ると、羽織ちゃんもそこに混ざっていた。
……まぁ、デジカメを忘れたと言っていた彼女に、さっき渡したのは俺だけど。
やっぱり、こういう写真は女性が撮るに限るな。
小さくそんなことを思ってから、笑顔の彼女を見て自然につられる。
そこからさらに向かうのは、新郎新婦の嬉しそうながらも少し照れた笑顔。
……幸せそうで何より。
賛美歌を歌うために全員が起立をすると、あのときと同じゆっくりとしたテンポで音楽が流れだした。
それが終わって着席を促した山内さんが、マイクを手にして頭を下げる。
「それでは、列席者のみなさま。このあとブーケトスが行われますので、どうぞ表でお待ちください」
入場のときとは違うアップテンポな音楽にうながされながら、チャペルの外へと足を向ける。
扉の前の階段には、女性陣が主役の登場を今か今かと待ちわびている。
そんな中、例に漏れずもちろん羽織ちゃんも含まれていた。
アキやほかの友人らと何やら楽しそうに話している姿を見て、ついつい感心してしまう。
……相変わらず、溶け込むのが早いな。
などと考えていると、優人が近寄ってきた。
「祐恭はもらわなくていいのか?」
「……俺がもらってどうすんだよ」
「いや、彼女にあげなくていいのかなーって」
「ほっとけ」
瞳を細めてから視線を外し、列から少し外れて彼女を見てみる。
非常に楽しそうな顔。
雰囲気からしても、相当ブーケトスを待ちわびているようにも見える。
あー……。
優人にはああ言ったが、あんな顔を見てしまうと、もらって贈ろうかって気分になるのは、もはや親バカならぬ彼氏バカかもしれない。
――……なんて考えていたら、案の定優人がにやにやと笑って煙草をくわえた。
「……なんだよ」
「幸せそうな顔しちゃってー」
「うるせーな。そういうお前はいいのか? 彼女にあげなくて」
「まぁな。現在、彼女募集中だし」
……今、なんつった……?
「は!? いや、だってお前、この間……」
さらりと衝撃的な事実を告げた彼に目を丸くすると、肩をすくめながら煙を吐いた。
いやいやいや、お前もっと慌てろよ!
彼は、これまでずっと同じ冬女の教師と付き合っていたのだ。
俺もよく知っている、同僚。
しかも、結構仲もよくて――……自分でも自慢してたほどだったのに、いきなり別れるか!?
「しょーがないだろ? フラれたんだから」
「お前が!?」
「そ」
てっきり優人から告げたんだとばかり思っていただけに、改めて驚愕。
こいつがフラれた話なんて、これまで聞いたことがなかった。
……そりゃまぁ、自然消滅とかはあったらしいが。
「不真面目な男は嫌いだってさ」
「ふ……」
不真面目って……そもそもこいつのどこをどーみたら真面目に見えるんだ。
外見からしても真面目そうには見えないし、ましてや話せばさらによくわかるであろう性格。
いつだって飄々としていて、掴みどころがなくて。
かと思いきや、急に真面目になったりして。
そういうところは、孝之とそっくりだ。
「なんつーか、俺自身はあんま意識してなかったんだけどさ。なんでも、生徒に接する時も彼女に接するときも大差なかったらしくて。それが嫌だった、とも言ってたような気がする」
「それは嫌だろうよ」
「……男に言われても」
「いや、だから――」
眉を寄せて優人に続けようとしたとき、ひときわ大きな歓声があがった。
どうやら、ふたりが登場したらしい。
そちらに目を向けると、新婦がゆっくりと背を向けてから声をかけるところだった。
「いくよーっ」
「私にちょうだいー!」
「きゃーっ」
……楽しそうだな。
などと見ていたら、、ぽーんとブーケが宙に舞う。
そして、割れんばかりの歓声が上がり――……。
「……うお」
それは、隣の優人の手に。
「えぇー? 優人じゃ意味ないじゃない」
「俺に言うなよ!」
呆れた顔をした新婦の声を発端に、女性陣からはブーイングにも似た声があがった。
「あー……。じゃあ、分割ってことで」
「そういうわけには、いかないでしょっ」
アキが眉を寄せて呟くと、羽織ちゃんも苦笑を浮かべていた。
そりゃそうだ。
男ってだけでも非難されるのに、新婦の弟だし。
「……たく。俺に言うなよー」
悪態をついた優人の動向を見守っていると、渋々それを手にしてきびすを返し、ひと足先に披露宴会場へと向かっていった。
あれは相当気まずいだろ。
思わず苦笑を浮べると、孝之らにいたっては腹を抱えて大爆笑しているのが見えた。
……それじゃまあ、次の結婚式はは新しい彼女を見つけたアイツの番とでもしておくか。
「……お前、親族席じゃなくていいのか?」
「は? だから、いーんだって。ほら、ちゃんと名前が書いてあんだろ?」
彼が指差した先を見ると、確かに『瀬那 孝之様』とあった。
……根回ししたな。
親族席にいたくない理由でもあるのだろう。
……ま、いいけど。
敢えて何も言わずに料理へ箸をつける彼に苦笑をしながら、自分も続きを食べ始める。
珍しく祝辞が短く済んだお陰で、いわゆる“ご歓談”というものになっている現在。
武人の父親がビール片手にあいさつへ来てくれただけじゃなく、酔っ払った親戚連中までも半分絡みながらこちらにきたりして、結構慌しかった。
……結婚式ってこんなだったっけ。
最後に出たのがじーちゃんと里美さんのものだったせいか、いまいちピンとこない。
あのときは、限られた身内しか集まらなかったってのもあるだろうけど。
「あ、そうだ」
今ごろになって思い出した。
俺にとっては、えらく重要なことなのに。
……緊張はするものの、孝之のように避けてどうにかなることじゃない。
「孝之、親父さんどこに座ってる?」
「ん? あー、親父ならあそこ」
彼が指差した先を見ると、困ったようにビールを注いでもらいながら飲んでいる瀬那先生の姿があった。
……なんか言われるかもなぁ。
などと内心どきどきしながら瓶を持ってそちらに向かい、軽く深呼吸。
すると、彼はすぐに気付いてくれた。
「おー、祐恭君も来てたのか」
「あらぁ、祐恭君ー」
「どうも」
ご両親に軽く頭を下げてからビールを差し出すと、苦笑を浮べながらもグラスを出してくれた。
もともと酒に強くないのは知っているのだが、まぁ、ハレの日ということで。
「すみません、あいさつが遅くなってしまって……」
「はは、気にしないでくれ」
頭を下げてビールを注ぐと、屈託なく笑ってくれた。
……ちょっと安心。
空いた椅子を引いて腰かけ、こちらもビールを注いでもらうと、新婦についていろいろと話してくれた。
小さいころどうだったとか、家に武人を連れてあいさつしに来たときはどうだったとか、そんな感じのこと。
だが、すべてがふたりについてではなく、そのときの羽織ちゃんについても結構聞けたので、楽しいといえば楽しかった。
「……あ、そうそう。今度、市の弓道場で小さい大会をやるんだが……よかったら手伝ってもらえんかね?」
「ええ、いいですよ。いつですか?」
「来月の正月明けかな。小さい子からお年寄りまで参加する、まぁ、新年会みたいなもんだ」
「わかりました。じゃあ、紋付で」
「ははは、頼むよ」
にっと笑って返事をすると、楽しそうに笑顔を見せた。
……こりゃあ、相当酔ってるな。
まぁ、これはこれで話しやすいからいいんだが。
「……お父さん。祐恭君に絡み過ぎでしょう?」
「ん? そうかな?」
「いや、いいんですよ」
苦笑を浮かべたお袋さんに首を振ると、ごめんなさいね、と小さく言ってから笑みを浮かべてくれた。
こんなに、にこにこ笑みを浮かべて話してくれる彼を見れることなんて、そうそうない。
楽しそうだし、何よりだ。
「そうそう。先ほど、ご両親がごあいさつにきてくださったよ」
「……はい?」
「ほら、3者面談でもお会いしたお母さんと、お父さん。揃ってみえてね。いやぁ、こちらこそ恐縮してしまって、申し訳ない」
「え、両親が来たんですか?」
「ああ。羽織についてもいろいろと気を遣ってもらって、すまなかったね」
「いえ! とんでもないです」
申し訳なさそうな顔をした彼に慌てて首と手を振り、頭を下げてから席を立つ。
……忘れてた。
そういえば、ウチの両親も招かれてたんだな。
武人の父というのが、祖父の会社でもそこそこ偉い地位にいるため、祖父の息子である父が代わりに出席しているのだ。
……相変わらず、じーちゃんはこういうパーティとかなんとかってのに、顔を出さない。
本当に、困った社長だ。
…………。
……しかし、両親が来るのなんてすっかり忘れてたな。
……えーと……席はどこだ……?
広い披露宴会場のため、人が多くて見当たらない。
1度、席表でも見てくるか。
――……なんてことを考えて足をそちらに向けると、ふいに腕をとられた。
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